第7話シー坊、嫉妬する
俺はシー坊に武器を与えて数日、不安を抱えながらも何もせずに過ごしている。
それは何故か。もう少し……いや、かなりシー坊の脂肪を減らさないと戦えないからだ。彼女にはダイエットに専念して貰い、俺は訓練をして過ごしていた。
そんなある日、俺は教室でシー坊と共にアイラに相談を持ち掛けられた。
「ランス君、私をパーティーに入れてくれないかな? もう女子パーティはこれ以上新人を増やせないらしくて、入れて貰える所は無いみたいなの」
アイラは手のひらを合わせ、真剣な表情で見つめる。俺としてもアイラの頼みは聞いてやりたい。教室の中で普通に話せる女子はアイラだけなのだ。
あの、シー坊を引っ叩いた事件で俺は、異常に嫌われる様な事は無かったが、皆から距離を置かれている。当たり前ではあるが。
「俺もアイラの頼みは聞き入れたい所だが。正直言うと、頼りになるか分からないシー坊を当てにしてるから危険だと思う。そんな俺の無謀に付き合わせる訳には……」
どちらにしてもすぐには行けないし、シー坊がちゃんと戦えるのかも不明だ。
仮に戦えなかった場合、俺が何とかするしか無くなる。
まあ、そうなったらすぐ帰るけど。
「でも、私も同じ立場だから、落ちこぼれ認定される前にどこかで無理しなきゃいけないから……危険は承知でお願いします」
アイラは再度頼み込み、頭を深く下げた。
「そう言う事なら、お願いしようかな。どうせ危険な事をするくらいなら協力した方がいい」
「ランス君……ありがとう。私、頑張るから」
アイラは俺の手を握り、頬を少し朱く染めてこちらを見つめる。
そのやり取りを黙って見ていたシー坊がアイラの手を叩きつないだ手を離れさせる。
「何しやがるこの豚。命令だ。アイラに攻撃する事を禁じる」
「え? あ、これくらい別に良いのに。ごめんね、シーちゃん。」
最近ではもうシー坊とアイラは気兼ねなく話す様になっており、脂肪と言う単語を避ける為か、シーちゃんと呼んでいる。
俺は、アイラの手を叩いたシー坊を見て、もしかして嫉妬でもしてるのか? ちょっとからかってやろうかと試みた。
「なんだ? 俺がアイラと手を取り合って、見詰め合う事がそんなに不満か? 俺達の仲を邪魔しないで貰いたいんだが」
俺は後ろに居るシー坊に向き合い、腕を組み、ニヤついた顔を見せつけながらシー坊に告げた。
シー坊は新しい俺の攻撃に目を少し見開いて、いら立ちをあらわにした。
俺は一通り満足したのでアイラに向き直ると、彼女は顔を真っ赤に染めていた。
そして俺は気が付いた。言外にアイラと良い仲になりたいと言っていた事に。
背中を向けて言っていたから表情は見えていない。これはどうした物かと思っていると、アイラが口を開いた。
「ごめん。凄く嬉しいけどちょっと無理かな。私の家貧乏で暇が少ないから」
「あ、ああ。済まない。忘れてくれ」
アイラは悲しそうに目を伏せた。言いたく無い事を言わせてしまったな。
でも凄く嬉しいとか付けてくれるアイラは優しいな。どっかの脂肪と違って。
俺の冗談のせいで、アイラごめん。と心の中でつぶやいた。
「振られましたね。フフン。まあ、私を小馬鹿にした天罰でしょうね」
「振られたとかそう言うのじゃ無いだろ。あほか。今は時間が無いからだ!」
そう、これは俺が勘違いを誘発させて、アイラが収めてくれた。それだけなんだ。
だから俺は、アイラが言ってくれた言葉を使い、シー坊に説明した。
お前みたいな馬鹿には分からないだろうがな! と、シー坊を見下した目で見た。
そんな俺達をよそに嬉しそうなアイラの声が聞こえてくる。
「うん! そうなの! 今は! 時間が無いの。だから……あっ」
「あ゛?」
「えっ?」
羞恥心、怒り、困惑。様々な表情をしたまま固まった。その時、アイラよりシー坊に視線を向けた。もちろん恋愛感情的な意味は無い。
理由は、冗談だと思っていたシー坊の俺への想いが、どうやら本気っぽい気がしたからだ。
正直本気で困る。これではシー坊を隣に置く限り、俺は恋愛をする事がかなり難しくなるからだ。
出来なくは無いだろう。無視するか命令をして黙らせればいいのだから。だが、もう俺はシー坊にそこまでしたくないくらいの情が存在している。
「ご、ごめんなさい! 今のは違うの! 忘れて!」
シー坊に視線を向けて困惑しながら思考していると、アイラが訂正を入れて来た。だが、もう明らかに遅い。
これはどうした物か。だが、アイラとなら良い仲になるのも悪くない。
そう思って俺は改めてアイラを観察した。
髪型は少し長めのセミショート。身長は女子の平均くらい。
顔立ちは村の娘と言う感じがあるが、その中では美少女とも言える感じだ。
うん、割と好みの外見はしている。シー坊でハードルが下がった訳では無く。
そしてシー坊とも仲が良いから丸く収まるかも知れない。
いや、流石にそれは難しいか? そんな風に考えつつ、言葉を返す。
「分かった。忘れる。けど、俺は嫌じゃないけどな。それで、アイラは前衛と後衛どっちなんだ?」
黙り込むアイラにそう返事を返して話を変える。
「えっと、私、魔法を一つ使えるだけなの」
「どんな魔法だ?」
「身体能力強化」
「という事は前衛で良いのか?」
困ったな。三人とも前衛か。まあ、全員後衛よりよっぽど良いけどな。
そう思っていたが、アイラの返答は違う物だった。
「ごめん。戦えないの」
アイラがそう言うと、シー坊がニヤリと笑みを浮かべ口を開く。
「寄生虫ね。ゴミめ」
それを見た俺は、シー坊を睨みつけた。
「黙れ。寄生虫にすら拒絶されそうな生き物の癖に」
そして、静寂が訪れた。なんだ? この三者三様に酷い状態は‥‥‥と。
だが、アイラが支援だけと言うのはどうなのだろう。効果の程次第だが。
「試しに一度かけて貰えるか?」
そう言ってアイラに魔法をかけて貰った。もちろんシー坊にも。
「おお、確かに動きやすいな。シー坊はどうだ?」
「まあまあですね。今回はプラスになる状況ですし、許してあげます」
こいつ舐めやがって、内容が奴隷が言うものじゃねーし。許しを出すのもお前じゃねーぞ。
「お前、ふざけ『ありがとう、本当に良かった』」
……アイラに言葉を遮られた。なにこれ。シー坊が決定権持ってます見たいなこの状況。俺はこいつの主なんだけど?
「まあ、アイラが良いなら半分は許すか。シー坊お前ふざけてると本気で怒るよ?」
「そうですか。ランス様もふざけてると、本気で怒りますよ?」
……ダメだ。もうこれは我慢ならん。
「命令する。『ダメェ!』ア、アイラ?」
「ランス君、命令のそう言う使い方はダメだよ。それを続けると絶対良くないから」
「待ってくれ、今の聞いていただろう? 明らかに奴隷の返す言葉じゃない。これで許したら逆に関係が破たんする」
「じゃあ、なんて命令するつもりなの?」
「いや、もっと主を立てて言う事を聞けって……」
うん。アイラの事を許すとなるとこれ位しか無いよね?
「え? あ、うん。それ位ならいいのかな。普通に必要だもんね……」
「私のランスは酷い命令はしません。アイラの想像は醜いですね」
そうして、今更命令する気にもなれず、うやむやとなった。
だが、俺にはこのままでは不味いだろうと思っている事がある。
アイラが、支援魔法一個だけしか使えない事だ。レアな回復系なら良いが、それだけでは今回は良くても他でパーティーを組むのが難しいだろう。
「アイラは、他に何か覚えたりしないのか? 回復は難しいにしても、支援が出来るなら攻撃系も出来るだろ?」
そう、難易度で言うと支援魔法のが難しいと言われている。
ただ、向き不向きがあるので、その限りでは無いが。
「朝だけしか時間が使えないけど、今習得中なの。学校に入れられたのも家計を浮かせる為にだったから、いきなり入った冒険者学校でどうしていいか分からなくて」
アイラは、自分の置かれてる状況を、頭を掻きつつ苦笑いしながら教えてくれた。
なるほど、この前早く来た時に本を読んでたのは持ち出し禁止の魔導書か。
「そうだったのか。もしかしてまとめ役買って出てたのもその為か?」
「あはは、バレちゃったか。これしか出来ないと入れて貰えないのは分かってたし」
俺は、初日にアイラがやっていた事を上げると、やっぱりそうだったみたいだ。「でも効果は無かったんだけどね」と、うつむいた。
「貴方は馬鹿ですね、アイラ。支援で身体強化なら、前衛が多いパーティーで荷物持ちを魔法を使いながら受け持てば入れて貰えます。考えが足りないだけです。まあ寄生虫には変わりませんが」
え? シー坊? お前どうした?
「ほ、本当? だってそれしか出来ないんだよ? と言うか、シーちゃんなんで敬語なの?」
「……頭を使いな。この支援をかけ続ければ、全員の疲労度が段違いに変わる。前衛も安定する。それと別で荷物持ちをする事で、危険を受け持たない代わりには十分なるのよ」
シー坊はアイラには敬語をいつも使っていないが、俺を交えた事で口調を変えていた様だ。敬語を止め、さらに詳しく説明した。
「お前、どこでそんな知識を身に着けたんだ? そう言う事を俺にも教えて欲しいんだが」
いつも嫌がらせみたいな事をして困らせてばかりいないで役に立って欲しい。
「嫌。ランスは知る事知ったら捨てそうだし」
逆だ。知ってるのに教え無い様な役立たずいらんわ!
「シーちゃん凄い! ありがとう少し希望が出て来た。お金を貯められれば私、自由になれるかも」
「おお、頑張れ。恋愛も自由に出来るしな」
と、アイラに冗談めかして笑いながら言うと、シー坊が机をバンと叩いた。
「えへへ、シーちゃん大丈夫だよ。出来ても数年単位でかかる事だから」
アイラは力無く笑い、シー坊を宥める。だが、対するシー坊は舌打ちをしていた。
俺は、アイラの家は大きな借金でもあるのかな? と少し疑問に思ったが、余り突っ込んで聞く事でも無いので、忘れる事にした。
「まあ、それはさておき、当分の間よろしく頼むな」
「うん。ありがとね」
「数回くらいは面倒見て上げる。でも調子に乗らないで」
お前が調子に乗るなと言われる立場なんだが、アイラは気にして無いんだよな。
なんにせよ、これから厄介な事になりそうな気がして来た。主にシー坊が暴走して。……毎度の事か。
あ、そうだ。もう一つ言って置かないといけない事があるな。
「えっと、アイラ。申し訳ないんだが」
「え? 何?」
「シー坊がもう少し痩せて、動ける様にならないとダンジョンには行けないんだ。期待させて済まないが、もう少し待っていてくれ」
「あっ、うん。私も魔法習得に向けて頑張るね。まだ五カ月くらいあるもんね」
そう、一応まだ時間はあるのだ。パーティーが決まってしまうのが早いってだけで。
「そう言えば次は何を覚えようとしているんだ?」
「うん。この一カ月回復の魔導書は読破したんだ。けど難しくて中々ね」
「えっと、回復魔法は高難易度の魔法だって知ってるよな?」
「うっ、うん。でももう後には引けないくらい読んじゃってたし、出来なかったらごめんね?」
いや、ごめんね。では無い。出来る訳が無いのだ。
高難易度と言われる系統の魔法は、習得に早くて三年以上と言われている。
もちろん才能があって教わる環境があっての三年だ。
一月やそこらで魔導書を読んだくらいで出来る物じゃ無い。これは忠告すべきか否か……
そう思っているとシー坊の声が聞こえてくる。
「じゃあ覚えられなかったらペナルティで、ランスにちょっかいかけるのは止めて貰うから」
おーい、言い辛いから丁度いいやと思ってたら何言ってるの?
覚えられる訳無いじゃん。ってこいつはそれを知ってて言ったんだよな。
「覚えられたらいいんだ?」
と、アイラは小声で呟いていた。
え? マジでそんなに想ってくれてんのか? 俺は何もしていないと思うんだが……
そんな風に思いつつも、俺はこれからの事に期待をしてしまうのであった。
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