第6話仕方が無いので武器を買ってやった
俺はシー坊に授業を受けさせ始めた日から数日、慣れが生じてしまったせいか、普通に過ごせるようになってしまっていた。
そんな俺の変化に、ルシアンとブルーがコソコソと小声で話しかけてくる。
シー坊は今、お風呂中である。
「なあ、お前らってどうなの? そう言う関係って事で良いの?」
ブルーが唐突にそんな事を言い出した。
「いきなり何を言い出すんだ。最初と変わってないっての」
そう、当然そんな変な事にはなっていない。
「いや、それは無いよね。ランスは彼女を受け入れつつあるんだから」
受け入れざるを得ない。と言った方が正しいな。いや、そう言わないと正しくない。
断固として言うが、存在を受け入れただけだ。こういう存在が居るのは仕方が無いと。
「お前らな、流石に慣れただけだっての。変な事言ってるとシー坊けしかけるぞ」
「「ごめん。マジ止めて」」
おお、同時に頭を下げて声も揃えやがった。
まあ、俺もそう言われたら同じ事を言う自信はあるが。
それはさておき、俺は二人に聞いて見たい事があったんだ。
「お前達さ、ダンジョンの方はどうなの? ルシアンはパーティー入れたの?」
「俺は変わらず荷物持ちだ。って、まだ二回しか付いて行って無いからな」
ブルーは変わらずか、確かに二回じゃ当然だよな。
「僕の方は、何度か通って土下座してるけど、どうだろうね。仲良くはなったよ」
ルシアンはもっと厳しそうだな。でも仲良くはなっている所がこいつの凄い所だな。
「つーかランスさ、お前が一番やばいポジションだって分かってるか?」
ブルーが俺の方に向き直り、問いかけて来た。
「何でだよ。奴隷を買ってこんなに苦労してるんだぞ」
ダンジョン経験があって戦闘が出来る奴隷だし。だからあいつを買ったんだから。
「苦労は関係無いよね。まず二人だけってのも厳しいけど、彼女が戦えると思うのかい?」
それは思わないけど。あれっ、って事は……だ、騙されたのか? いやいや、でもまだそうと決まった訳では……
いやっそう言えば、本当に良いのかと念押しされたよな。ヤバい、マジでヤバい。
もう、今からパーティーを探すって相当至難の業じゃないか?
「……シー坊に取り合えず聞いて見る。もしかしたらって事もあるかも知れないし」
だが、俺は分かっていた。少ししか走れない上にめちゃくちゃ遅い。
後衛をやらせるつもりだったが、奴隷商人も言っていた。いないよりはマシ程度だと。
良く考えてみたら、そんな人間にダンジョンのレクチャーが出来るはずが無いのだ。
ただ、もしかしたらがあったらいいなと思っただけなのだ。
「あ~、さっぱりした。ランスも入れば? 私の残り湯」
それは随分とヌルヌルしてそうだな。
最近シー坊は俺をご主人様とは言わなくなった。人前だと敬語で様が付くが、基本的にここの住人だけだとこんな話し方に変わる。
たまに、当てつけの様に喋り方を変えたりはするが。
「いや、それよりも話がある。お前を買った理由は分かってるよな?」
そう言ってシー坊をみる。彼女はしっかりと頷いた。
「じゃあ、俺を守りながら狩りをする事は可能か?」
「運の要素がある。でもランスが少しでも戦えれば可能」
確かに少しは戦えるが、それがダンジョンで通じるか分からないからのお前なんだが。
「でもお前、魔法しょぼいのしか使えないんだよな? 上達したの?」
そう、俺は知らない。こいつがどうやって戦うのかを。
「練習はした。動かない奴には当たるはず」
……めっちゃ不安だ。確かに二人の言う通りだった。この中で一番やばいのは俺だ。
これからどうやって乗り切って行こうかと迷っている間にシー坊が問いかけてくる。
「ランスは自信が無いのね。手を出してこないから夜の方もダメそうだし」
……最近慣れて来たとは言え、イラつくもんはイラつくな。そう言えば最初の頃に考えた作戦があったな。
好きよ好きよも嫌の内作戦が。ってあれはもう通用しないのではないだろうか?
まあ、やってみれば良いか。確か、褒めて甘やかしてシー坊に苦痛を感じさせて言う事を聞かせる作戦だったな。
まず、褒めるか。どこを褒めようか……こいつのどこかに褒められる場所が……あれ、無いな。早速とん挫した。
いやいや、甘やかすのが残ってる。えっと、甘いもの? いや、ダイエット中じゃん。痩せてくれないと俺が困るし。
服を贈るとか? ……こいつのサイズ特注しかねぇよ。そんな金は無い。
直接のスキンシップ系統は俺が絶対に嫌だし。
ああ、これは無理だ。もう良いか。最近割と普通になって来てるし。むかつくけど。
そうして俺は、長い時間考え事をして黙って居るとシー坊が何故かおろおろしていた。
「ご、ごめんな……さ……夜の事は禁句よね。そんなにダメな事を悩んでるなんて知らなくて」
こいつ! 本当に腹立つな。珍しくおろおろして謝って来たと思ったら、それも振りか!
「もういい。黙れ。俺はこれからの事で頭が一杯なんだよ。ダンジョンに入る為に人を集めないといけないの!」
「そんなの、簡単」
「お前なぁ、簡単な訳無いだろ。二人も黙って無いでなんか言ってくれよ」
こいつの相手に疲れて来たので、ルシアンとブルーに応援を頼んだが。
「飛び火するからやだ」
「二人の世界の邪魔は出来ません」
と、言って二人は目をそらした。
黙って居ると思ったら、最近妙にこいつらシー坊を恐れてるよな。
まあ、確かに俺にとっても驚異的存在ではあるけど。
「ダンジョンに行きたいなら行こう。この二人を連れて行けばランスは安全」
と、シー坊が言って来た。
ああ、それで簡単って言ってたのか。だが、二人は何か言いたそうだ。
「ま、待ってくれないかな? ブルーはまだしも、僕はまだ入った事も無いんだ」
「ちょ、お前、俺だって入った事があるだけだ。実際に戦った事はねぇよ」
「と言うかお前ら、擦り付けあってるけど嫌なら断れよ。シー坊に何かされてんのか?」
本当に最近シー坊に弱くなったよな。学校でも何もしなくなったから問題無いのに。
この問いに対しても二人は首を横に振るのみだし。訳が分からん。
「あれだ、その「不可抗力って素敵よね」何でもないです」
「いや、大体分かったよ。でも命令ってそんな緩いもんなのか? 不可抗力になりやすい事を自分から出来たりするのか?」
「その人の考え方に寄るんだよ。言われた言葉で本人がこうだって思ったらそれがすべてなんだ。本気で分からない場合は命令権も発動しないくらいなんだ。気を付けてよ? ホントに」
え? 何それ怖い。ルシアン……そう言う事は早く言おうな。
「マジかよ。常識が通用しない奴には命令も通用しないって事か?」
「そうなる。そしてシー坊は非常識のかたま、うあっ! こっちくんなっ!」
あ~あ、ブルーはいつもこうなるな。シー坊を煽るから。
シー坊は腰を落とし両手を広げ、逃がさない様にジリジリとブルーに詰め寄る。
対するブルーは立って逃げれば良いものを恐怖のあまり腰を地に付けたまま後退する。
「シー坊お座り。取り合えず二人で行くしか無いか。なぁシー坊、お前武器は何使うんだ?」
シー坊は舌打ちをしてから俺が決めている彼女の固定位置に戻り、腰を下ろした。
ブルーは震えた声で「頼むからもっと早く止めてくれ。ホントに頼む」と俺に懇願する。
そして、腰を下ろしたシー坊が少し迷うように問いに答えた。
「棒?」
何で疑問形なんだよ。
「棒ってお前な。ますます不安になって来たわ。試しに一度でも戦えれば分かるんだが」
そう言うお試しを安くやらせてくれるところないかなぁ。
「そう言えばシー坊ちょっと痩せたか?」
よく見れば、首の所が少し細くなって、少しだけ首みたくなって来ている。
俺はそんな可笑しな感想を抱き、シー坊に伝えた。
「ホント? やっと効果が出た」
と、シー坊は飛び跳ねようとしたが、ただ脂肪が縦に揺れただけだった。
「ああ、無理せずやって行けば、その内可笑しくない位の体系にはなるだろ」
「それじゃ足りない。可笑しい位にスレンダーになってランスを私の虜にする」
「ああ、そう。ならその肉をどうにかしないとな」
そう言ってシー坊の言葉をいつもの様にかわして溜息をつくと、ルシアンの視線がこちらに動いた。
「それで、結局ランスはどうするんだい? 僕の方は最悪一度だけとお姉様に頼めばいいけど、その内学校からも色々言われる事になるよ」
そうか。そうなるよな。冒険者学校なんだし。けど雑用してるんだから良く無いか? 良く無いか。
数日に一度しかも半日の雑用で飯と住む場所面倒見てくれる所なんて無いしな。
「半年以内に一度は入らないといけないんだっけか。それって金も無い。パーティーも無いって奴はどうするんだ?」
俺以外にもそんな奴はいるだろう。そんな風に思って二人に問いかける。
「馬鹿か、お前。そうならない様に皆我慢して二年生の言う事を聞くんだろうが。まあ、残り物同士で組まされるんだがな。引率で先生も付くらしい。だが、そいつらは校内で落ちこぼれ認定され続ける」
「そうらしいね。下手すると今の同学年が二年生になる様なものだよ。だから何度も言っているんだけど」
何それ、辛すぎる。これはもう腹をくくるしか無いな。
元々そんな扱いが嫌でシー坊を買ったんだからな。
「そうだったのか……じゃあもういいや。行って来るよ。一応経験のあるシー坊も大丈夫って言ってるんだし。そうと決まればシー坊、武器買いに行くぞ」
「ご主人様のプレゼントですね。高い物買わせてみせます」
「お前、久々にここで敬語使ったな。だが残念だったな。そんな金は持って無いんだ。行くぞ」
困り顔で見送る二人をよそに、俺とシー坊は立ち上がり寮を出て学校を後にした。
二人で町に出たのは買った時以来だな。と、シー坊の外見を諦めている俺は自然にふるまいながら町を歩く。
何故か隣を歩くシー坊は目つきが強張っている。鼻息が物凄く荒い。まあ息が荒いのは動いている時はいつもだが。
「どうした? 町は苦手なのか?」
俺はシー坊が村育ちな事を思い出した。もしかしたら何かあるのかと思い、問いかける?
「皆が私を見ます」
「そうか」
それは、酷く横に広がった体を持つお前がそこまで険しい顔をして息を荒げて居たらな。と思いつつも、面倒なので流した。
身長は俺よりも低いんだけどなぁ……シー坊の中に多分俺くらいなら四人は入る。
って何気持ち悪い想像をしてるんだ。さっさと武器を買わねば。
そうして、目的の武具店に着いた。俺はシー坊に色々な武器を振らせ、感触を確かめさせてみたが、やはり剣術すら俺より大幅に劣る。
どうした物かと困りながら並べてある武器を見て、ため息を付くとシー坊が言う。
「ランス様、勘違いしていませんか? ダンジョンの低階層はそこまで危険ではありませんよ? ボスクラスと会わなければ問題が起こる事は無いでしょう」
シー坊は外だからか丁寧な口調に切り替えて、ビビり過ぎだと言う。
「え? そうなの? だってルシアンとブルーがそれは不味いって」
あ~でも考えてみれば、数百人居て全員が入らないといけないのに犠牲者が毎年数人と考えると、確かにそこまで恐れる事も無いのか?
「正直、こんなにちゃんとした武器を使わせて貰えるなら問題ありませんよ。もう少し痩せればですが」
「ああ、うん。それじゃ動けないよな」
俺がシー坊に呆れた視線を送ると、シー坊は心外なと言う顔をして言い返す。
「私が、あのくだらない男に体を許した日の事をお忘れですか? 魔力込みならあのくらいには動けます」
……あのくだらない男ってルシアンか? いや、そう言えばあの時の動きは確かに早かった。
何でもありなこいつの事だからイケメンとの初の出会い限定とかかと思ってたが。
それにしても、どうしてこいつらの間にそこまで確執が出来ているんだろうか?
まあ、こいつのやった事を考えるとおかしくは無いのだが、恐れ過ぎな気がする。
「なぁ、シー坊。お前、あの二人に何をしたんだ? 明らかにお前の事を恐れているよな?」
「……寝起きに顔を近づけて見たり、たまに真顔で食って良いか? と言っただけですが」
「何でそんな事するんだよ! 俺でもこえぇよ!」
想像した俺は、彼らに同情する気持ちが強くなり、シー坊に怒鳴る様に言った。
「私なりに仲良くなろうとしたんですが。余りに拒絶されるのでつい。楽しくて」
そうか……って楽しいのかよ! 良く分からないが注意して置くか。
「これからは止めてやれ。それと、武器はこれで良いか?」
シー坊にトロールとか鬼とかが持っていそうな鉄の鈍器を差し出した。
流石に魔物が持っているイメージの物よりは断然細いだろうが。
シー坊はこの重い武器を割と普通に振り回した。俺はよたついたのに。
攻撃力はかなり高いだろうと思って選んだのだが。
シー坊は受け取る様子が無い。
「……やんのかこの野郎!」
シー坊は小さな目を血走らせて、怒った表情で顔を近づけて来た。
いや、怖い怖い。冗談だって分かってても怖い。いや、冗談だよね?
シー坊はジリジリと詰め寄ってくる。同じく後退するがこれ以上は下がれない。お金を払っていない武器をまだ俺が持っているのだから。
「冗談で言ってるんじゃねぇよ! お前、刃物系使った事無いだろ。そんな振り方じゃ刃が入らねぇんだよ」
俺は必死にシー坊に半ギレしながら伝える。
そう、シー坊は明らかに使った事が無いと分かる程に素人同然の振り方であった。
この武器を選んだ理由を伝えると、シー坊は驚愕の表情をして、こちらを凝視した。
「ランスってただのお荷物じゃ無いの?」
「どう言う事だ! このクソデブ! てか敬語はどうした!」
久々に限界を超えた俺は、初めてシー坊にクソデブと言った。その事に少し罪悪感を覚え様子を伺う。
だが、シー坊は凄く嬉しそうにしている。やはり、こいつは虐められるのが好きなあれな奴なんだろうか? いや、それが無くてもあれな奴ではあるが。
「じゃあこれで良いです。モヤシ‥‥‥じゃなかったランス様」
この野郎。奴隷の癖に主をモヤシだと……絶対にわざと言いやがった。
金さえ手に入ればいつかダンジョンに置き去りにしてやる。
そうして俺は、店に在る中で最安値に近い武器を購入した。大銀貨三枚で。
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