第5話仕方が無いので学校デビューさせる
そして、とうとうシー坊を教室に迎え入れる日が訪れた。
だが、昨日の話はついて居ない。
多分シー坊の事だから、まともな会話は難しいだろう。本当に学校に連れてって良いのだろうかと言う不安が消えず、悶々としていた。
だが、もう手続きも済んでただ連れて行くだけの状態になっている。このまま連れて行かなかったら、ここに住まわせる事すら出来なくなるだろう。
意を決して俺はシー坊に告げる。
「今日から学校に通って貰う。まあ、この前校長室で話を聞いていたから分かってるだろうが。取り合えず起きて準備してくれ」
俺は、まだ布団に包まっているシー坊にそう言って呼びかけた。
ちなみに他二人のルームメイトは、先に行ってしまった。彼ら曰く、そう言うのは主人だけが付き添うものだからと。
シー坊は顔を出し、こちらを見て口を開く。
「私が学校に……そんな経験ないから怖い」
と、珍しくシー坊は普通の返答を返した。
「ただ、座って話を聞いているだけだ。騒いだりしなければ問題無い。だが、お前は人の神経を逆なでする事を言うからそこだけは気を付けろ。ほれ、早く来い」
俺も真面目にシー坊に言葉を返す。シー坊は少し驚いた顔をして立ち上がった。
着替える服も無く、促すとそのまま外へと歩き出す。
「もし、私が普通にしても、変に優しくしようとしない?」
シー坊はその野太い声で少し甘える様に問う。
「仮に俺がしなかった所でなんなんだ? お前のやっている事は贖罪になる所か愛してくれたものを貶める行為だ」
と、俺はほとんど何も知らないのに、自分が想像した中で勝手に解釈をして決めつけた。
そうでもしなければ、人が人を諭す事は難しい。
そんな風に思っている中でシー坊の表情が変わる。俺を睨みつける様に。
「そんなの知らない。私は悪魔の子。贖罪なんて思わない」
シー坊は自分の事を悪魔だと思っているのか。だがな……
「悪魔と言うか、トロール……じゃ無くて……ちゃんとごめんなさいした後は、幸せを求めて良いんだぞ」
俺が話し終わった瞬間、シー坊は地団駄を踏み、地が揺れた。
ごめん。トロールはつい……と思っているとシー坊が口を開く。
「いい……訳が無い。許されるはずがない」
彼女は話を逸らす余裕も無い様だ。真剣な表情で断言する。
「ハッ、仮にそれを許さない相手なら。罪悪感なんてくそっくらえって思ってれば良いんだよ。碌な奴じゃないだろうからな。知らずにやっちまった家族が本気で謝ってんだ。普通は許すってもんだろ」
……うん。俺なら殺されたら許さない。うん……俺はろくな奴じゃ無いな。
いやいや、これは方便だ。嘘も方便って言うじゃないか。
取り合えず、シー坊にこのままでいられる訳には行かないんだ。
「本当にそれが普通? 適当な事……言って無い?」
「学校で他の奴にも聞いて見ろ。普通ってのは皆で出す答えだ。俺はそう思ってるけど答えは皆が少しづつ持ってるもんなんだよ」
そうして、俺は答えを皆に託した。
意気地が無かった訳じゃ無い。そう、答えは皆で出すものだからだ。
俺は心の中でそう思い、ドヤ顔をした。
こちらに視線を向けていたシー坊が意を決した顔をして口を開く。
「分かった。そうする」
俺は、やっと普通に話せるようになって来た事に心底安心した。
このままずっとあんなふざけた毎日を送る羽目になるのかと思っていたのだ。
そして俺とシー坊は教室の戸を開く。
俺が入れる分開けて教室に入ると、シー坊は肉がつっかえて挟まった。
いや、別にロックされている訳じゃ無い。ただもう少し開けて入れば良いだけの話だ。
「何やってんだよお前は、手でちょっと空ければ良いだけだろうが」
「やっぱりご主人様が優しいのは夜だけなのですね。さっき愛を語ったのは作戦ですか?」
シー坊はやはり人が居る所では俺に敬語を使う様だ。こいつなりの誠意みたいなものだろうか。
そして、教室を見回すとやはり奇異な視線を向けられている。
ルシアンとブルーも顔に手を当てて「あ~やっぱりこうなったか」と言う顔をしている。
ああ、分かってる。分かってるさ。何度も頭の中で考えた。切り返し方を。
俺はクラスの女子が「夜だって」「やだ~」「愛とか語っちゃうんだ?」とか囁いている中で、大きな声を上げる。
「作戦じゃねぇよ!! お前への愛じゃ無いけどな!!」
俺はルシアンとブルーに視線を送り、やってやったぜ。とドヤ顔を見せたが、何故か二人は顔を横に振る。何故だ? と首を傾げつつ、シー坊に視線を向けた。
そこには両手を顔に当て、泣いているシー坊の姿があった。顔が大きすぎて隠れきれて無いが。
「信じてたのに……」
シー坊がそう言うと、皆の視線が奇異なものから、避難するものへと変わった……
俺は、次の作戦に出た。だが、これは賭け要素が高い。でもやるしかない。
「なんて冗談はさておき、シー坊そろそろ授業だ。ほら、早く立て」
これは、シー坊が俺に対して多少なりとも協力の姿勢を見せないと成立しない作戦である。
絶大な不安を抱えながら決行した作戦ではあるが、流石にシー坊も俺の社会的地位まで折りに来たりはしないだろう。
「あ、もうですか? もう少しやりましょうよ」
シー坊は協力してくれた。だが、俺は余りに人を食ったその発言を聞いた瞬間、真顔でシー坊をひっぱたいていた。油が飛び床に落ちる。まるで涙の様に。
そして、シー坊が開けっ放しにしていたドアから入って来ていた先生が。
「ランス、お前それは無いだろう。奴隷だからと言ってむやみに叩いて良いもんじゃ無いぞ」
と、言った事により、先生を含めた生徒全員が、俺が一方的に奴隷を叩く人間だと把握したのであった……もうここに居たくない。そんな事を思いながら席に着いた。
「じゃあ、自己紹介からだ。転入生、皆に自己紹介してくれ」
「はい、私はランス様の奴隷で名前はありませんでした。ブルー様が発案し、ランス様が私に名前を付けてくれました。油ぎってる私はアブラギッテと言う名前を頂きました。つまり、私の名前はアブラギッテと言う事になります」
俺とブルーは唖然とした表情で絶句した。いや、だってお前怖いとか言ってたじゃん。何で皆に訴えかける様にスピーチできるの?
「今ではその名前は飽きたのか脂肪と呼ばれてます。皆さんも宜しければシー坊とお呼びください」
俺は、唖然とし、絶句しながらも恐る恐る視線を泳がし、周囲の反応を探った。
教室の皆はこれは酷い、と言う感じに苦い表情を浮かべている。先生まで頭を抱えていた。
俺達の中で唯一助かったルシアンに助けを求めたい気持ちで視線を向けるとあの野郎、クスクスと笑って居やがった。
絶対に許せないと思った俺は、敵であるシー坊にあえて塩を送った。
ルシアンを指差し、あいつ笑ってやがると紙に書いて伝えたのだ。
そうすると、シー坊はルシアンが笑っている事に気が付き、恐ろしい笑みを浮かべた。
あの時訂正したが、本当に悪魔の子かも知れない。
「ルシアン、ラッキースケベで唯一私の体を堪能したからと言って、あまりいやらしい笑みで私を見ないでくれませんか?」
彼は、俺達の中で唯一様を付ける事無く呼び捨てされ、最も酷い貶め方でシー坊の暴走に巻き込まれた。
俺は、気持ちがスカッとしてシー坊にいい笑顔で頷いた。
その後、ブルーは途中で立ち直ったがルシアンは最後まで放心状態で過ごしていた。
そして、時刻は放課後になり、大人しく座っていたシー坊がドスドスとこちらに歩いて来た。
「ご主人様、これからどうしたら良いですか?」
シー坊は今は暴走タイムじゃ無い様だ。これからどうしたら良いのかを訊ねてくる。
「そうだな。取り合えず授業が終わったら、自分の雑用日時の確認だ。この寮に住めるのは雑用をこなしてるからだからちゃんと確認するように」
「確認の仕方を教えてください」
そう言われて俺は丁度いいと思い、アイラに声を掛けシー坊の面倒を見てやってくれないかと頼んだ。
「いいかな? 結構気難しいから発言が暴走するんだけど。頼めるのアイラくらいしかいないから」
「もちろん大丈夫だよ。口は悪いみたいだけど、やっぱり大切にしてるんだね」
そう言うアイラに、俺は必死に笑顔で返そうとしたが、苦笑いになっていた事だろう。
そして、今日は俺が雑用の日。面倒だと思っていたけど実は良いものかも知れないな、学校から離れられるのも。などと思いながら指定を確認した。
「今日の雑用は畑の耕しか、疲れるがそれも良いか」そうつぶやいて、教室から出て外へ行こうとすると、後ろからドスドスと音がした。
誰かと聞かなくとも分かる。俺は振り返らずに声を発した。
「何故、付いて来る。俺は今日、雑用の日だ」
「アイラが同じだからついて行けって」
もしかして、パーティー組むって言ったから合わせてくれたのか……いらん事を。
もういいや、諦めよう。そう思ってアイラに朝の話を聞けたのかと聞いて見た。
そう、皆の普通って奴を知る為にだ。シー坊はコクンと頷いた。
「アイラ言ってた。それはご主人様が私の事を想ってるからだって」
「それは間違いだが、俺が言っていた通りだろう?」
「うん。だから私本気で頑張ってみる」
シー坊はそう言って腕をまくり、仕事場に着くと俺の分まで仕事をこなしてくれた。
そうして、物凄く不安だった一日が終わり、ルシアンを除いて比較的軽微なダメージで済んだ。
寮に戻ると、ルシアンはシー坊にあれはいくら何でもあんまりだと抗議していたが、対するシー坊は。
「良い人ぶってコソコソと陰で笑うのが悪いのよ。姑息ね」
と、さらなるダメージを与え、ルシアンは泣きながら自らのベットへ逃げ帰り、布団をかぶって出て来なくなった。
そんな風にルシアンを撃退したシー坊は、今度はこっちに振り向いた。
こっち側に居た、俺とブルーは少しおどおどしながらも言葉を待つ。
「ご主人様、今日の夜は相手出来ないから、自分で頑張って」
流石にこういう振りには慣れて来た俺は、シー坊に普通に返す。
「お前に頼む日はこねーよ。無理し過ぎるなよ」
そう言ってシー坊を送り出すと、ブルーが不吉な事を言った。
「お前らさ、親密度がかなり上がって来てるよな」
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