第4話仕方が無いので愛称を決めた


 あれから、アブラギッテは帰ってこなかった。

 そして、俺達の部屋に平穏が訪れた。


「なあ、あれはマジ何だったんだ?」


 ブルーは「ふぅ」安堵のため息を付くと共に俺に尋ねる


「いや、その、パーティーメンバーとして奴隷を買ったんだ」


 俺は、嫌々ながらブルーにもちゃんと説明をする事にした。


「お、おう。それは良いよ。で、あれは何なんだ?」


 ブルーは話がつながって聞こえない様だ。だから俺は補足を入れる。


「金貨三枚で買える同年代はあれだけだったんだ。女子寮に入れれば問題無いと思って」


 そう、仕方が無い事だったんだ。


「待て……話が見えたくない。お前、本当に自分から買ったのか?」


 …………


「や、止めろ! そんな目で見るな! 後衛で遠くから支援させる分には無害だと思ったんだよ!」


 そう、あの時の俺は思ったんだ。

 いや、あいつの性格が普通で女子寮が空いていれば、きっと今も俺はそう思ってたに違いない。


「いや、良く考えてみたら害はねえよ? 奴隷だし。けど、流石に趣味を疑うわ。金貨三枚出してまでって……」


 ブルーは視線を斜め下にさげながらそう言った。


「グハッ……」


 俺は、吐血しそうなくらい心をえぐられ、言葉が出ずブルーを睨みつける。

 その、俺の必死な抵抗を見たブルーが口を開く。


「だってお前さ、奴隷の一般的な用途って仕事させる事だろ? 嫌なら仕事に出して、金持ってこさせれば良いじゃねーか」


「いや、でもそうすると、ダンジョンのパーティーが……」


 そう、その用途で手持ちの大半を出したんだよ。


「お前そうまでして二年生と組むの嫌なの? 確かに良く蹴られるけど荷物持ちしかしてないけど、そこ堪えれば良いだけだぞ? まあ、結構痛いけど」


「いや、金貨三枚で済むなら良いかなって思ったんだよ。だけど、外に仕事に出すか。休日がある所でその日にダンジョンに行けば……」


「いや、お前ダンジョン舐めんなよ、次の日仕事になんねえって。主が文句言われるぞ?」


 確かにそれは困るな。


「なぁ、解決策、他に無いか?」


 俺は割と色々知っているブルーに真剣に問いかけた。


「……普通にやせさせろよ。いや、まず風呂入らせろよ」


 え? 風呂? あ、うん。そうだね。そう言う生き物なのかと思ってた。

 ウナギを風呂にって発想は出ないだろ?


「ああ、風呂か。やせさせる方はもう命令でやらせてる」


「……殺すなよ? それはそれで犯罪になるぞ。奴隷堕ちする程じゃないが」


 怖い事言うなよ、逆にそうならない様に気を使ってるから今があるんだろうが。


「いや、馬鹿にしてるけどアブラギッテは……認めたくないが仲間だからな?」


 そう、自分から俺の事をわざと困らせている節はあるが、あいつは俺の奴隷なのだ。


「いや、お前それマジで名前にする気なの? それでよく仲間って言えるな」


 ……命名した人に言われても。


「お前が決めたんだろ」


「いや、俺は発案……すらしてねーよ!! 発言から名前になるとは思わないだろ!!」


 ……それもそうか。


「まあ、それはいいよ。それにしてもこの名前長く無いか?」


 俺は、俺達はやっと変なテンションから普通になって来てちゃんとこれからの事を考えようとし始めた。

 いや、考え続けてたけど、ちょっと過激過ぎた。だから会話のグレードを戻した。


「そもそも、名前じゃ無いしな。略すとアブラか」


 いや、確かにそう略すのが普通な感じがするがな?


「クラスの中でおい、油!とか言ったら俺が避難され無いか?」


 そう、考えて欲しい。

 あいつの悪感情が無く客観的に見たとして、いくら外見が宜しくないからと言って「おい、油っ」とか呼んでいる所を見たらどう思うだろうか?

 だが俺は、あいつに優しくすると体で支払いますみたいなアピールをされる。と言うペナルティがある。

 そんな状況を知らない皆には、俺が外道にしか映らないだろう。


「されるな。女子から嫌われる。愛称でも決めるか?」


 うん。それは良い考えだ。


「そうだな。必要だ。えっと、アブ……ギッテ……しっくりこないな」


「体を表す名前だから、直接じゃ無くても良いんじゃ無いか?」


 と、ブルーは言うが、どういう基準で考えるんだ?


「どう言う事だ?」


「あ~、巨体……丸い……脂肪……ん? 脂肪? キタ! シー坊」


 ああ、シボウを伸ばしたのか。天才だな。


「シー坊……いいな。うん、可愛くも感じる愛称だ。事実を伏せれば」


 完璧だ! と思っていると後ろからドアが開く音がする。

 俺とブルーは恐る恐る振り返る。


「あー地味に疲れた。あっ、部屋の中が平和だ。ただいま。何してたんだ?」


 そこに居たのは我らの良心とも言えるルシアンだった。


「ああ、アブラギッテの愛称を考えて居た所だ」


 俺はルシアンに何をしていたか説明する。


「アブラギッテって?」


 ああ、そうか。さっき決まったからルシアンは知らないか。


「ランスの奴隷だよ。お前まだ見て無いの?」


 と、ブルーが問いかけるが。


「いや、こいつは触れるなって命令する前に押し倒されてる」


 俺は情報の齟齬が起きると良くないと、事実を説明した。

 そして、ブルーはシー坊と出会った直後にした驚愕の表情をルシアンに向ける。


「あれは、最悪だったね。油が凄いんだよ。風呂に入っても取れなくて、今考えるだけでも寒気がするよ。あれだけ脂ぎって……アブラギッテ……まさか!?」


「ああ、命名者はブルーだ」


「ばっ、あれはある意味お前だろ!」


 そう言って俺とブルーは罪を擦り付け合い、ルシアンがそれは流石に可哀そうだよ、彼女はその名前で生きて行くんだよと俺達を諭した。

 それをそう諭された俺とブルーは、真剣に考えた。

 実は、これはやってはいけないラインを越えているのでは無いか? と。

 俺は思う。二年生の虐めより質が悪い事を俺はやっているのでは無いかと。


「俺、訂正して謝って来る」


 そう言って俺は立ちあがる。


「ああ、俺も、戻ってきたらちゃんと謝罪するよ」


 ブルーも同じ気持ちな事を確認して、そうするべきなんだと、痛感しつつ部屋を出た。


 そして、校庭のトラックを見渡した。やはり、アブラギッテは。いや、シー坊は走っていた。

 俺は走っているシー坊に後方から歩いて近づく。


「なぁ、悪かった。俺考え直すからちょっと話をしないか?」


 彼女は「ハフッヒフッ」と言葉をしゃべる事が出来ず、歩いて木陰に移動する。

 その姿を見てどうでも良い事に疑問に感じた。あれ? 歩いてる方がスピードが速い。

 彼女の息が落ち着くのをゆっくりと待ち。三メートル離れた所から話しかけた。


「お前の名前。流石に酷いと思ったから考え直す事にした。ごめんな」


 俺はシー坊に頭を下げて謝罪した。


「いいわよ。もうアブラギッテで……自分でもぬるぬるしてるの分かってるし」


 彼女は目元を赤く腫らせていた。涙は流れているのか分からない。汗が吹き出し過ぎて。

 泣いていたのか。と思った俺はさらなる罪悪感に苛まれ、もうこいつから受けるデメリットを受け入れてしまおうかと考え始めた。


「悪かったって。取り合えず帰ってお風呂に入ろう? そうすればもうそんな風に誰も思わないから」


 俺はニメートルまで近づいて、しゃがみ込み彼女と視線を合わせた。


「本当に悪かったって思ってる?」


 彼女は首の無い顔を上げ、汗でぐっちゃぐちゃに張り付いた髪を気にもせず、顔を横に傾けた。傾げる首は無い。


「ああ。ちゃんとした名前を与えてやる。その名前はもう呼ばない。それまでは愛称でシー坊でどうだ?」


 俺はシー坊の由来をすっかり忘れて、彼女に提案してしまった。

 もちろん、言ってすぐに思い出す。俺は青い顔をして冷や汗を流しながらも彼女を伺う。


「愛……称。分かった。許してあげる」


 何故愛で止めた……と、その事に大きな不安を抱えつつ、上から目線になった事に苛立ちを感じながら、彼女シー坊を部屋へと送った。再び三メートルの間を空けて。

 部屋に戻ると、ルシアンとブルーが気をきかせてお風呂の用意をしていてくれた。

 そして、彼女をお風呂に入れている間に、俺は二人に状況報告をする。


「俺さ、本気で謝って許して貰ったんだ。名前も考え直すって伝えた」


「そうだね。うん。それが良いよ」


 ルシアンはそう言っていい笑顔で頷く。


「まあ、最初から名前じゃ無かったしな。俺も困るし良かったよ」


 ブルーも自分の発言から名前になった事に罪悪感があったのだろう。

 あれは最初から間違いだったんだと、これで良いんだと頷く。


「それで、名前無くなっちゃっただろ?」


「え? 今すぐ決めるの?」


「僕は、ちょっと思いつかないかな。ダイエット成功してからじゃダメなのかい? あの巨体じゃ……」


 二人はそれを今考えるのは無理だと拒否反応を示した。

 だが、俺が言いたい事はそうじゃ無い。


「いや、間違って、名前が無い間の愛称としてお前はシー坊だって言っちゃったんだよ」


「…………」


 ブルーが無言で圧力をかけてくる。だが、ルシアンの反応は違う様だ。


「シー坊か、可愛らしくて良いんじゃないかな」


 そう言ったルシアンにブルーが指示を出す。


「その名前伸ばさず発音してみろよ」


「……シボウ」


「「「…………」」」


 俺達は絶句する。分からなかった者も知っていた者も、事実とこれからを実感して。

 そして、俺は頼りになる仲間たちに相談する。


「なあ、どうしたら良いと思う?」


「いや、お前のミスだろ。何でさっき決めたばかりなのに由来忘れるんだよ」


 確かにそう言われればそうだが。ブルーよ、考えても見てくれ。


「いや、名前なんて本来由来を考えて言葉にする物じゃ無いだろ」


「うん。そんな事より時間が無いよね。彼女が出てくるまでに話し合わないと」


 俺が言い訳をしている間に冷静なルシアンが大事な事を思い出させてくれた。


「仕方が無いな。じゃああれだ、由来を他の事にこじつけよう。そして脂肪と解釈した奴をなじればいい」


 俺とルシアンはブルーを見て軽蔑した視線を送る。いや、俺達にももうそんな資格は無いが。


「最後のは無いとしても、由来を変えるのは良い事だね。僕たちもその由来だと思えばいいのだから」


 ルシアンは良い事を言ってまとめた。だが出来るだろうか?

 だが、今は考えるしかない。その案しか無いのだから。


「そうだな、シー……海……坊……キタ! 海坊主!」


「ブルー、お前は天才だ。だが時間が無い。自重しろ」 


 俺はブルーにそう告げて、ルシアンに視線を送る。


「そうだね。シーか、じゃあCと仮定して考えてみよう。三番目とかに使ったりするよね。その線で考えてみないかい? 彼女が三番目な理由があれば良いだけになる」


 おお、流石俺達の良心。最高の答えだ。


「三番目の子か、確かに悪くない。凄いなルシアン」


 俺は満足して頷き、ルシアンを褒める。


「だがランス。あるのか? 三番目だって理由が」


 そしてブルーが問う。


「そうだね。それはランスにしか理由を作れない。逆に君がそう思う事があるだけ良いと思うんだ」


 ルシアンも期待を込めた目で俺を見据える。

 俺は必死に思い出す。あと一つ。そう、このピースが埋まれば俺達は生まれ変われるんだ。

 外道から優しいルームメイトに。


「えっと、見せられた奴隷の数が三人だった。端に並んでたし三番目って言えるかもしれない」


 俺は少ない情報から答えを必死に絞り出した。


「理由として、少し弱く無いかな?」


 む、確かに……だが、まだ二日目だぞ? 色々あった気もするが。


「じゃあもう、ランスの三番目の女って事で良いんじゃ無いか?」


「いい訳あるか! それじゃ俺限定で最初に戻る様なもんだろ!」


 俺を切り捨てようとする様なブルーの発言に怒りをあらわにした。

 と、その時、シー坊が風呂から上がり、こちらに歩いて来る。

 俺達三人はもうこの意見しか無いと決めて、何事も無かったかの様に初めて彼女と向き合った。


「まあ、なんだ。これからよろしくな」


「うん、ルームメイトとして助け合って行こう」


 ブルーとルシアンは少し身を構えながらも、シー坊に歓迎の言葉を贈る。

 俺もそれに倣って言葉を送ろうとするが……


「海坊主……あの巨体……」


 この寮の壁は薄かった。俺達はその事を失念していた。

 引きつった笑顔のまま固まるルシアンとブルー。

 ここは俺が何とかしないとと思い、シー坊に声を掛ける。


「いや、俺達はこれからシー坊との関係を正常な物に戻す為にだな」


 冷や汗をかきながらも必死にシー坊に語り掛けた。

 だが、シー坊はいつもの様に明後日の方向に話を吹き飛ばした。


「……三番目の女って何よ! 私の他に二人も居るって言うの!」


「…………いや、お前、女として見て無いから」


 俺は、つい本音をこぼしてしまった。

 シー坊はさっぱりしたはずの顔を涙で濡らし口を開く。


「最低、今日はもう話しかけないで」


 そう言って元俺が使っていた布団に寝転ぶと、ビチャっと水たまりを弾いた様な音を立てて寝ころんだ。


 二人は、俺の肩を優しく叩き、無言で自分の布団に入って行った。

 俺は、どこに叩き付けて良いのか分からない気持ちを必死に堪え、歯を食いしばりながら布団逃げ込んだ。

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