第3話仕方が無いので名前を決めた


 俺はあれからあいつと会いたく無かった為、早めに寮を出て学校へ行こうとした。


「あれ。おはようランス。もう行くのかい? 今日は早いんだね」


 と、目を覚ましたルシアンが声を掛けて来た。

 ブルーはまだ熟睡している様だ。昨日の感じだと今日は起き上がれないかもしれない。


「ああ、あれと顔を合わせたくない。もう少ししたら戻って来るんじゃないかと思うとな」


「待った。僕も行く。40秒待って欲しい」


 そう言って、ルシアンはものすごい勢いで起き出して、準備を終わらせた。

 そうして俺達は二人で寮を出て、歩いて三分の教室に着いた。

 教室に入って自分たちの席に着くと、初日にまとめ役を買って出ていたアイラから声を掛けられる。


「あれ? 二人とも早いのね。用事でもあったの?」


 と、彼女は読んでいた本を閉じて、声を掛ける。

 おそらく、家より静かだからここを選んだのだろう。

 流石にまだあと一時間もあるしな。


「ああ。何と言ったらいいのか、あの化け物とどうやって戦ったらいいのか分からなくてな」


 そう言って俺は黙り込む。だんまりを決め込む。これ以上は説明したくない。


「いい得手妙だね。確かにあれは難敵だよ」


 ルシアンも同意見の様だ。


「もう、危ない事はしちゃダメだよ。しっかりと計画を練って無難な相手をコツコツと。何事にも応用が利く冒険者の基本よ」


 アイラはそう言って、腕を組み強い視線を向ける。


「そうか、何事にも……」


 俺は早速ノートとペンを用意して、ペンに墨をつけた。

 そんな中、隣でルシアンとアイラが話始める。


「あれ、ルシアン、ちょっと顔見せて貰って良い?」


「なんだい? まあアイラ君なら歓迎だけど」


 と、気になってしまう様な会話をしているので、少し顔を向けて話を聞いた。


「なんか今日顔がテカテカしてない?」


「そんな馬鹿な! 昨日は二度も、二度も風呂に入ったんだよ?」


 ルシアンは、昨日の事件を思い出し、顔を青くし始めた。

 俺はそんなルシアンを見て思う。あの後には一回だけどな、と。


「へ~どこの石鹸使ってるの? 髪もつやっつやじゃない!」


 アイラの猛攻は止まらず、ルシアンは完全に顔を青くして両手で頭を抱え始めた。

 俺は、あの戦いはもう終わったんだと、次の対策を練る為に再度ペンに墨を付ける。

 だが、今丁度女性が目の前に居るのに、一人で考える事も無いかと相談をする事にした。


「アイラ、相談がしたい」


 と、言ってから気が付いた。何と説明すればいい。

 あれか? 近寄るなって言ってたり、ウナギだのカエルだの言ってたり、場所取って邪魔だからやせろとか言ってたり、してるのに何一つ効かないと言えばいいのか?

 間違いなく俺が悪者になるだろう。


「良いけど、どんな事?」


 ダメだ。頭を回せ。今回は適当に。そう、適当に相談するんだ。


「トラウマになる程悲しい事があった奴はどうやって慰めてやればいい?」


 俺はそう思って適当に思った事を口にしてみた。

 アイラは真剣に考えて居る。「それは、難しいわね」と。


「無理ならいい。適当に言って見ただけだから」


 あ、適当は言う必要なかった。と、アイラをのぞき込む様に見た。


「下手な優しさは逆効果ね。それに近い位の悲しくならない感情の揺さぶりを与えて上げれば……」


 流石、真面目なアイラだ。真剣に考えてくれていた。

 もはや、あいつを慰めてやろうとは思わないが、そうか。

 でもあいつはきっと縛られてるだろうからなぁ。きっと家族が私を許さない的な?

 試しにあいつを甘やかしまくってみようか。それで倒せるかも知れない。


「アイラ、ありがとう。一個思いついたよ」


「どういたしまして。危険な事じゃ無さそうで良かったわ」


 アイラがそう言って微笑むと、いつの間にか立ち直っていたルシアンがアイラに問いかける。


「そう言えば、アイラはパーティー決まったのかい? 女子は大変だろう、男のパーティーを選べないから」


 そうルシアンが問いかけると、アイラは首を掛げて言う。


「あら、決まって無いけど、どうして選べないの?」


 と、言うアイラにルシアンはつやっつやの髪をなびかせながら首を振った。


「全員とは言わないけどね。一年生をパーティーに入れた場合、奴隷の様に扱って良いという風習があるんだよ。男が女の奴隷にどういう事をさせるか、分かるよね?」


 ルシアンはアイラに向かって少し悲しそうに告げる。

 そして俺は怒鳴る。


「分かりたくねぇよ!!」


 と、おそらく俺はルシアンよりさらに悲しそうな顔をして、叫んでいた。


「あ、そうなの……扱いは知ってたけどそこまでされる可能性もあるのね。ありがとう、ちゃんと覚えて置くわ。ランスもありがとね。そんなに心配して怒ってくれるなんて思わなかった」


 アイラは少し頬を染めながら、俺とルシアンにお礼を言った。

 その後くらいから一斉に人が集まり始める。そろそろ授業の時間が近くなって来たのだろう。

 二人と少し言葉を交わして、自分の席へと戻った。そして教師が入って来る。


「あ~、ランス、まだあいつが来てないみたいだが、どうしたんだ?」


 俺は、飛び跳ねそうになるほどに驚いた。

 だってあいつが授業を受けるのは明日からと決まっていた。

 そんな質問を受けるとは思っていなかったのだ。

 そんな俺を見かねたのか、ルシアンが助け舟を入れてくれた。


「ブルーは今日は起き上がれそうに無いです。多分」


 くっそ、ブルーの事かよ。ビックリさせるなよ。


「そうか。まあ、初ダンジョンの後は皆そうだ。気にするなと伝えて置け」


 そう先生が言ってそのまま授業が始まった。そして俺は思い出す。

 一人の友人をあの化け物の元に置き去りにした事実を。

 そう、あいつは化け物だ。外見がと言う奴はまだあいつを分かっていないと言える位に。

 あいつを俺が化け物と呼称するのは心の方だ。

 普通なら耐えられないレベルの事を何とも思わずに、喜ばそうとしようものなら逆上して心を折りに来る。

 俺は、友に心の中で謝りつつも、今の平穏を噛みしめた。


 そうして、安らかな時間は一瞬で過ぎ、放課後になってしまった。


「あれ? ルシアンは今日は雑用あるのか?」


「ああ、楽な奴だけどね。その代わり時間が掛かる」


 と、言いながらもいい笑顔である。


「そうか……頑張ってな……」


 俺は友を見送り、もう一人の友の窮地に駆けつける様、重い足を踏み出した。


 そうして、一瞬で寮の前に着いた。当然だ。出てすぐ見える所に在るのだから。

 いざ、と部屋の中に一歩踏み出すと、俺はとんでも無いものを見た。

 奴はまだ寝ていた。それは良い。ブルーも安全だった訳だから。

 だが、場所が問題だ。奴は何故か俺の布団で寝て居やがったのだ。きっとあそこはもう、ウナギの生け簀みたいな状態になっているだろう。

 そこは説明してあっただろうと。

 俺は本気で頭に来て歩いて近づくが、二段ベットの上に上る梯子が折れていた。

 彼女は上れなかったのだ。梯子の強度の問題で。いや、自分の重さの問題で。

 怒りは一気に鎮火して、逆に可哀そうに思えて来た。それにアイラの言葉もある。


 そう、俺は計画を練ったのだ。アイラの助言を元に。

 名付けて、好きよ好きよは嫌の内。

 説明しよう。この計画とは、彼女を甘やかし褒めそやし彼女の罪悪感を引き出すだけ引き出して、最後に俺を困らすとこうなるのだ。と、分からせる為の作戦である。

 だがその前にやる事がある。俺の私物をこの上のベットに移動しなくては……


 そして、上のベットに物を移動させて自分もベットに上がると、ブルーと目が合った。


「なぁ、ランス。お前の布団に在る物体について聞いても良いか?」


 俺は、ブルーの表情と発言に違和感を感じて、ブルーのベットに続く階段を上り、彼と同じ目線で俺の布団を見た。

 そこには、人間とは思えない大きさの盛り上がりだけがあり、呼吸をしているのか上下に動いている。

 確かに顔も足も見えない。そうか、こうしてブルーの平穏は守られたのか。

 そうして安堵した俺は、自分のベットにした場所に戻った。


「何故、こっちに来て戻ったんだ? いや、それよりそれ、何だよ。生き物、だよな? なんか濡れてる様に見えるし、お前まさか魔物を持ち込んだんじゃ無いだろうな?」


 俺は、必死に笑いそうになる心を抑え、返答した。


「そうだな。魔物、とも言えるかも知れない。俺は、出来るだけ近づきたく無いが、これは仕方が無いんだ。校長がここに住ますって決めたんだから」


 うん、だから本当に仕方ないんだ。ああ、そう考えたら笑いが引いた。


「なんだよ! 驚かせるなよ。本当に魔物かと心配になったんだからな。てかここもとうとう満室か。お前は好き嫌い激しそうだからな。俺がちゃんと話して和が乱れない様にしてやるよ」


 マジかよ。ありがたい。その言葉忘れない。いや、忘れさせない。


「ブルー助かる。その言葉、復唱してくれないか。俺、嬉しかったから」


 俺は、切実な視線を向け、勇者ブルーを見つめる。


「任せろって、嫌な奴なら俺がガツンと言ってやるって」


 ありがとう、友よ。そう思っているとブルーが視線を少し下に向けた瞬間驚愕をあらわにした。

 俺は、とうとうこの時が来たかと下をのぞき込むと、丸い物体から顔が生えていた。

 ブルーはもう一度こちらを見て問う。


「なんだ? この生き物は」


 ブルーは驚愕の視線のまま表情が固まっている。


「見た通りだ。それ以上でもそれ以下でもない。いや、それ以上ではあるかも知れない」


 俺は自分の気持ちを共感して貰えそうな事に安堵しながらも、彼に本心を正直に伝えた。


「待て、いやいや、あるだろ? 名前とか」


「名前はまだない」


 俺はこいつに名を付けるのが精神的にきつくて、頬を引きつらせながらも答える。 


「そんな訳無いだろ?」


 ブルーがおちょくるのはいい加減にしろと言わんばかりの表情で問う。

 だが、その問いに答えたのは俺では無かった。


「本当にない。つけてくれる?」


 彼女は、ずっと顔を出してブルーを見ていたのだろうか?

 またのぞき込んでみると、疲れたのか、頭をぶらりと下に向けテカテカした顔で彼を見ていた。

 そして彼は呟く。


「あ……あぶらぎって……」


 こいつ、本当に名前を付けやがった。

 だが、その役を変わってくれるならありがたい。

 俺はすかさず、その名前で決定とした。


「良かったじゃ無いか、アブラギッテ」


 俺は、アブラギッテに名を貰って良かったなと告げた。


「アブラギッテ……それが、私の名前……」


 そう言って、アブラギッテはこれが自分の名前だと言い聞かせる。

 俺もこれで安心した。人に名前を付けるなんてした事無い。

 一生物の名前を付ける自信は無かった。

 自分で付けたランスだって失敗したと思っているくらいだ。

 ありがとう、ブルー。と思っているとブルーが驚愕から困惑に表情を変えて言う。


「ちげぇよ。顔に、油、ギッてる」


 アブラギッテ、それは名前では無かった。いや、もう決定したが。

 そして俺は余りの不意打ちに、笑いが止まらず、声を上げて笑っていると。

 アブラギッテは、また「酷過ぎるのでお外に行きます」と出て行った。

 そして立ち上がったアブラギッテを見たブルーは呟いた「ああ、やっぱり人間か」と。


 散々笑わして貰ったし、被害も無かったが、俺は今になって思い出した。

 自分がやるはずだった作戦を。

 今度こそはと思いつつも俺はブルーに「ありがとう、ブルー」と晴れやかな顔でお礼を言った。


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