第2話仕方が無いので男子寮の俺達の部屋に置く


 取り合えず、奴隷商人の商館を出た所までは問題が無かった。

 それから学校に赴き、先生に事情を話すと校長室で話をと言う事になる。


 そして、職員室に彼女を待たせ、校長室へと入った。

 向かい合わせた椅子に腰を掛けた校長は、座る様に促し話し始めた。


「話は分かったが。ふむ、キミは入学金が払えないのに、奴隷を買った訳だね?」


 うっ、そこ考えて無かった。


「……金貨三枚でしたので、パーティーメンバーが作れそうに無いので購入しました」


 確かに言われてみればそうだ。

 その上で学校に入れたいとか……舐めてるとしか言いようが無い。


「金貨三枚……女性だと聞くが、嘘は無いのだね?」


「はい、ここに証書もあります」


 俺は、校長に商館で貰った証明書を差し出し、金額の確認をして貰った。

 そこには彼女がどうして奴隷になったのかの経緯も書いてある。


「これは……なるほど。そう言う理由ですか。教養が無かった事が原因では仕方が無い、許可しましょう」


 良かった。入学金は金貨6枚だ。それ以下だからギリギリセーフだったのだろうか?


「ありがとうございます」


「ですが、問題が一つあります。最近は女子生徒が増えてしまいまして、現在女子寮が埋まっていて彼女を住める場所がありません」


 はっ? いや、それが出来ると見込んで購入を決めたんだが……


「まあ、冒険者は異性との同衾も良くある事です。丁度君の部屋はあと一人入れましたね。責任ある人物が監視するのは当然ですし、どちらにしても奴隷ならナニをするなと言った所ででしょうからね」


 いやいや、何でナニの発音がそんななの? この人あいつの外見見て無いから……


「校長、取り合えず本人を呼びましょう。俺は新たな解決策を望みます」


 ダメだ。それは何としても阻止しなければ。

 そう言って、俺は一度校長室を出て、隣にある職員室から彼女を連れて来た。

 そしてなるべく校長の近くに立たせてもう一度問う。


「校長……よく見て下さい。俺は、新たな、解決策を、望みます」


「ランス君、もう一度言いましょう。冒険者ならパーティーメンバーと生活を共にし近くで睡眠を取るのは当たり前です。キミ、もう少し下がりなさい」


 彼女は俺が急いで連れて来たからか、校長のすぐ近くで「ハフッ……ハフッ……」と息を吹きかけている。俺は彼女にもう少しだ、その調子だと思念を送り、校長をじっと見つめる。


「如何でしょうか?」


 俺は校長をじっと見つめ分かっただろう? と言外に問いかける。


「くどいです。下がりなさい……下がらせなさい!」


 そうして俺達は同室で過ごす事に決まった。

 いや、泊まる場所すら無いと言われるよりはまだ良かったかも知れない。

 彼女の住む場所を用意してやることなんて俺には出来ないのだから。

 どこかに住みこませるにしても、彼女が何を出来るのかすらも知らないから、仕事が出来るのかも分からないし。

 よく考えてみれば、俺は彼女の事何一つ知らなかった。性格も名前も、何が好きかすらも。


「さて、お前も分かったと思うが、こういう結果になってしまった。済まないな」


「いいのよ。どうせ、計画通りなんでしょ? ハフッ、ハフッ」


 彼女は私と一緒に寝たかったんでしょ。と言わんばかりに言葉を返す。

 いや、違うけど。

 その前にお前、歩くだけでそんなに息切れるの?


「何か勘違いしている様だが、それは一先ず置いておこう。これから俺達はパーティーメンバーだ。俺がお前を買ったのもそれが理由だ。だからまず、名前を教えてくれ。いつまでもお前と呼ぶわけにはいかないからな」


 そう、俺は彼女の名前すらまだ聞いていない。

 この学校に連れてくる途中、何度か話しかけてお互いの事を知ろうとしたのだが、速足で向かっていたからか物凄く息を切らし話せる環境に無かった。

 なので、俺はゆっくり歩いて自室に向かいながら問いかける。


「貴方がつけて、ううん。私のご主人様」


「良いから名前教えろっつってんだよ!」


 俺は、着いてしまった自室のドアノブを回しつつ、声を荒げてしまった後、深呼吸して自分を諫めた。考えてみたのだ。

 これが仮に、仮に美少女だったとしよう。俺はドキッとしつつも「本当に良いのか?」とか言っただろう。

 そう、こいつは悪い事を言った訳では無いのだ。今回はこんな言い方をしてしまったが、次からは気を付けようと思う。

 そして、この女は部屋に入るなり、ルシアンを見てこう言った。


「私に名前を付けて下さい! 王子様」


 こいつは風呂上がりでオールバックにしたルシアンを見るなり、急速接近していた。

 移動速度が半端じゃ無かった。ルシアンの前で停止した時、脂肪だけが止まり切らずブルンとぶれた。思わず「お前それ体大丈夫なの?」と呟いてしまう位に揺れた。

 そして彼女は少しだけ振り向いた。


「さーびすっ!」


 そして、俺の我慢の限界は一瞬で遠くまで飛び越えて、本気で前蹴りをかましていた。

 彼女は、待ってましたと言わんばかりに蹴りを喰らった様に見せかけて、ルシアンにダイブした。

 ルシアンは「うわっ、うわぁぁぁぁ、ナニコレ、なんだよこれぇええ!」と叫び声を上げて必死にもがき、何とか抜け出したは良いが、出たばかりの風呂に入り直す羽目になった。

 俺は、涙目だったルシアンが風呂に入っている間、彼女に問いかける。


「お前が両親から貰った名前は何なんだ?」


 うつぶせに寝転んだままの彼女にそう問いかけると、ビクッと震えてから間を空けて答える。


「――それはもう名乗れない。私に遠慮はいらない」


 こいつ、もしかして……わざとやっているのか?

 奴隷としてみじめに生きて行く為に……


「お前は俺の奴隷だから遠慮するつもりは無い。だが、俺が買った理由は冒険者のパーティーとしてだ。それ以外の変な解釈をするな」


 かなり、同情しそうになったが、だからと言ってそういう行動を許せるわけでは無い。

 はっきりと彼女に告げて、俺は返答を待った。

 そして木造二段ベットが両脇に並ぶ部屋の中央で、横に寝ころんだ状態から手をついて体だけをそらす様に起こし、こちらを見た。


「命令すれば良いじゃない。私の意志が無くなる程、命令で固めてしまえばいい」


 そう言って彼女は目を伏せて、真剣な表情を見せた。


「あ~じゃあ、一つ命令だ。取り合えずやせろ。邪魔だ」


「グハッ……直球な上に理由が邪魔。でも感情に流されないご主人様が素敵」


 ――こいつ、もしかしてすべて計算かも知れない。取り合えず、要望通りこいつに遠慮するのだけは止めよう。


「あっ、もう一つ命令だ、自分からこの部屋の住人にくっつくのを止めろ」


 そう、きっと俺はこれからルシアンに責められる。俺なら責める。

 だからせめて、再発防止だけはちゃんとしたと彼に伝える義務があると思ったのだ。


「分かりました。不可抗力を待ちます」


 ああ、こいつには効かなかった。聞かなかったことにしよう。

 そう考えて居る間にルシアンが出て来て開口一番にこういった。


「ねえ、ランス。ヌルヌルが落ちないんだけど。これ何? ホントに何?」


 ルシアンは顔色が良くない。だが、その疑問には簡単に答えられると思う。


「それはここに居る奴の体液だ。ウナギとかカエルとかそう言う物だと思えばいい」


 何の反省も無いこいつに気を使う事を止め、ルシアンに正確に答えた。

 結構きつい事を言った自覚があった為、チラリと様子を伺った。


「私、ウナギに例えられたの初めて! ご主人様、私の初めてです。どうですか?」


 どうですかじゃねぇよ! さりげなく横になってんじゃねえよ!

 余裕そうだし全然効いてねぇし、もう俺の手に余るよ。てかカエルは経験あったのか。


「黙れ! くっそ返品したい。あっ、そうか返品すれば良いんだ」


 そうだ、そうだよ。その手がった。そう思って手をポンと打って喜んで居るとルシアンが問いかけて来た。


「ランス、いくらで買ったんだい? まさかそう言う趣味だとは知らなかったけど」


 おい待て、お前、いくら恨んでいるからといって、言って良い事と悪い事がだな……

 俺は、ルシアンの心無い言葉に心底げんなりしながら言葉を返す。


「おい。悪かったけどそれは止めてくれ、精神が折れる。金額は金貨三枚、丁度だ」


 ルシアンに手のひらを突き出し、ホントに止めてと思いながら彼の問いに答える。


「なら、返品はお勧めしないよ。帰ってくるのは多分金貨一枚だ」


 え? それだと代わりのメンバーが買えなくなるんだが……


「何でだ? 手数料で金貨二枚は高すぎだろう?」


 そんなに金額が掛かる様な事はしなかったはずだ、魔法一回と書類ちょっとでそれは無いだろう。


「いや、女性の場合はほら、分かるだろう?」


 ……………


「分かりたくねえよ! くっそぉ。これからここで暮らさせるんだぞ?」


「ああ、返品した方が得だね。うん、今から行こう」


 ルシアンは俺の腕を痛い程ギュッと掴み、今から行こうと立ち上がらせた。

 そして丁度そこに俺達がブルーと呼んでいるブルースが返って来た。

 だが、彼は部屋の中央に大きく陣取っている存在に目もくれず、自分のベットに上って行き、こちらに一言だけ告げる。


「わりぃ、今日ホントしんどかったから先寝るから、静かに頼むな」


 俺達は考えた。確かに一刻も早く返品したい。だけど、ブルーは自分が奴隷になる様な思いをして来たのだ。

 そんな疲れたブルーにはゆっくりと寝て貰いたいと。


「今日は仕方ないか」


 俺は、肩を下ろし、脱力しながら言う。


「そうだね。僕も過剰反応してたかも知れない」


 ルシアンがうつむき、さっきの俺と同じ過ちを犯そうとしていた。

 だが、俺は黙って待つことにする。さっきの仕返しにでは無い。こういう多少気重な事は、本人が自覚して自らの意志でやる事なのだ。

 そして、俺の思惑通り奴は口を開いた。


「今から三人で静かに、ですね?」


 彼女は体をくねらせてそう言った。が、自らの重みに耐えきれずよたつく。


「ランス、取り合えず触れる事を禁止してくれ」


 やっぱりそう思うよな。ルシアンは特にあれにダイブされてるしな。


「ああ、それはもう禁止してある。他には?」


 さあ、ルシアンの手腕を見せてくれ。


「……流石に生活に必要な事を禁止するのは可哀そうかな」


 ルシアンは一頻考えた後、そう言ってため息をついた。

 やっぱりそうだよな。それだけは俺も流石にやっちゃいけないと思ってた。

 でもそうなるとどうしたら良いのかが思いつかないんだよなぁ。

 あ、そう言えば……


「生活に必要な物か。そう言えば名前決めて無かったな」


 俺はこいつの名前をまだ付けていない事を思い出した。


「そうなんだ。前の名前は?」


 あ~、うん。流石にあんな思い過去をベラベラ話す訳にも行かないよな。


「あ~……事情があってもう使えないんだと」


 俺は、言えないんだと察する事が出来る様に告げた。

 だが、俺はもう知っている。こいつはこういう風に言われると人を侮辱してくる事を。


「そうやって自然と気を使って言わないご主人様。私を誘惑してどうしようと……」


「そんな事しなくても雑に扱ってやるからちょっと黙ってろ」


 俺が扱いに慣れて来たからか、自分の言葉に反応してくれないからか、彼女は口を膨らませて顔をパンパンに膨らませた。

 それを見たルシアンがうつむきながら何かを堪えている。


「……ククク……クックック……あはははは、顔! おっきすぎ! ふっ、膨らみすぎっ!」


 ルシアンはそう言って耐えられなくなり膝を付いた。

 それを見た俺も感染するかのように耐えられなくなり始めた。


「おい、馬鹿止めろ! 俺まで……クッ……クハッあははははは」


 二人して、大笑いして転げまわっていると……


「私、流石に傷ついたので今日は外で寝ます」


 そう言って、彼女はドアノブに手を掛けた。

 それを見た俺とルシアンは驚いたように目を見合わせた。


「あっ、その手が! よし、許す。命令だ、犯罪行為を禁じる」


 俺は主人として必要な事と思い、しっかりと命令した。


「そうだね。犯罪はいけないねっ、色々凶器だし。ぷっ」


 ルシアンはさっきの笑いが抜けない様だ。まだ声が少し震えている。

 そんな風に話しているとブルーが二段ベットの上から顔を出した。


「うるせぇよ! ふざけんな! 寝かせろよ……」


 と、顔を歪ませ勘弁してくれと言った顔を見せて引っ込んでいった。


「ああ、悪い。もう静かになるから」


「悪かった。もう今日は俺らも寝るから」


 俺達は二人はそのまま布団について、そのまま睡眠を取った。




 翌日、俺は早朝に目が覚めて、問題のあいつがどうしてるかと外に出ると。

 校庭のトラックをドスドスと音をたてて彼女は走っていた。

 もしかしてずっと走っていたのか?

 と少し疑問に思ったが、あいつがそこまで殊勝な事をする訳が無いと、ゆっくり近づいて声を掛けた。

 

「おはよう。どのくらい走ってたんだ」


「ハヒッフヒッハヒッフヒッ」


「分かった。取り合えず座って呼吸を整えろ」


 彼女はコクッと一度だけ頷き、ゆっくりと木の下まで移動してへたり込み木に寄り掛かった。

 そして、しばらくすると、彼女はゆっくりと話し出した。


「ここで座って、走ってを繰り返した」

 

「あれからずっとか?」


 彼女は木に頭を付けもう動かしたくないのか少しだけ頷き、答えた。


「もしかして、やせろって命令したからか? ああ、答えなくていい。もしそうなら付け加える。命令だ、適度にやれ、飯もある程度はちゃんと食べろよ」


 彼女は目を見開き呆れた様にこちらを見た。そして呼吸が整って来たのか、口を開く。


「そんなに愛を囁かないで! 軽く感じるから」


 心底イラッと来た俺は、無言で踵を返し、部屋へと戻った。ああ、もうあいつと喋りたくない。


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