いつもの喫茶店

燎(kagari)

第1話

「ねぇキミ、好きな人はいる?」


 行きつけの喫茶店、窓際のカウンター席。

眩しい日差しに目を細めながら飲む苦い珈琲が好きなのだ。 


「あ……突然ごめんなさい。ちょっとアンケートだったんだけれど、お邪魔だったよね?」


 席はあちこち空いているのに、なぜか隣に座った女性。何かと思えば、そういう事か。


「……いましたよ」

「え?」

「いましたよ。好きな人」


 最後の一口を飲みきってしまったのでおかわりの珈琲を注文し、改めて女性の方に向き直る。


「アンケート、答えますよ。ちょうど退屈していたんです」

「ありがとう! あ、私も同じ珈琲お願いしまーす!」


 素敵な女性だと思った。

 肩にかかるくらいの綺麗に整えられた黒髪。童顔に、社会人らしい軽い化粧。幼いイメージと黒縁眼鏡がなんだかアンバランスで可愛らしい。……恐らく年上だが。


「それで、なんのアンケートなんですか?」

「え? あー、サイトの記事に使おうかなっていう感じのアレかな」

「僕もたまにそういう記事読みますよ。ネット上じゃなくて、外でアンケートとることもあるんですね」


それにしても、あって街頭でのアンケートなような気もするが。


「あはは、まぁ、ネット上だと顔も見えないし、何とでも書けちゃうからね」

「確かに、信用できるデータとは言い難いかもしれませんね」


 見知らぬ女性との談笑。

 なんだか不思議な気分。

 毎週のようにここに来るけれど、たまにマスターと話すくらいで基本的には誰とも話さないからだ。


「それじゃあ改めて、アンケートを始めていくね」

「どうぞ」


咳払いをひとつ、女性はスマホを片手に真面目な顔をした。


「①今、好きな人はいますか? ……これはさっきも聞いたけれど、一応ね」

「今ですか。……今は、いません」


 目の前に置かれた珈琲を一口、僕は答えた。


「②先程の質問にNOと回答された方、それでは過去に恋をしたことはありますか?」

「ありましたね。半年くらい前まで」


 そして、ちょうどこの場所で恋が終わったんだ。


「③一目惚れは現実にあり得ると思いますか?」

「あり得ると思います。きっかけは人それぞれですから」


 一目惚れされた人は幻滅されないように頑張らなきゃいけないかもしれないけれど。


「④あなたが告白されたい場所は?」

「そうですね……。僕は日常が非日常に変わるのが好きなんですよ」


 普段は煩わしいだけの陽の光が、ここに来ると珈琲を楽しむ演出に変わるように。


「だから、このいつも来る喫茶店で告白されたりしたら嬉しいかもしれませんね」


 悲しい思い出が嬉しい思い出に塗り替えられたら、僕はこの場所が更に好きになるだろう。


「⑤年上と年下、どちらが好きですか?」

「どうでしょう……。僕自体があまり活動的ではないので、落ち着いた女性という意味では年上の方が好きと言えるかもしれません」


『私、キミといてもつまらない。それにキミも私といてもつまらなさそう』


 僕とは対照的に活発な人といれば僕自身も変わることができると考えていたあの頃、そう言われたのを思い出す。


「それでは、さ、最後の質問です……」


 つい数秒前までは平坦に質問を読み上げていたはずの女性が急にそわそわし始めた。


「ちょっとタイム。珈琲飲むね」

「あ、はい」


 そんなに聞きづらい質問なのかな。


「それでは、最後の質問です」

「はい」


「⑥私があなたに告白をしたら、どのように答えてくれますか?」

「……はい?」

「気付かなくて当然だけど……私、実はよくここに来るの。それでね、日差しが眩しいなって窓際を見たらキミがいて」

「……」

「その……素敵だなって、思ったの。それで、どうやって話しかけたらいいかとか、どんな人が好きなのか聞きたいなとか考えて……今に至る感じかな?」


 あはは、と軽く笑う女性。


「……普通に声をかけてくれればよかったのに」

「え?」


 僕の言葉に、不思議そうな顔をする。


「さっき答えたじゃないですか」


 ふるえる手をポケットにかくす。

 こんな時くらいは、かっこつけてもいいだろう。


「僕は年上が好きで、この場所で告白されたら嬉しくて」


 どうやら僕たちは、お互い幻滅されないように頑張らなくてはいけないみたいだ。


「……一目惚れはあり得るって」


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いつもの喫茶店 燎(kagari) @sh8530

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