第4話
「そんな訳ないでしょ!」
久々に安眠が邪魔され、すこぶる機嫌の悪い俺の前で例の少女が怒っている。
「あんたが来ないから、応急処置で来てもらってんのよ」
「応急処置?」
「そうよ。魔物の進行を止める為、彼らには街を守って貰ってるの」
「そのまま魔王を倒して貰えばよかろう?」
「……無理よ」
今しがたまで怒りを露にしていた少女は項垂れると言葉を続ける。
「異世界の住人であるあなた達は、こちらの世界の住人より遥かに強い。でも、魔王を倒す力の持ち主は貴方だけなの」
「他にはいないのか?」
「いたらこんな事してないわよ」
「なるほど。……とは言え、無理やり攫うのはいただけんな」
「ちゃんと本人の同意は得てるわよ」
「そうなのか?」
確かに、異世界に行った彼等の顔は皆明るかった。
「いや、ちょっと待て。教室丸ごと持って行ったのはどうなった? それに俺を殺して攫おうともしていたな」
「教室の子は一人ずつ聞いて、拒否した子は帰してるわよ! あんたの事は……死んだら諦めるかなって……でも、それでも拒否したら生き返らせて帰すつもりだったのよ」
「……なら良いのだが。お前の事だから、てっきり有無を言わず攫っているものとばかり思っていた」
「そんな事出来たら、とっくの昔にあんたを攫ってるわよ」
「確かに」
「いいこと! あんたが早く首を縦に振ってくれれば、こんな面倒な事しなくて済むのよ?」
「すまんが、それは出来ない」
「どうしてよ! 独りぼっちになったあんたが、この世界に何の未練があるの?」
「だからだ」
俺は少女の叫びに答える。
「俺を独りぼっちにした奴に正義の鉄槌を下すまで、俺はこの世界で戦い続けると誓った」
その昔、俺にも家族というものがあった。
父はやってもいない会社の不正で身代わりにされ捕まり、母はそのショックと世間からの謂れのない非難で精神を病んで自らこの世を去った。
そして、その話を聞いた父も獄中で自ら命を断ち、俺だけが残されたのだ。
以来俺は、人に罪を擦り付けのうのうと生きている悪魔の様な輩を裁く事だけを考えて生きている。
どんなにこの世界に未練が無くとも、それだけは成し遂げておきたかったのだ。
「この世界の悪魔を倒すまで、俺は行く事は出来ない」
もう一度言うと、少女は諦めたような顔で呟く。
「じゃあ、早く済ましてよね」
全然諦めていなかった。
「しつこい奴だな」
「当り前よ! こっちも魔王を倒さない限り終わらない話なんだから。取り合えずは彼らで場を繋ぐけど、復讐が終わったらさっさと来なさいよね」
場繋ぎで攫われる彼らが一瞬哀れに思ったが、楽しそうにしているからまぁ良いか。
「全てが片付いたら何処へでも付き合ってやる」
「本当ね? 約束よ! 指切り、あ、こらっ――」
何か言っていたが、俺は少女を追い出す為、無理やり起きた。
そして二度寝しようと思ったら既に外は明るくなり始めていた。おのれ。
『俺TUEEしたい奴が海外からも来ててワロス』
『リアル人生続けても面白くないしな』
『そういや、エルフいたらしいぞ』
『ガタッ!』
『お、エルフニキ出動か?』
中途半端な時間だったので、早朝からネットを見ながら学校へ行く用意を始める。
家族と平和に過ごしているのに、何がそんなに不満なのだろう。
日々、自ら進んで異世界へ行く人々を見て俺は思う。
いつか俺が異世界へ行った時、先人に会ったら聞いてみよう。
『この世界は、家族を捨ててまで来た甲斐があったか?』と。
あれから三日、異世界は唐突に姿を消した。
世界中から押し寄せた人々によって、少女が力を与えられるキャパシティを超えたらしい。
「あんたの世界も大概ね。まさかこんなに世界に未練が無い人がいるなんて思わなかったわ。おかげで当分の間は戦える様になったけど」
と言い残して去って以来、夢にも出てこない。このまま物量で押して魔王を倒してくれる事を期待する。
そうすれば俺は復讐の後も平穏に過ごす事が――
(無いか)
もはやこの世界に希望の無い俺が、復讐を終わらせて何をする。
新たな家族でも築くのだろうか。
もしそうなったら、俺はどうする。
(……多分、行かんな)
少女には悪いが、その時はまた異世界に来てもらう事にしよう。
幸い、この世界には、まだまだ異世界に行きたがっている人は多そうだしな。
「いや、来いよ! 来ないと家族ごと攫うからな!」
そんな声が聞こえた様な気がして振り返ったが、そこに異世界はもう無い。
取り合えず俺はこの世界の悪魔を倒す為、今日も学校へ行くのだった。
完
頑なに異世界を拒んでいたら、異世界の方がやって来た。 萩原あるく @astyRS
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