第3話
俺の願いが叶ったのか、あれから一週間、少女は夢に出てこない。安眠出来て良いのだが、異世界らしい光景が被って見えるのは未だ続いていた。
最初は騒いでいた住民達も、今ではすっかり慣れてしまっており、普通に日常生活を送っている。と言うのも、見た目は鬱陶しいのだが、当たり判定が無い為、無視すれば実生活には影響がないのだ。存外、人間と言うのは逞しいものである。
と言う訳で、学校も普通に再開したのだが、教室が無くなった俺は隣のクラスで授業を受けていた。
「勇者さま、この先の洞窟にゴブリンが住み着いてしまって困っておるのです。もし退治してくれたら村の宝を差し上げましょう」(チラッ)
(……)
「勇者よ、囚われの姫を救い出してくれたら、この城にある伝説の武器を進呈しよう」(チラッ)
(……)
「くっ! 俺はもうダメだ。勇者よ、あとは任せた……」(チラッ)
(……)
先程から、やたら俺に話しかけてくる異世界の幻がウザくて仕方がない。一々こっちを見るな。おかげで授業の邪魔になると言って廊下に立たされたではないか。
結局この日は、終始異世界の幻影が話しかけて来て授業にならなかった。
そして、今もこうして帰り道で執拗に俺に絡んで来ている。
「そこの勇者さんよぉ! いい武器が入ったんだ。見て行かねぇか?」(チラッ)
新しい筆記用具を買いに来ただけの俺は、入り口に立っている武器屋風の幻をスルーして文具店へ入っていく。
「確かに、幻の魔導書に関する資料はこの大図書館に秘蔵されておる。しかし閲覧できるのは勇者ただ一人のみ!」(チラッ)
白くて長ーい髭を生やした老人が妄言を吐いている横を通り過ぎると、今日発売されたばかりのエロ本を買って帰る。俺もお年頃の少年なのだ。
「一晩一〇〇ゴールドだ。泊っていくかい?」(チラッ)
泊まるも何も、ここは俺の家だ。勝手に金を取ろうとするな。玄関の横でにこやかにサムズアップしているおっさんを、見なかった事にして家に入る。
今日は全く勉強出来なかったので、少し長めに復習の時間を作った。
勿論、その後には買ってきたエロ本を拝読する。当たりだった。
そしてご飯を食べ風呂に入った後、寝る前にネットを見ていた俺は、気になる書き込みを見つけた。
『異世界のキャラに話しかけた奴が消えたって』
『マ?』
『友人の知り合いに聞いた話だが「ちょっと異世界見てくる!」って言った後、家に帰って来てないらしい』
『依頼受けたのか』
『無茶しやがって……』
『エルフまだ?』
ネタかマジかは知らんが、あの幻に付き合うと異世界に引き込まれるらしい。今までスルーしておいて良かった。
このまま俺が異世界へ行かなければ、他の人が攫われるのか?
少女の言葉が気にかかる。
しかし、俺には異世界へ行く訳にはいかない理由があった。
「昨日はお楽しみでしたね?」
玄関脇で意味ありげな視線で話しかけてくる、影の薄いおっさんを無視すると、学校へ向かう。
いつもと同じ道なのだが少し違和感を感じる。異世界が透けて見えるのは、違和感では無いのかと言う突っ込みはスルーして。
人が少ない様な気がするのだ。
道行く人も、お店の準備をしている人も、行き交う車すら少なく感じる。
そして学校に着き、いざ授業が始まると、俺の違和感は更に大きくなった。
(これって、もしかして……)
二割ほど空いている席を見渡すと、俺はある考えに行きついた。
(インフル流行ってんのか? 後で購買部行ってマスク買っておこう)
マスクには意外な効果があった。
異世界の奴らが声をかけてこないのだ。
訝しげに見てくるから、もしかして勇者? とか思っているのかもしれないが、話しかけてこないので問題なく授業を受けられる。今度からはずっとマスクをして学校に来よう。
そしてその日一日マスク姿で過ごした俺は、学校からの帰り道で不可思議な光景に出会った。
異世界の住人が透けて見えるのは何時もの事なのだが、その中に見知った顔があったのだ。
よく見れば、そこかしこに見覚えのある顔が半透明で動いている。
これは……
どうやら、先日のネットの話題は本当の事だった様だ。
今も二組の田中君が、武器屋のおっさんと楽しそうに話しているのが見える。
ちなみに田中君は俺がいつもエロ本の貸し借りをしている友人だ。そんな貴重な友が減った事に心が痛む。
と言うか、実際に異世界へ他の人が行っているのであれば、俺が行く必要はないのではないか。
何だか肩の荷が降りた様に感じた俺は、心軽やかに家路についた。
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