第2話

 なんとか無事、遅刻する事無く学校へ到着すると、すぐに予習を始める。塾なんて言う高度な教育に投資する余裕のない我が家は、今、勉強出来る環境を精一杯活用するしかないのだ。



(む……)

 二時間目の授業中、突如腹が痛くなった。

 お腹を冷やしてしまったのだろうか、兎に角我慢できなくなった俺は先生に言ってトイレへ駆け込む。

 そう言えば小学生の頃、学校でトイレに行ったら『うんこマン』とか言って虐められていた奴がいたな。

 アレは何だったんだろう。うんこは誰でもするものだし、家でしようと学校でしようと何も変わる事は無い。もしかしてアレか、アイドルはトイレに行かないと言う偶像崇拝に似たようなもので、虐めていた彼はその子に憧れを抱いていたのかもしれない。

 そしてトイレに行っている姿を見てしまい幻滅したいじめっ子は、自分の見たものを信じる事が出来ず、忌々しい記憶と共に消去しようと虐め続けたのだ。

 とかまぁ、そんなどうでも良い事を考えながらうんこを済ませ教室に帰ると、そこには何もなかった。


「おぅ……」


 思わず声に出してしまう。

 うんこしている間に自分の席が隠されているとか、そんなレベルではない。奇麗さっぱり全員分の椅子と机が、そして座っていた生徒達も併せて消えていた。ついでに言えば教壇も先生もいない。

(勉強……できない)

 取り合えずどうして良いか分からなかった俺は、隣の教室の先生にご覧の有様を伝える事にする。

 やがて警察やらテレビ局やら来てざわざわしていたが、俺に出来る事は何もないので、校長の臨時休校宣言と共に家に帰る事にした。



 週末とも重なってそのまま休校となった翌日、規則正しく起きた俺は外に出て自分の視界がおかしい事に気付く。

 いつもの街の風景に重なって、なにやらぼんやりと人が見えるのだ。

 普通に歩いている人はいつも通りはっきりと見えており、服装のおかしい人が道や壁を無視して歩いている。端的に言えば『すり抜けている』。

 どうやら、このおかしな物が見えるのは、俺だけでは無かったらしい。

 そこかしこで悲鳴や怒号が響き渡り、車の急ブレーキも聞こえてくる。

 身の危険を感じ街へ出るのを中止にすると、俺はその日一日、家に引きこもる事にした。


 情報収集の為テレビをつけると、どのチャンネルもこの異常事態を伝えている。どうやら範囲はこの町一帯に渡っているらしい。

 何処かの大学教授とかいうコメンテーターがしたり顔で何か言っているのだが、要約すると『現代科学では何も分からない』だそうだ。

 分からんなら出て来るなよ。

 ネットにはどんな情報が上がっているか見てみたが、


『異世界キター!』

『俺ちょっと依頼受けてくる!』

『エルフいたら起してくれ』


 ネットの方が、現状を正確に把握してる様な気がした。

 幽霊にしてはやたら多いし、話し声も聞こえてくる。そして彼らの服装はどう見てもゲームに出て来る「村人A」の様な出で立ちだったのだ。

(あれはこの予兆だったのだろうか)

 俺は、先日から夢に出ていた少女の事を思い出していた。

 他のテレビ番組を見ても具体的な事は何もなく、『不要不急の外出はお控えください』と繰り返すばかり。唯一旅番組を放送しているチャンネルがあったので流し見していると、俺はいつの間にか眠ってしまっていた。


「あなたが来ないから、こんな事になってしまったのよ」


 三日ぶりに夢に出てきた少女が、さめざめと泣きながら俺を糾弾して来た。

 周りを人質に取り脅して来るとか、酷い言いがかりである。おおよそ世界の平和を願うものの思考ではない。

 本当は、こいつが世界を支配しようとしているのではなかろうか。

 そんな事を考えていたら、昨日の出来事もこいつが犯人ではないかと思えてきた。


「昨日のも、お前がやったのか」

「ち、違うわよ! 私の所為じゃないからね。あなたが悪いのよ!」


 何をやったか聞いてもいないのに速攻で否定するあたり、あからさまに怪しい。間違いなく犯人はこいつだ。それでもあくまで俺が悪い事にしたいらしい。

 しかし、そんな見え透いた話で俺の罪悪感は刺激されない。


「何をやっても気持ちは変わらん。他を当たれ」

「ぐぬぬ……、どうなっても知らないわよ、見てなさい!」


 負け癖が染み着いた悪役令嬢の様な捨て台詞を吐くと、少女は夢から消えて行った。出来れば二度と現れないで欲しい。

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