頑なに異世界を拒んでいたら、異世界の方がやって来た。

萩原あるく

第1話

 ある日、俺はやけに鮮明な夢を見た。


「助けて、勇者様!」


 薄い白のワンピースを纏った金髪の少女が両手を握りしめ、切なげな表情で語り掛けて来る。


「世界は闇に包まれてしまい、魔王を倒す事が出来るのはあなただけなのです!」

「嫌です」

「あ、え?」


 俺はそう言って、きっぱりお断りすると、無理やり目を覚まして少女を追い払う。

 覚醒した後も、焼け付いたように鮮明に残っている姿を、頭を振ってかき消した。

(異世界……か)

 怪しい、怪しすぎる。

 夢とは言え、迂闊に誘いに乗ったら何をさせられるか分かったものでは無い。

 異世界ものと言えば、アニメや書籍が年間山の様に出ているし、いくらかは読んだ事もある。少年少女がこぞって行きたがる、今一番熱いスポットだ。

 だがよく考えてみて欲しい、どれもその中で主人公しているのは、ほんの一握りだ。百人も千人も活躍している異世界物なんてのは無い。華々しい物語の影には、夥しい数の屍が眠っているものだ。

 仮に俺がイエス! と言って異世界に連れて行かれたとしよう。

 十中八九その辺の魔物にやられてゲームオーバーだ。めでたく屍の一員になる事間違いない。よしんば生き残って戦い続けたとしても、魔王を倒して世界を救うなど、宝くじが当たるより確率が低いのではなかろうか。

(ありえんな)

 俺は一笑に付すと、早めの朝食の用意を始めた。




「あなたは選ばれた勇者なの」


 あれから一週間ほど経っただろうか、再びあの少女が夢に現れた。


「誰に?」

「……私によ」

「ちょっと今、間があったな」

「そんな事聞かれたの、初めてだから……」

「初めてって事は、やはり何人も声をかけているんだな」

「それは……」

「やはり断る」

「ちょっ!」


 話せば話す程、怪しさが増してくる。今までいったい何人を異世界へ攫って行ったのか。そしてまだ勧誘を続けていると言う事は、誰も魔王を倒していないと言う事だ。

 そんな所に行って俺が何かを成し得るなどあり得ない。しかし少女はそれからも毎日のように夢に出て来ては俺を異世界へ勧誘し続けた。


「あなたはこちらの世界で魔王を倒すのよ」

「どうやって?」

「私が力を貸します」

「じゃあ、お前がその辺の村人に力を貸してやれよ」

「それじゃあ、ダメなんです!」

「何で?」

「……こっちにも都合があるのよ。何でもいいじゃない! 勇者になれるのよ?」


 とうとうボロが出てき始めた少女は、手段を変えてきた。


「うっうっ……」

「何を泣いている」

「このままでは、この世界は滅んでしまいます」

「大変だな」

「あなた様さえ来ていただければ――」

「断る。こんな所で時間をかけるより他を当たった方が速いぞ」


 情に訴えてきたようだが、残念ながら俺はそんな器では無い。出来てせいぜい近所のおばあちゃんの荷物持ちくらいだ。


「何で来てくれないの? 勇者になって俺TUEE出来るのよ?」

「何度言われようと、行く気は無い。世界が滅びる前に他を当たるんだな」

「そんな……」


 目に涙を浮かべ追いすがる少女を振り払う様に、俺は夢から覚める。


「おのれ、聞き分けの悪い奴め。こうなったら……」


 だから少女のその呟きは、聞こえなかった。




 翌日から悪夢に睡眠を邪魔されなくなった俺は、気分よく登校していると、道端に光るものを見つけた。

(金か?)

 拾い上げようと足を止めた瞬間、何かが砕ける音が目の前で聞こえる。そしてその後、足元に破片が飛び散って来た。

 幸い怪我は無かったが、あと少し進んでいれば直撃コースだ。

(何でこんな所に植木鉢が)

 そう思いながら見上げると、そこには青い空が広がるのみだった。

 後の人が踏んで怪我でもしたら大変なので、取り敢えず破片は道脇へ寄せておき、中にあった花はその隣に植えておいた。

 手をはたいて信号を待っていると、

(あ、金……)

 植木鉢の衝撃で忘れていた金の事を思い出し、先程の場所へと戻る。

 その途端、今度は後ろで凄まじい衝突音が響き渡った。驚いて振り返ると、トラックが信号機の柱にめり込んでいる。

(おいおい、ノーブレーキとか居眠りかよ)

 今しがた立っていた場所で大破しているトラックを見ながら、俺は救急車を呼ぼうとポケットから携帯を取り出す。しかし、既に他の人が呼んでいる様なので、任せてその場を後にした。

 ちなみに金だと思っていた光る物体は、潰れたキャップだったので、近場の自販機のゴミ箱へシュートしておいた。残念。

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