人魚喰らいの黄泉羅鬼滅羅・試し読み版

節兌見一

序章・黄泉出づる国の人魚

【登場人物紹介】

黄泉(よみ)……家族を亡くした蜥蜴病の少年。徒国に復讐を誓う

人後(じんご)……廃寺にて主人公と暮らしていた老人

逝原徒国(ゆはら あだくに)……逝原幕府第十三代征羅将軍。黄泉を狙う

因果院翅(いんがいん かるら)……将軍家付御用学者

錆喰侭(さびぐろ じん)……直参旗本の長男坊。辻斬りに走る

銅影夜宴(あかかげ やえん)……死面衆奇刀御試役

亜都権兵衛(あとう ごんべえ)……元火消しの殺し屋。通称『人消し』

夢路新右衛門斬綱(ゆめじ しんえもん きりつな)……『死面衆』の頭領。最強

苦胤坊(くいんぼう)……斬綱に並び天下の双璧と謳われる槍使い

柄本鬼蔵(つかもと きぞう)……川北町奉行同心筆頭

薊荊華(あざみ けいか)……遊郭『地雷屋』の内儀

伴天連(ばてれん)……聖導教会の宣教師。伴天連とは名前ではなく通称

狩神■■(かろかみ ■■■)……逝原の裏社会を牛耳るやくざの頭目

黄泉羅鬼滅羅(よみらきめら)……??????????????????????



「またとない吉兆でござります、我が殿」


 そう切り出したのは逝原将軍家付御用学者、因果院翅。

 舶来品の片眼鏡を眼窩に埋め込んだ若き碩学が竹簡の緒を解いた。開かれた竹板の束からは埃が舞い、古の匂いが暗室に立ち込める。とうの昔に紙媒体に切り替わった国であるから、相当に旧いものであると見て間違いない。

 居並ぶ家臣たちの視線が集まる中、翅は続ける。


「龍髯十六年、旧帝家に献上されたとされる『それ』を明斉帝が実食、その後百十四年に渡り生き続けたとされます。帝の死因は老衰ではなく餓死でございますし、当時でさえその頭には白髪一つ無かったと典医による覚書が残っております」


 御簾の向こうで翅の言葉を聞き、その国の主は首を傾けた。


「つまり、『それ』を食べた者は不死性を得る……その裏が取れた訳だな、翅よ」

「畏れ多くも、その通りでございます。明斉帝がかかる永い時を生きた事だけは、揺るがしようのない事実にございますれば」


 翅が平伏すると、御簾の向こうで扇を閉じる小気味良い音がした。

 じとりと、翅の額に汗が浮く。もし彼の主が閉じた扇を首の前で横に振ったなら、即刻斬首。翅はそうなるような事をした覚えはないが、それでも彼の主はほんの気まぐれで『やる』。


「……」


 しかし、少なくとも今はその時ではなかったらしい。主は不意に呟いた。


「伴天連よ、『それ』は西欧にも存在するのか?」

「ふふふ」


 その問いに応える声が一つすると、家臣たちが居並ぶ暗室の中心に丸い影が立ちあがった。夜闇が凝固したようなそれは、よく見てみれば黒絹の外套を纏った異人である。


「なっ、いつの間に……っ!」


 現れた人物を見て場の半分が凍りつき、もう半分は腰に差した刀に手を伸ばしていた。


 伴天連とは異邦から訪れた宣教師のこと。信仰と通商を求める彼らは逝原の限られた場所でのみ行動を許されている。問題なのは、ここ逝原城がその許可の内に入っていないことである。


 しかし、伴天連も、彼を呼びつけた主も、まるでその事を気にかける様子が無い。

 諸臣たちの反応に構わず、伴天連は質問に答えた。


「先日、南原の浜に打ち上げられた『あれ』でございますね。『あれ』ならむしろこちら側の存在だと思われます。『どらくろいつ』か『ぐりむらどぉる』辺りの原産でしょうな」

「ほう、分かるものか」

「我ら聖導教会は、人知の外にある存在こそ専門でございますから」


 伴天連は口元を歪め、将軍の心をくすぐるように続けた。


「何にせよ、得難き品です。不老不死を求めてみては如何でしょう?」

「ふむ……」


 御簾に浮かびあがる将軍の陰影は、扇を手で弄んでいる。彼が思案する時の癖だったので、要領を得た家臣たちは押し黙っている。その場にいる誰もがこの主に畏れを抱いていた。


 ぱちん。


 扇がまた閉じられる。


「権力者は誰もが長生きしたがっている……とでも思っているのか、伴天連よ」


 そして、扇を何のためらいも無く自らの首の前で横に振った。


「つまらんな、斬れ」


 刹那、目にも止まらぬ速さで剣閃が飛び交い、伴天連の身を四つに裂いた。


「お美事っ!」

「流石は『天下の双璧』!」


 しかし、家臣たちの影に座する二人の使い手は同時に首を振った。


「斬れておりませぬ」

「み、妙な、術を、つ、使う、奴、だ」


 言われてみて群臣は目を見開く。

 白刃に曝されたはずの伴天連の姿が何処にも無い。


 代わりに、声だけが聞こえてきた。


「将軍様、一つだけ申し上げ忘れていたことがありました。今回見つかった『人魚の骸』ですが、検分しましたところ、どうやら『不老不死』の力は失われているようです」

「何故だ?」


 ほんの数秒前まで伴天連を殺そうとしていた事も忘れ、将軍は声のする方に向けて問うた。


「力の根源、『生き胆』を腹から抜き取られてしまっているためです。しかも傷は真新しい」

「誰かが持ち逃げしたと?」

「如何にも。臭いますからな、既に食して不老不死を手に入れたに違いありません」

「人魚を食った者も人魚となる、か。そやつの生き胆を喰らわばどうなる」

「無論、人魚の生き胆と同じ効能を得ることが出来ましょう」

「そうか」


 その結論を聞いた途端、将軍の口元に笑みが浮かぶ。

 御簾を挟んだ群臣たちにすら伝わる程の、悪意の籠った笑みである。


「それは、面白い」


 逝原幕府第十三代征羅将軍、逝原徒国はもう一度扇を開き、閉じた。



 ぱちん。



『人魚喰らいの黄泉羅鬼滅羅』本編に続く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

人魚喰らいの黄泉羅鬼滅羅・試し読み版 節兌見一 @sedda

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ