アジュガ
「花ってのはそんなにいいもんなのか」
「どしたの」
「いや、最近育ててるやつをよく見るからよ」
「ああ、そういえばあのお嬢様の部屋にも花あったねぇ」
「さすがに花には攻撃してねぇみたいだが、あいつらを呼ぶことには変わりないだろ。俺にとっては恐いモンなんだが」
「育ちの問題じゃない?」
「ああ?!」
確かに俺は花を楽しむような家庭の生まれではなかったし、学もなかった。
色の違いや形の違いは見て分かるが、それがなんという花なのか、ましてや花言葉なんて見当もつかない。
世界が崩壊してから早数年。
初めは一人だった。
カイに出会ったのはやつらから逃げるように地下鉄の線路内を彷徨い歩いていた時だった。
自らを学者だと名乗ったカイは、俺がそれなりに戦えると見越して自分を守らないかと持ちかけてきた。
自分は代わりに知識を提供すると。
生きた人間に出会うと、仲間意識が芽生えるか敵対意識が芽生えるかのどちらかだった。
自分が生きるためには何でもするようなやつらが殆どであったから、俺を連れ歩きたいと思うのは当然だったかもしれない。
俺はカイが持っていた携帯食料と、そこら辺に生えていたキノコで作ったスープに買収された。
それから俺たちは、どれだけの生存者が見つかろうと、どれだけのコロニーが形成されようと、ずっと二人で行動してきた。
研究室に籠城していた科学者たちを救出し、やつらに生体反応を検知されない道具を得てからは精力的に生存者を探した。
サルビアの花を
スイートピーの鉢植えを部屋に置いていたアンドロイド。
カイ曰く、サルビアの花言葉は「家族愛」、スイートピーの花言葉は「私を忘れないで」。
どちらもアンドロイドが育てることを選んだのだとしたら、随分と感情的な花だ。俺なんかよりよっぽど人間味に溢れている。
「ルド、フェルビア地区から救援信号だ」
俺たちは本部から数人の戦闘員と共にフェルビア地区へと向かった。
地下通路を走り地上に顔を覗かせた俺たちは、既に戦闘が始まっていることを悟った。
こちら側から仕掛けるならともかく、向こうから突然攻撃されれば人間など塵に等しい。俺たちは手分けをしてなるべく多くの人間を地下へ逃がした。
地下も安全という訳ではない。やつらが帰るまではむやみに他のコロニーへ行くことは避けなくてはならなかった。追跡され、根絶やしにされる危険性があるからだ。
地下へ人間が逃げるところを見せる訳にもいかず、俺たちは必死にやつらの目を反らし続けた。
何十人もの死体が新たに転がる中、それでも十数人を地下へ逃がせたのは幸運だった。
潮時だ。
俺たちは逃げる準備を始めた。陽動しつつ、瓦礫の陰に入り込むタイミングで生体反応を感知できなくする。
一番近い地下への入り口を目指して駆ける最中、カイがふと集団から抜けた。
つられて俺もカイの方へ体を向けると、カイは一本の花へ手を伸ばしているところだった。
花を摘んだカイの背後に敵の姿が見えたのと、そのカイの腕が飛んだのは、ほぼ同時だった。
「カイ!!」
腕が飛んだ衝撃でカイのスーツの回路にも異常が出たのだろう、カイの姿を感知できるようになったやつらがカイの心臓をレーザーで撃ち抜くのは一瞬だった。
俺は近くの瓦礫の陰でやつらが去るのを待った。俺まで死ぬ訳にはいかなかった。違う、恐かっただけだ、本当は。死ぬのが恐かったんだ俺は。此の期に及んで、俺は。
やつらの気配がしなくなってから、俺はカイの元へと近付いた。
確認するまでもなく、カイは死んでいた。
カイの持っていた録音装置のランプが点滅しているのに気が付いて、俺はスイッチを入れた。そこには、カイの最期の言葉が録音されていた。
『ルド……ごめん……この花、僕らにぴったりだと思って……墓に供えてくれよ……アジュガ、の……な、こ……』
録音されていたのはそこまでだった。
俺はカイの亡骸を背負い、千切れた腕を拾うと地下へと潜った。
本部内には墓を作る余裕はない。
俺は本部からそれなりに離れたところまでカイを運んだ。
花の生体反応にやつらが呼ばれても、問題ない距離まで。
俺はカイを埋め、そこにその花を植えた。
種は取れるのだろうか。育てられるなら、育てよう。
---
しばらくして、俺は新しく見つかった図書館に足を運んでいた。
中にいた人間の数が少なかったのか、図書館は殆ど崩壊前の姿を保っている。
俺は植物図鑑を求めて図書館内を歩き回った。
カイがもし生きていたなら、ここを拠点にしたいと言いだしたに違いない。
その様がありありと想像できて、少し笑った。
植物図鑑は割とすぐに見つかった。
カイが言っていた、アジュガを探す。
アジュガ。シソ科キランソウ属。花言葉は……。
「……っ」
アジュガの花言葉は「強い友情」「心休まる家庭」。
俺は溢れる涙を抑えることができなかった。
「死んだら……意味ねぇだろうが……っ」
花を、育てられる世界を取り戻そう。
何年かかっても、必ず。
---
肉体の殆どを機械に替えた俺がアジュガに囲まれてその機能を停止するのは、ずっと、ずっと、先の話。
あなたへ贈る花 南雲 皋 @nagumo-satsuki
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