スイートピー
「お嬢様、ご機嫌如何ですか」
「問題ないわ」
私の朝は朝食を作るところから始まる。
外界からの食料の供給は見込めないため、シェルター内部に備わっている菜園で育てた野菜を予定数刈り取り、材料にする。採取した種の数、水の量、きっちりと記録を取り、食料が絶えてしまうことがないように調整するのも、大切な仕事の一つである。
朝は野菜を煮たスープだけしか用意することが出来ない。贅沢は出来ない状況だ。
せめてもう一品作れるくらいにまで余裕が出てくれればいいのだが、なかなか難しいだろう。
世界は崩壊してしまった。宇宙からの侵略者は、何の前触れもなくやってきて私たちの日常を破壊した。幸いなことに私とお嬢様はやつらに見付かる前にシェルターへ避難することが出来た。
地上の様子が分かるように付けられていたカメラは騒動の最中で全て壊れてしまったらしく、もはや外の様子を窺い知ることは出来ない。
私はお嬢様と共に、出来る限りこの場所で生き続けなければならないのだ。
私が起こさなければずっと眠っているお嬢様を、きっかり八時に起こす。お嬢様を着替えさせ、お嬢様の部屋のテーブルにスープを置いて二人で食事を取る。
それから本を読むのだが、もはやシェルター内に持ち込んでいた本は全て読んでしまっていて、だから私は不慣れな創作活動に精を出すことになったのだった。
前日の夜に書いた物語を、読んで聞かせる。かなり辛辣な感想が飛び出すが、それが愛情の裏返しだということは分かっている。
昼食には朝のスープに蒸かしたじゃがいも。味気ないが、お嬢様は何も文句を言わない。我儘を言わない主人で良かったと思う反面、我儘を言って欲しいとも思う。
一つだけ、お嬢様が我儘を言ったことがあった。スイートピーを育てたいのだと。
私は鉢植えを一つお嬢様に渡し、一緒に種を植えたのだった。
午後は少し運動をする。ずっとシェルター内にいるとどんどんと身体が衰えていく。いざという時に逃げ出すだけの体力は確保していなくてはならない。
夜は豆のハンバーグを追加する。せめてものディナー感だ。
それからお嬢様を寝かしつけ、明日の為の物語を創作する作業に入る。
その時、シェルターの防衛システムが侵入者を検知した。
やつらが遂にここを見付けた?
私は急いで身支度を調え、お嬢様の元へと向かった。
シェルター内はもう節電モードに入っていて、必要最低限の明かりしか点いていない。
私は不確かな視界を感覚で補うように、右手を壁に当てながらお嬢様の部屋へと歩いて行く。あと、少し。
お嬢様の部屋には男が二人立っていた。
「居た!」
「無駄足かと思ったぜ」
「何です、貴方たち……」
「アンタを助けに来た」
「ここより過ごしやすいところに、生き延びた人間たちで住んでるんだ」
「お嬢様も連れて行けますか」
「……お嬢様って、これ?」
彼の指さす先には、スリープモードに入った旧世代のアンドロイドが横たわっていた。
「こいつは連れて行けない」
「それなら、私は此処から出ません」
「…………」
「私一人なら、ここで死ぬまで生きていられる」
「……分かった、もし助けが必要になったら何とかして狼煙を上げろ。ここは見張りの対象にしておく」
「ありがとう。申し訳ありませんね、無駄足で」
置いていけない。
置いていける訳がない。
唯一の我儘で、スイートピーを育てる彼女のことを。
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