あなたへ贈る花

南雲 皋

サルビア

 世界は変わってしまった。

 少なくともワタシの活動範囲内の世界は全て。

 生きた人間はもう、いないのだと思う。

 ワタシの主人も死んでしまった。


 ワタシはワタシの強制終了コードを入力できないまま、太陽光で生成される電池を糧に機能し続けているヒト型アンドロイドだ。

 ワタシが機能し続けているからといって、何か仕事がある訳でもない。

 ワタシがお世話するはずの主人は、そのご家族は、みな死んでしまったのだから。

 ワタシは、まだ皆様が生きていらっしゃった頃に花壇を埋め尽くすように咲いていたサルビアの花を育てることしか出来なかった。


 もう、花壇なんて跡形もない。

 周囲は見渡す限り瓦礫の山だ。

 生体反応も皆無。

 まあ、生体反応を感知して襲ってくる宇宙人がいるのだから、当たり前といえば当たり前なのだが。


 ワタシはもちろんアンドロイドなので、やつらには何もされない。

 瓦礫の中でだって生活出来る。

 太陽さえ定期的に顔を覗かせてくれるなら。


 ワタシは主人たちの死亡を確認した後、家の瓦礫をどけてお墓を作った。

 ただ皆様の肉体をそれぞれ別の穴に埋めて、形のいい瓦礫を乗せただけのお墓だったけれど。

 ワタシはそれから数日は何も出来なかった。

 もともと設定されていた仕事『一家の生活を支えること』が実行できなくなった為である。

 どうしたらいいのだろうと彷徨い歩いて、奇跡的に形を保ったまま転がっていたプランターを見つけた。


 ワタシは自分の身に着けていたエプロンに皆様の大好きだったサルビアの種が入ったままだったことを思い出した。

 ワタシはそれからサルビアを発芽させる為に日々を過ごすことにした。

 土はその辺りにいくらでもあった為、どうにでもなった。

 最初にしなくてはならなかったのが、水の確保だった。

 少し歩いたところに川がまだ流れていることを確認し、そこから水路を掘った。

 私の手は地面を掘ることを想定されたものではなかったが、特に損傷することなく家の近くまで水を引くことができた。

 それから肥料探しの旅に出た。

 幸運なことに家の近くにはホームセンターがあり、肥料の山もそのままだった。ビニールは破け、土が辺りに散乱していたが、雨風にやられることなく残っていたのだ。

 ワタシはその肥料を家の瓦礫の下まで運んだ。何往復しただろう。ワタシは疲労を知らないので問題なかったが。

 それからリビングだったところに残されていた新聞紙を回収し、割れた窓ガラスの中でプランターよりも大きなものを確保する。

 今の平均気温は21度、発芽条件に当てはまる。

 プランターに土を入れ、種を数個まく。失敗する可能性を考え、種は少なめにした。

 それから新聞紙をプランターにかけ、窓ガラスの破片で蓋をした。

 発芽するまでは保温保湿が大切だ。

 十日ほどして、いくつか埋めた内の一つが発芽した。

 そしてワタシは、芽が生体反応を発していることに気付いたのだった。


 マズイ。


 上空を見上げれば、すでに芽を探しに来たらしい船の姿が確認できる。

 ワタシは即座に計算する。試算の結果、九割の成功を確信し、ワタシは芽をそっとやつらのセンサーの届かない場所へとしまいこんだ。



「この辺りだな」

「ああ、ほんとだ、生体反応があるね」

「多分あそこだ、降りよう」

「昨日の戦闘のせいかな、やつら、まだいないみたいだ」

「ああ、今のうちだぜ」


 俺たちは全身をやつらが感知できない帯域の電波に守られたスーツで包み、船から地上へと降りた。

 やつらの侵略を受けてもなお、人間の中にはしぶとく生き残っている者もいるのである。

 いままでなかった場所に突如として現れた生体反応に、俺たちは生存者の可能性を考え、妨害電波を発する毛布を持って現場へ向かったのだった。

 しかしそこには、思っていたものはなかった。

 三つの墓の中央で、胸に花を咲かせたアンドロイドが一体、機能停止しているだけだった。


「生体反応はこの花からか、くそ」

「……この子は、思い出に生きることを決めたんだね」

「あ?」


 アンドロイドの手には、一枚の写真が握られていた。

 アンドロイドの胸に咲く花と同じ花が咲き乱れる庭で、家族揃って笑っている写真が。


「自分の身体が発する電波で苗を守ったんだろう」

「咲ききれば自分の機能が止まると知ってて?」

「随分と人間らしいアンドロイドだよね」

「…………ちっ」


 俺は舌打ちを一つして、毛布を苗ごと包むようにアンドロイドにかけてやる。


 全機能を停止したそのアンドロイドは、笑っているように見えた。

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