おまけ 貧乳同盟:後編
一度帰宅し資金や装備を整えてきたヘレン達が最初に訪れたのは街の服屋。まずここで木綿の反物を20メートル程買い込んだ。
次に訪れたのは街の中心にある冒険者ギルドだ。これより行われる断罪は正義の行為に間違い無い。しかしそれでも世間的、法的には非難されても仕方の無い行為でもある。
事は隠密に、迅速に行う必要が出てくるだろう。その為には有用なスキルの所持者に協力を求め、同行かスキル伝授を依頼する必要があるのだ。
「シナモンさんは居ませんね…」
「私もスキルを教えてくれそうな盗賊の知り合いはクリスぐらいしか居ませんからねぇ…」
探そうとする時に限って居ない。盗賊職の人間は特にこれが多い。壮大な計画も初手から躓いてしまった。
「あれ? ヘレンと爆裂ちゃんが一緒にいる。なんなの? 何かの企画?」
「ミラさん…」
ミラはアクアのドラゴン騒動の時に知り合った、アンジェラの友人の盗賊だ。恐らくはミラと相棒のクリルの分だろう、2人分の飲み物を持っていた。
「あの… ミラさん、後で良いので私に盗賊のスキルを教えてくれませんか?」
「あたしがヘレンに? 別に良いけど何をするつもりなの? 楽しい事するならあたしも混ぜてよ」
興味深げにミラが言う。最初は適当に『冒険で必要だから』と嘘をついて理由に見せかけようと思っていたが、ミラの薄い胸を見てヘレンは確信した。
『この人も同志だ』と。
ミラにはこれから2人がしようとしていた事を包み隠さず話した。その上で協力を要請した。
「やるよ! あたしも協力を惜しまないよ!」
やはり自分の見立てに間違いは無かった、と満足気に頷くヘレンだった。
ミラが加わった事で作戦の幅が増えた。基本はこうだ。
1、まず目標の近くでミラが3人接触した状態で『潜伏』を使い姿を隠す。
2、ヘレンがインク錠剤を手に持ち、目標に向かって『
3、インク塗れになった目標をめぐみんが買ってきた布で押さえて『パイ拓』を取る。
4、相手が状況を理解する前に速やかに逃げる。
鎧等の硬い外装を装備している人物が相手の場合は、ミラが1人で『潜伏』『忍び足』で目標の後方に接近、外装の留具を外す。
ヘレンの『潜伏』で隠れ、後は先程の手順2に繋がる訳だ。
憐れな最初の犠牲者はクリルだった。飲み物を取りに行ったまま帰ってこない相棒を心配して探してみると、『店の裏の方に出て行った』というではないか。
何か厄介事に巻き込まれているのではないか? 等と考えながら裏口から外に出ると、突然何者かに胸の鎧の留具を外された。
クリルの鎧はいわゆるビキニアーマーである。鎧の板金そのものに緩衝材が装着され、基本的に下着を付けずに素裸の上に着る防具だ。
その胸の留具が外された。鎧がずり落ち、中から決して巨乳という程ではないが、それなりに大きく形の良い乳房がこぼれる。
「っ?!」
状況が理解できないまま固まったクリルに、ヘレンのインク攻撃が降りかかる。
更にめぐみんとの連携でクリルのパイ拓が完成した。怒る事すら忘れて茫然自失のクリルを置いて、稲光の如く逃走する3人。
「なんだかあの人の
まだ少し正気の残っているめぐみんが呟く。正直素肌からパイ拓を取ってやろうとは考えてはいなかった。同じ女としてクリルのあの様はかなり罪悪感を刺激されている。
「…良いのよ。あの子も一度は神の怒りに触れるべきなんだわ…」
生まれてから今までの人生の95%以上を共に過ごしてきた相棒を、無慈悲に悪魔に売り渡したミラの目が怪しい光を放つ。
こうして初回が大成功してしまったが為に『パイ拓強盗団(仮)』は更なる暴走を続ける事になる。
次に狙われたのは町娘のソニア。街でも評判の美乳を揺らしながら歩いている所をインク塗れにされパイ拓の餌食になった。
次はエリス教会のシスターであるセリス。午後の奉仕活動中に名前を呼び止められて、振り向いた途端にインク塗れにされ以下略。
次はアクシズ教のセシリー。新しくやって来たアクセルの屋台街を堪能しようと、ボロボロの教会から出てきた所を以下略。
次はゆんゆん。路地裏から『キャーッ!』という若い女の声を聞き付け、正義の心で救助しようと現場に向かった以下略。
次はウィズ。どうやって店の外に誘いだそうかと相談している最中に、「バニルさんったら急に『外でお客さんが困ってるから見てこい』なんて言い出して…」とノコノコ出てきた所を以下略。
そろそろ日が暮れてきたが、彼女らの進撃は止まらない。
次は冒険者ギルドのルナ。早番帰りで『今日は焼き鳥でも摘みながら家呑みしようかな?』などと呑気に考えていた所を以下略。
しかしこれは相手が悪かった。事態を察知したルナは即座にギルドに踵を返し『パイ拓強盗団(仮)』に賞金を掛けたのだ。
内容が内容だけに大した賞金ではなかったが、街の治安を守る者と女性冒険者達の関心は高かった。
「ダクネスが衛兵を連れてやって来ましたよ。ここは私に任せて下さい」
めぐみんがすっくと立ち上がる。ダクネスも重要
「めぐみんか。この辺で女性を襲ってインク塗れにしている事件が多発しているらしくてな。何か怪しい奴を見ていないか?」
「…それっぽい人達でしたらこの奥に逃げ込むのを見ましたよ」
路地の奥を指差すめぐみん。
「そうか、感謝する。めぐみんも早く帰れよ、今日の晩御飯はカズマが作ってくれるらしいぞ」
微笑みながらめぐみんにそう言ってダクネスが去ろうとする刹那、ダクネスの胸の防具が弾ける様に外れた。
「
ヘレンが魔法を唱える。今回めぐみんは陽動役なので、パイ拓を取るのもヘレンの役目だ。
黒く汚れたダクネスに襲いかかるヘレン、その時に上方から「『
ダクネスまであと数センチ、といった所でヘレンは体中をクリスの放ったワイヤーロープで絡め取られて、身動きが取れなくなってしまった。
めぐみん達は既に容疑者として手配されており、ダクネスを騙そうと出てきた所を逆に捕捉されてしまったのだ。
めぐみんはダクネスに同行していたのだろう、鬼の様な形相をしたゆんゆんに腕を極められて拘束されていたし、ミラも1人逃げ出そうとした所をクリスの探知技に見つかり、ヘレン同様に拘束されていた。その横ではクリルが縛られた相棒をゴミを見る様な目で見つめていた。
民衆の面前で鎧を剥がされ、インク塗れで顔から真っ黒にされたダクネスも何故か満更でも無さそうだった。
こうして『パイ拓強盗団(仮)』の華麗なる活動は僅か数時間で幕を閉じた。
「全く、何してくれてるんですかヘレン?!」
遅れてやって来たアンジェラが呆れ顔でヘレンに詰問する。
「お姉様! アンジェラお姉様ならきっとこの崇高な行為を理解してもらえるはずです!」
ここまで熱くなったヘレンは今までに見た事が無い。アンジェラも何か深い理由が有るのかと緊張を解く。
「そもそも貴女たちは何をしたかったの? 街の女性を襲って真っ黒に汚して、金銭を取るでなし乱暴するで無し…」
「巨乳狩りです」
…は?
『なんでそんな頭の悪い事を…?』と固まるアンジェラと周りの者達。
「巨乳という『強欲』に取り憑かれた女達に、神に代わり罰を与えていたのですよ。そう、これはエリス様の意志であり天罰なのです!」
盲信による犯罪行為認識の履き違え。本来の意味の『確信犯』であるが、今のヘレンはまさにそれだった。
女神エリスの名を聞いてアンジェラは傍らのクリスを見る。その視線に気づいてクリスはブルブルと首を振る。
「ち、ちょっと! 変な事を言わないでよね。エリス様がそんな事を考える訳無いでしょ!」
クリスがヘレンに言う。どうやら神の意志では無かったようだ。
「そういう訳でお姉様も是非この正義の行いをですね…」
「やらないわよ。する訳無いでしょ!」
そう答えつつも『企画段階から声を掛けられていたら私も加担していたかも…』と自己分析するアンジェラだった。
その後ヘレンら3人は街の警察に連行された。金銭や怪我等の被害も無く、インクも短時間で消えた為に『悪質なイタズラ事件』として処理され、厳重注意の上『頭を冷やせ』と一晩留置場に勾留される事になった。
エピローグ
「なんでそんな面白い事件をボクが不在の時に起こしてくれるかなぁ、ヘレンちゃんは」
バニルに頼まれて隣町まで薬の買い付けに行っていたシナモンがとても悔しがる。
「あの騒動にシナモンまで参戦したらいよいよ収集がつかなくなるからでしょ。バニルもそれを見越して遠ざけたんじゃないですか?」
アンジェラの指摘にシナモンは眉を顰める。
「ありうるなぁ… ま、いーや。アンジェラちゃんも警察で説教されたんだって? 大変だねぇ」
「ホントですよ。『監督不行届きは困ります』とか言われて、もう情けないやら悔しいやら…」
自分の親も警察に呼ばれてこんな気持ちだったのだろうか? とアンジェラはふと考える。
「近々教会の偉いさんも来るんでしょ? イベント山盛りだねぇ」
「ええ、確か明日だか明後日だかに枢機卿が来ますね。私は平和に暮らしたいんですけどねぇ…」
「アハハハ、まぁ教会の件が片付いたらまた平和になるでしょ。そしたらのんびりしようよ、何処か他の町とか外国に遊びに行ったりとかしてさ…」
『教会の件が片付いた』のはこれから何ヶ月も後になるとは、今はアンジェラ達の誰もが予想し得なかった。
そんな苦行の旅の直前の、一服の清涼剤の様な出来事であった。
【完結】この愛らしい天使に微笑みを! ちありや @chialiya
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