おまけ 貧乳同盟:前編

「『混沌の名において我が野望を成就せし紅の悪夢、その暴虐なる支配の元に数多の精霊を従え、森羅万象その一切を破壊せしめよ!』エクスプロージョンっっ!!」


 アクセルの街近郊、小高い丘の上で紅魔族の大魔術師アークウィザードめぐみんの声が響く。

 そして巻き起こる巨大な火柱と爆発。遠目に見える放棄された採石場の一角の岩塊群が文字通り粉砕される。


 その隣には1人の少女が居た。堅く目を瞑り耳を塞ぎ、めぐみんに背を向けたままうずくまって、無力に災禍が通り過ぎるのをただ待っていた少女。

 少女の隣には手押し台車が置かれている。上に荷物は載っていない。


「…やれやれ、終わりましたかめぐみん?」


 少女~ヘレンは立ち上がり、うつ伏せで倒れたまま動けないめぐみんを助け起こし台車に載せる。


「感謝しますよヘレン。今日は一日一爆裂のお供が誰も見つからなくてほとほと困っていたのです。何せ我々紅魔族は日に一度爆裂魔法を撃たないと死んでしまうのですから」


 山道を台車で進みながらヘレンは『はぁ』と溜息をつく。


「全く、いきなり呼び出されたかと思えば、しょーもない理由で付き合わされて…」


「ヘレンのおかげで今日も死なずに済みました、この御恩は当分忘れませんよ!」


 当分かよ、と心の中でツッコミつつもヘレンは律儀に台車を押して行く。


「しかし残念です。ヘレンには芸術の域に達しつつある私の爆裂魔法を見せて上げられないなんて」


「また私が魔神化しても良いならいくらでも見ますよ? その時は冗談抜きで死ぬ事になりますが」

 ヘレンの言葉が嘘でも脅しでも無い事を知っているめぐみんは、一瞬顔を青くして黙りこむ。


「あれ? めぐみんとヘレンじゃない。どうしたのこんな所で?」

 かなり歩いて街までもう少し、という所で横道から歩いてきたのはゆんゆんだ。両手と背中にキノコの様な物を満載した籠を持っていた。


「どうしたも何も、ゆんゆんが見つからなかったからヘレンを誘って一日一爆裂に行ってたんじゃないですか」

 台車の上でふんぞり返りながらめぐみんが答える。


「だって前からバニルさんに急ぎの用事だって言われてたし、今日は仕方ないよ… って、え? ヘレンって… めぐみん、この前やらかした事を忘れたの?」


 大量の荷物を抱えたまま慌てるゆんゆん。以前ヘレンの目の前で爆裂魔法を使って大惨事になりかけた事があったのだ。


「ちゃんと今回はヘレンには目と耳を塞いでいて貰いましたから大丈夫でしたよ。それより前回やらかしたのはゆんゆんであって私では無いですからね?」


「そうですね。ゆんゆんが大事な事を忘れていなければ防げた案件でした」

 ヘレンもめぐみんに同調する。


「う、またそうやって私1人を悪者にして… 大体2人はいつの間に仲良くなったのよ?」

 自分の友達に別の友達を紹介して、その友達同士で仲良くなって結果自分がハブられる。そんな悲劇を予感してゆんゆんの目に涙が溜まる。


「仲が良いと言うか、何となくウマが合ったと言う感じですかね。めぐみんは爆裂しないと死んでしまうそうなので、エリス教徒として人助けも兼ねてます」


 ヘレンの言葉にゆんゆんがめぐみんを覗き込む。目を逸らすめぐみん。

「アンタいい加減そういう嘘をつくのやめなさいよね。ヘレンも本気で信じては無いでしょうけど」

 目を背けたまま顔を赤くするめぐみんと、無表情に何か一点を見つめるヘレン。


「そ、そういうゆんゆんこそ大荷物抱えて何やってんですか? 大方あの仮面悪魔に『我々は友達であろう?』とか言われて、浮かれてホイホイ雑用を無料で引き受けてるんでしょう? 以前私が忠告した通りじゃないですか」


『友達だと言って近づいてくる悪い男に簡単に騙されて酷い目に遭う』

 紅魔の里に居た時分にめぐみんがゆんゆんの将来を予見して言った言葉だ。

 めぐみんの反撃に今度はゆんゆんが顔を赤くする。


「そ、そんな事無いわよ! バニルさんは私のお友達だもん、良い様に雑用させられているだけなんて事ある訳無いでしょ! …無いわよね…?」


「知りませんよ、何で疑問形なんですか? 自分でも利用されてるだけだって薄々気が付いてるんでしょう?」


「と、とにかく! 私はこのコブラキノコの山をバニルさんに届けないといけないのよ。私はもう行くからね!」


 ここで譲ってしまったら自分の心が壊れてしまいそうな気がして、ゆんゆんは方向を転換する。


「待って下さい!」

 めぐみんがゆんゆんを引き止める。

「その荷物を抱えて帰るのでは大変でしょう。少し体力が戻ってきました。この台車を貸してあげるので使うが良いのです」

 そう言ってめぐみんは重そうに体を持ち上げて台車から降りる。


「めぐみん…」

 友の優しさに触れてゆんゆんは目を潤ませる。

『やっぱり何だかんだ言って親友のめぐみんは私の為に動いてくれるんだ…』

 という感動の気持ちは、「お礼はランチ定食で良いですよ」と言う言葉を聞くまでは続いていた。



「ヘイらっしゃい! 友達の居ない娘と、胸と記憶の無い娘と、胸が無い上に頭も足りない娘よ!」

 仮面の悪魔が3人の少女を迎える。


「おい、どれが誰宛てだかはっきりさせてもらおうか? 答え次第ではこの店ごと吹き飛ばして見せますよ?」


 めぐみんの啖呵にバニルはフハハハハと笑って返す。

「貴様は今日は既に爆裂しているのだろう? 明日の今頃には我輩の事に構う暇など無くなっていると予言しておいてやろう」


 悔しそうに引っ込むめぐみんと入れ替わりに、不信感を顕にしたゆんゆんがバニルの前に出る。


「あの、バニルさん、頼まれていたコブラキノコ採ってきましたよ」


「おお、これは我が友人ではないか。ご苦労であったな」


「今『友人』と言っておきながら、何秒か前には『友達の居ない娘』とか言ってくれましたけど?」


「ふむ、これは仕方ない事なのだ。『ダスティネスさんちのララティーナ』とか『トブル村のジョン』等と同じ様に汝は『友達の居ない』…」


「『紅魔族のゆんゆん』で良いじゃないですか! ホントにもう!」

 ゆんゆんからの悪感情を堪能し、再び高笑いをするバニル。


「あらあら、賑やかですね」


 店の奥からウィズが顔を出す。体の端々から焦げ臭い匂いを発しているが気にしてはいけない。


「あ、ウィズさんこんにちは」

 めぐみんとゆんゆんがウィズに頭を下げる。残った1人とウィズの目が合う。


「あら? ヘレンさんも一緒なんですか、アンジェラさんとご一緒してないの?」


「はい、今日は私達だけです…」

 ヘレンはそれだけ言って軽く会釈をし、そしてまたとある一点を見つめる。


「アンジェラさんはつい先日ホント久しぶりに来て頂きましたけど、まだ髪染めの件を怒ってらっしゃるのかしら…?」


「まぁ、ここにはアクアもよく来てますからね。アンジェラもアクアには会いたくないでしょうし、単純に来づらいのでは?」

 めぐみんの言葉に苦笑いする一同。


「さて、今日のオススメ商品はこれだ!」


 と話をぶった切ってバニルが取り出したのは薬瓶、中には1センチ弱の黒いタブレット錠剤の様な物がたくさん入っていた。バニルはその中のひと粒を取り出して口上を述べる。


「これはインクの元でな。水に触れるとあっという間に溶けてインクを生成する。出来たインクは色も鮮明で布に書いても滲まない。大魔術師アークウィザードならスクロール作りに大変便利な代物であるぞ?」


 ゆんゆんが興味深げに見つめる。冒険がない時に魔法を込めた魔法の巻物マジックスクロールを作成して金銭を得る事は、魔術師ウィザードの基本であるし、里の学校でも推奨していた。


「書いた5分後には跡形もなく消えてしまうがな」


「ダメじゃないですか!」ツッコむゆんゆん、高笑いするバニル。


 ひとしきりゆんゆん達をからかった後で、バニルは楽しそうにヘレンを見つめる。

「汝の為の商品だ。お値段はこれまたお得な3043エリスである」


「…有り金全部ですね。分かりました、買います」

 他の者達はこのやり取りに驚いてヘレンを見る。その真意を測りかねているようだ。


「ねぇヘレン、そんな物どうするの? イタズラ程度にしか使えないのに3000エリスとか…」

 無駄遣いしたらアンジェラさんに怒られるよ? とゆんゆんが言おうとした所でめぐみんが制止する。


「ヘレン、何かを思いついたんですね? 何をするつもりなんですか?」

 ヘレンは何か大きな事をしようとしている。そして自分はそれに協力する気がする。めぐみんは心の、いや本能の奥底でそれを感じていた。



「あの、めぐみんさん…」


 ギルドの食堂でゆんゆんから定食を奢ってもらいつつ(ヘレンも「私も今、一文無しなので」と奢って貰っていた)3人で食事をしていると、テーブルにギルド職員のルナがやってきた。


「採石場の管理者と近隣住民から苦情が出ています。そろそろモンスターの動きも活発化してくるので、あそこでの爆裂魔法はやめて欲しいと…」


「な… あそこはやっとの思いで見つけた私の心のオアシスなんですよ? それを取り上げようとするなんて何て横暴な…」


 反論するめぐみんだったが、ルナの『問答無用』オーラに打ち負かされる。


「くそっ!」

 めぐみんは敗北感に打ちひしがれつつも、やり場の無い怒りをテーブルに叩きつける。


 そしてヘレンはまたしても無言のままある一点を見つめていた。



 ギルドからエリス教会、カズマたちの家は途中まで同じ道だ。失意のめぐみんと、ずっと何かを考えているヘレンが並んで歩いている。


「めぐみんさん?! めぐみんさんよね! こんな所で会えるなんて!」


 といきなりめぐみんに抱きついてきた声があった。アクシズ教のシスターの格好をしている長い金髪でグラマラスな体型の女性だった。


「…え? まさかお姉さんですか? なんでアクセルに居るんですか?」


「決まってるでしょ? めぐみんさんに会いに来たのよ!!」


「…いや、嘘ですよね? 今『こんな所で会えるなんて!』って言ってましたからね」


「んもう、相変わらずツッコミが厳しいのね、めぐみんさんったら… んで、こちらの美少女はお友達? お姉さんに紹介して下さる?」

 アクシズ教のお姉さんがヘレンに狙いを定める。


「こちらはヘレン、私の友人です。ヘレン、こちらはセシリーさんと言って、私の…」


「姉です」


「違いますから! …アクセルこの街に来る以前にちょっとお世話になった人です」


「こんにちは」

 ヘレンが会釈をする。


「ぐふふふ、アクセルに赴任してすぐにロリっ子2人とお友達になれるなんてツイてるわ! アクア様、私頑張ります!」

 自分の世界に入って悦に入っているセシリーを置いて2人はその場を離れる事にした。


 ヘレンは二、三度振り返っては、ある一点を見つめていた。



「どうしましたヘレン? さっきから黙り込んで。何か怒ってます? ひょっとしてさっきヘレンの目を盗んで、ヘレンの皿から唐揚げを1つ無断で貰ったのを根に持っているのですか?」


「そんな事をしていたのですかこの子は! …ふう、違いますよ。めぐみんはこの世の不条理を感じた事はありますか…?」


 めぐみんは突然の問いに首を傾げる。

「うーん、そうですね… 私の爆裂愛を誰にも理解してもらえない事に対して、世の不条理を感じない事も無いですね」


「…貴女に聞いた私が間違ってましたよ。そうでは無くて、女性として人として、その在り方に疑問を感じた事は無いですか?」


 更に首を傾げるめぐみん。

「一体何を言っているのですかヘレン? 社会問題的な何かですか?」


「『胸』ですよ。今日出会った女性は皆大きな胸をしていました。なぜあの様な無駄な機能を女性は持っているのか? そしてその機能を持たない女性がまた少なからず存在しているのか?」


「おい、『機能を持たない』の所で私の胸を見るのはやめて貰おうか? そう言うヘレンだってペッタンコじゃないですか!」


「ええそうですとも。アンジェラお姉様だって教会のマリスさんだってレイアさんだってそうです。つまり女性の胸は『別に無くても良い』んですよ。無くても良い物を囲い込んで持っているのは『強欲』であり、戒められるべきだと思うのです!」


 めぐみんも子供の頃は巨乳になりたかったし、なれると思っていた。大魔術師アークウィザードの資質が『胸の大きさ』にある、と思っていた時期もあったし、爆裂魔法を教えてくれたお姉さんに『巨乳にしてくれ』と願い、断られたので次点で爆裂魔法を教えてもらった経緯もある。


 それが諦めに変わったのはいつからだろう? 同級生のゆんゆんやあるえがどんどん女性らしいフォルムになっていくのに、子供の頃から一向に変わらない体型と、母のゆいゆいのスレンダーな体型を見て、遺伝的にも将来の展望に欠ける現実を突きつけられて、絶望する間もなく諦観していた自分に気づく。


「それでさっきから皆の胸ばかり見ていたのですね。まぁ言わんとする事は理解しましたが、それで何をする気なんですかヘレン?」


「おっぱい罪人たちには、その罪を白日の下に晒して断罪するべきなのではないかと考えるのですよ」


「つまり…?」

 ゴクリと唾を飲み込むめぐみん。


「…巨乳狩りです」

 闘志の光を目に宿し、ヘレンが断言した。

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