人間模様3 ヘルプマーク

herosea

ヘルプマーク


人間模様3 ヘルプマーク


本日の帰宅時のことだった。ヒロシは会社を出て都営地下鉄浅草線に乗る。電車は少々混んでいた。11月に入り、そろそろコートを着る通勤族が増えて来ている。着膨れ気味でいつもより混んで来る気がした。ヒロシは混み合いを避けるように車両人混みを交わして端の方へ、優先席の前に立った。

カバンから愛用のiPaを取り出し、カバンは網棚へ上げて身を軽くした。さてとメールをチェックしようとした・・ところ、、ヒロシの前に座っていた男性が何かを懇願するような表情でヒロシを視ている。



「(ん、何か?)」


と、その彼を良く見ると、彼の抱えているバッグに赤い札が付いていることに気がついた。名刺より一回り小さい赤い札に白い十字とハートのマークがプリントされている。


ヒロシはそのマークに見覚えがあった。

「(なんのマークだったかな・・、あー、そうだ。ヘルプマークだ。)」


ヒロシは何かの記事で読んだことを思い出した。


"私は困っています、必要な時には助けてください。"

確かそういうものだった。目の前の彼は何に困っているか?


ヒロシは、彼を視てさらに気が付いた。良くみると彼は首から大きなプラカードを下げている。大き過ぎて良く見てなかった。そこには・・、こう書いてあった。

『私はICD(埋め込み型除細動器)を付けています。誤動作をしてしまうかもしれないので携帯等電波を発する機器をお使いの際は離れてお願いします。申し訳ありません。ICDとは小さなAEDみたいなもので、発作の時に・・』


偶々のことであるが、ヒロシはICDのことも先日のテレビの健康番組を観て知っていた。たしか、命にかかわる不整脈を検知すると電気ショックを発生させて脈を正常化させるものだった。だから必要のない時に誤動作すると彼は意味のない感電をしてしまうことになる。


ヒロシは、一瞬で恥ずかしさ一杯になった。


「申し訳ない。」と心の中で謝りiPadを閉じた。そして目の前の彼に深く頭を下げた。



その後、何人かの乗客が横に立った。最近の人間は実に良くスマホを視る。ほとんどの乗客がスマホを取り出して見始める。そのたびに目の間前の彼は困った顔をする。

ヒロシは一人一人に軽く肩を叩いて、

「しまった方が良いよ。」

と声をかけた。皆、キョトンとするが、ヒロシが目の前の男性のプラカードを指指すと、皆、理解静かにスマホをしまってくれた。


浅草線はいつのまにか東急目黒線に乗入しており、大岡山駅に到着した。ヘルプマークの彼が立ち上がった。

下げていたプラカードをバッグに丁寧にしまった。そして、左右に座っていた人それぞれに言った。

「有難う御座いました、申し訳ありませんでした。」


頭を下げて、次に目の前のヒロシにも何度も何度も頭を下げた。


ヒロシは自然に、素直に言葉が出た、

「気をつけて帰って下さいね。」

すると彼は、最後にとても深いお辞儀した。


実のところヒロシは・・、彼にお礼を言われてとても気が動転していた。

正直、優先席近くで・・、携帯・スマホ使うことをこれまでまったく気にしていなかった・・。そもそも優先席には、


『優先席付近では、混雑時には携帯電話の電源をお切りください。』


と書いてある。ヒロシもそうであるがほとんどの人が気にしていない。携帯電話の電波ぐらいでは医療機器に影響はない・・と力説する奴もいる。しかし、今、目の前に自分の体の中に埋め込まれている装置に恐怖を感じている人がいた。その事実に直面し、ヒロシだけではなく他の客も自分を恥じているようであった。


皆、状況わかってスマホの利用を控えてくれた。日本人、捨てたもんじゃない。


(了)

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