おしっこ勇者――おしっこは私たちを救う――

尾上遊星

勇気ある者

「ドラゴンだー!」


 その日、私たちの村にドラゴンが現れた。

 ドラゴンは畑を踏み潰し、家畜を襲い、納屋を破壊。

 私たちはドラゴンを前にして、なすすべなく逃げた。

 

 それからというもの、ドラゴンは頻繁ひんぱんに現れるようになり、私たちはドラゴン討伐を依頼することにした。


 しかしこの村は貧しく、私たちにギルドで依頼するほどのお金はなかった。


 そこで村一番の美少女! 赤髪ツインテールに金色の瞳を輝かせる私、アルデスがギルドで心優しい勇者を探すことになったのだが……。






 ギルドで断られ続けて約二時間。

 私は村のみんなをうらんだ。


 村のみんながこの報酬と十四歳の美少女の勧誘なら、きっと大丈夫とかいうからその気になったけど、普通に考えてドラゴン討伐の報酬が野菜とかムリだよね。

 うん、私なら絶対やらねーもん。かぼちゃとネギと白菜はくさいに命かけたくないもん。


 よし、もう次ダメだったら帰ろう。っていうか、帰りたい。

 どうせみんなムリっていうんだから、さっさと声かけて帰るのが正解。


 あー、あの青い髪をツンツンさせて、金属の鎧をまとってる少年にするか。

 歳も私と同じくらいかひとつ下くらいで、話しかけやすいし。


「ねー、きみぃ。ドラゴンとか討伐しない?」

「いいですよ」

「うん。しないよね。じゃあねー」


 私は手をひらひらとさせ、ギルドの出口へと足を向けた。


「ちょ、ちょっと待って! 討伐しますよ!」


 少年の声はギルド中に響いた。


「ほわあ?」


 私は振り返って少年を見た。

 この少年もしかして今、討伐するって言った?

 ……幻覚? いや、幻聴? 私の精神そんなとこまでいっちゃった?


 まあ、どうせ報酬の話ししたら断るに決まってる。

 この二時間で、私は社会ってものを学んだのさ。フッ。


「あの、ありがたいけど報酬がやさ――」

「報酬なんていいですよ。僕は困ってる人を助けたいだけですから」


 その言葉に思わず少年の手をにぎる。

 少年の手はとても温かった。


「ありがじょう。ほんどうにありがどう。ズズズッ」


 感極まって思わず泣いてしまった。


「僕は勇者カフカです。よろしく」

「わだしは、アルデス。ズズッ、こちらこそよろしくカフカ」

「はい、これで涙を拭いて」


 そう言ってハンカチを渡される。

 そうよ、これが勇者。私がずっと憧れてた存在ヒーローよ。


「ありがとう。じゃあ、そろそろ一緒に行きましょう」

「ねーちゃん、そいつはやめといた方がいいぞ」


 酒を飲んでるアルちゅうどもがなにか言ってるが、無視して少年とともにギルドをあとにした。






「ふー、着いた」


 あれから六時間。時間も夜の二十一時過ぎ。

 私は、勇者カフカとともにアーガサ村に帰ってきた。

 

「とりあえず私の家に行きましょうか。お腹も減ったしカレーでも食べましょう」

「よかったー。僕もう腹ペコだったんですよ。カレー楽しみだな」


 そんなたわいもない会話をして、村の中央にある小さな私の家に帰宅。


 甘口か中辛かで論議しながらカレーをつくり、中辛で火を吹くカフカに爆笑しながら、おそい晩飯を

終えた。


「とりあえず、ドラゴン倒すまではここでゆっくりしていって」

「わかりましたアルデスさん。ドラゴンが現れたらすぐに知らせてください。僕が必ずみなさんを護ってみせます」


 カフカはそう言って今日十杯目の水をコップに注ぐ。そんなに辛かったか中辛。


 そんなこんなで順番に風呂に入り、それぞれ自分の部屋で眠りについた。

 

 翌日。村長にカフカを紹介した。


「まさか、ありえない。本当にあれでいけるなんて」

 と口を滑らした村長を軽くしばいたりしてそんな感じで一日が過ぎた。

 

 翌々日。ドラゴンに荒らされた畑の復興作業をした。

 みんなカフカを見て、

「くそっ! 勇者が来るに賭けとけばよかったぜ」

 などと悔しがるので、かぼちゃでたこ殴りにしてそんな感じで一日が過ぎた。






 というか、そんな感じで気づけば一ヶ月が過ぎていた。


 カフカはすっかり村に馴染んでいて、みんなからもカフカとフレンドリーに呼ばれている。

 「カフカはいい子だ」と村でも評判だ。

 カフカは毎日畑の復興作業に励み、晩飯のときなどは作業の進行具合をうれしそうに語っている。

 

 そんな感じでカフカが勇者だってこともドラゴンのことも忘れかけていた、ある日の早朝。


 それは突然のことだった。


「ドラゴンだー! ドラゴンが現れたぞ!」


 誰が言ったのか。村中に響き渡るその言葉に私は家を飛びだした。


 そこには、一ヶ月前と同じ緑の鱗に大きな翼をもち、鋭い牙と爪を光らせる巨大なドラゴンの姿があった。

 ドラゴンは畑を踏みつぶし、納屋などを破壊していく。

 みんなは悲鳴をあげてドラゴンとは反対側へ逃げる。

 しかし、ただひとりドラゴンへ向かっていく人影が見えた。


 青髪の少年。


 金属の鎧をその身にまとい、輝く剣を右手にたずさえる。


 私はその姿がカフカだと、すぐに気づけなかった。

 私のなかでのカフカは、辛いものが信じられないほど苦手で、純粋な笑顔を見せる弟のような認識だった。


 しかし、目の前のカフカはドラゴンのアイアンクローをかわし、ドラゴンの足という死角から襲いくる尻尾を剣で受け止める。その姿は、まさしく勇者だった。


「すげーぞあいつ」

「がんばれー! カフカくん」

「いけー! やれーカフカ」

「そいつ倒したらおまえが村長だー!」

「いやだー! 村長のは誰にも譲らんぞ!」


 誰もが逃げることをやめていた。

 みんな、勇者が魔物ドラゴンを倒す光景をこの目で見たいとエールを送る。

 

 勇者はドラゴンの攻撃を次々と、かわしていく。

 

 どれぐらい経っただろうか。

 いまだに勇者は、すべての攻撃を防いでいる。

 対するドラゴンは息をきらし、動きも鈍くなったそのとき、勇者は一瞬でやつの死角、背後へとまわった。


 ドラゴンは完全に勇者を見失っている。

 決着がつく。誰もがそう思った。


「みんな、目を閉じて!」


 勇者カフカがなにか言ってる。

 だが、私もみんなも目を閉じるはずがない。

 否、村を守るために戦う勇者を前にして、誰が目を閉じれようか。

 私なんて興奮しすぎて今日は眠れそうにないぜ! ちくしょう。


 ゴトン。ガラガラッ――


「なんのつもりだあれは?」


 みんなが驚きの声をあげる。

 それもそのはず、目の前の勇者は自らを護る鎧をはずし始めた。

 そして、手にしていた剣さえも放り投げた。


「バカッ、なにやって――」


 私がそう口にした瞬間、勇者カフカは勢いよくズボンをおろした。


 ジョボボボボボボボボボボ――


「「「ぎゃあああああああああああ」」」


 それは私たちの悲鳴か、はたまたドラゴンの悲鳴か。

 いや、きっと両方だろう。とにかく村中に悲鳴が響いた。

 

 聞きたくないけど聞こえるおしっこの音に耳をふさいで。

 

 なっ、なっ、なっ、なんてもん見せてんだあのバカ! あんなの勇者でもなんでもない。ただの変態野郎だ!

 いや、でも公衆の面前でドラゴンにおしっこかけるとか、勇気ある者。略して勇者だけど、そうじゃないの! それだとただ頭のイカれた奴だから!

 

「おいっ、あれ見ろ!」


 村長の言葉にみんなが勇者に視線を移す。

 そこには、立ちションをする勇者の姿しかなかった。


 そう、あれほど巨大なドラゴンの姿がどこにもないのだ。


 これは驚くべきことなのだが、村長が「見ろ!」とか大声で言うからモロに見ちゃったじゃん。勇者の聖剣エクスカリバー

 村長あとでしばく。私は右手の拳に熱く誓った。


「ある意味すごい奴だな」

「ドラゴンが消えたことよりあいつの方がこえーよ」

「ママーみてーおちっこしてるよー」

「こらっ、見ちゃいけません!」


 私たちは、さっきまでの声援が嘘のように静まり返った。

 カフカがおしっこを終えて、こちらにやってくる。

 だが、私たちは一定の距離を保ち、カフカが一歩進むと私たちは一歩さがる。これを繰り返した。


「あのー、そんなに離れないでほしいんだけど……」


 そう言って近づいてくるカフカに負けまいと、私たちは全力で後退する。


「いやー、この距離でも会話できるじゃん。近づく必要ないじゃん。あははは」


 笑ってごまかそうとするが、顔が引きつってうまく笑えない。


「そうだ、あっ、あのド、ドラゴンはどうなったの?」

「もう大丈夫ですよ。安心してください。あのドラゴンは消滅しました」


 カフカはそう言って胸を張った。


「僕のおしっこにはモンスターを浄化させる魔力が含まれているらしくて、かけるとモンスターは消滅するんだ」


 私たちはその言葉に「ひいいいい」と悲鳴をあげた。そして、みんな散り散りに家の中へと隠れていく。


「ちょっ、ちょっと待ってよみんな」


 カフカひとりがその場に取り残された。


「それって、人間も消せるの?」


 私は家の玄関からカフカに問いかける。


「消せないよ。大丈夫みんなに害はないよ。それにもし消せたとしても僕はそんなことしない。だって、僕はモンスターからみんなを護りたいだけだから」


 カフカはそう言って家に近づいてくる。私はドアを開けるべきか悩んだ。


「いやー、ありがとうカフカくん。きみのおかげで村は助かった。もう大丈夫だからきみは王都にお帰り」


 突然の言葉にカフカの足音が止まる。


「村長……」

「ドラゴンを倒してほしいという依頼は達成した。きみがここにいる理由はもうないだろ。もちろん少ないが報酬も払う」


 ジャラリと金貨の音がする。


「やめてください! 僕は報酬なんていらない。ただ、みんなに嫌われて村を去るのが嫌なだけなんです」


「では正直に言おう。おしっこなんかで救われた村、そんな汚名が広まりたくないから金を払うと!」


「「――なっ」」


 その言葉に私もカフカも声がでなかった。


「頼む。村から出ていってくれ! 国中から笑い者にされてしまう」


 村長の言葉を皮切りに、

「出てけー!」

「そうだ! 出てけー!」

「よそでしょんべんしとけ!」

「あなたのせいで娘がチ○チ○しか言わなくなっちゃったじゃない!」

 次々とカフカに罵声が浴びせられた。


「……わかりました」


 弱々しく口にしたその言葉に罵声がやむ。

 私は思わず窓をのぞく。去りゆくカフカの横顔が見えた。


 涙が一滴、少年のほほをつたって落ちていく。


 私はとっさに外へ出ようとドアノブに手をかける。 

 しかし、開けるのをやめた。

 いや、この状況でカフカの味方をするのが怖くて、開けれなかった。

 そして、そのまま時間は過ぎていった。


 あれから二時間。

 私はボケーッと時計の針をながめていた。

 なんかなにもする気が起きない。

 そりゃあ、たしかにあいつのせいで私はトラウマになりそうな体験をした……。しばらくは聖剣エクスカリバーが夢にでてくるかもしれない。

 

 けど、あんな別れ方は嫌だった。


 あいつといると祖母とふたりで暮らしていたときのことを思いだす。

 もしかしたら、とても居心地がよかったのかもしれない。

 

 けど、こういうのはだいたい失ってから気づくんだよなー、と嘆いた。


 私もこの村も薄情なものだ。

 

 最低だ。

 頭の中でその言葉がループする。私は最低だ。


 なぜ、あのとき助けにいかなかったのか……私は窓に映る自分を見つめた。

 そのとき上空からなにかがこちらへ向かってくるのが見えた。

 目をらしてじっと見る。


 そこには赤い鱗に大きな翼をもち、鋭い牙と爪を光らせる巨大なモンスターの姿。


「まさか……ドラゴンがもう一体いたの!?」


「ドラゴンだー! クソッ、逃げろー!」

 

 私は慌てて外へ出た。

 みんなドラゴンと反対方向へ逃げていく。

 デジャヴ。数時間前も同じ光景を見た。

 ただ、ひとつ違う点があるとしたら、今回は誰も助けてくれないってこと。


 私もみんなと同じ方向に逃げようとした――


「うわーん」


 ドラゴンの目の前で小さな女の子が泣いていた。


「早く逃げて!」

「うわーん」


 女の子は泣きじゃくるまま、その場から逃げようとしない。


 私は、女の子の方へと走った。


 ドラゴンが女の子の方へ一歩一歩近づいていく。


「早く逃げないと」


 私は女の子の手をつかんで逃げようとした。そのとき――

 

「グルヴァガッ」


 ドラゴンのアイアンクローが私を襲った。

 

 女の子を護るようにぎゅっと抱き寄せる。そして、目を閉じた。


 ああ、死んだ。確実にこれは死んだ。

 私は暗闇の中、そんなことを考えていた。

 きっとこれは罰だ。

 恩を仇で返した私に神様は罰を与えたんだ。

 

 できることなら最後に謝りたかった。そう思った――


「あー、ち○ち○。ち○ち○だー! ち○ち○」

「ぶっ」


 突然の下ネタ連呼に思わず目を開ける。

 そこには、ドラゴンの爪を剣で受け止めるカフカの姿があった。


「カフカ……ち○ち○呼ばわりされてるよ」

「ちょっ、今はそんなことより早く逃げて!」


 おっと、そうだった。それどころじゃなかった。早く逃げないと。

 私は女の子を抱えて走った。


「おち○ち○のお兄ちゃんバイバイ」

「そんなこと言われたら本気で走れないから。もうち○ち○連呼やめようか」

「……? ち○ち○?」

「なんで疑問系!? それだと私が教えたみたいになるからやめて!」


 私たちは、ち○ち○を連呼しながらみんなのところまで逃げた。


「ゼーゼー、ゼーゼー」

「あー、ママだー」

「シオン。よかったー。大丈夫? ケガしてない?」

「うん。だいじょうぶ」

「アルデス。ありがとうあなたのおかげよ。本当にありがとう」

「……ど……ふ、ひたふぃまひて(どういたしまして)」


 私はひざに手をついて、うつむいたまま息を整えた。

 ひえー、女の子を抱えて走るのがこんなにしんどいとは思わなかった。


「やばいぞ……」


 村長の声に顔を上げる。 

 その瞬間、ドラゴンの頭突きをくらって飛ばされるカフカが見えた。

 

「カフカ!」


 カフカは地面に倒れるも、すぐに態勢を整えてドラゴンへと立ち向かう。

 しかし、ドラゴンのアイアンクローがカフカを返り討ちにする。


「ああああああああああ!」


 血を流し倒れる。

 鎧はところどころが欠けている。

 身体も傷だらけ。

 剣撃はまだ一度も当たらない。


「――まだだっ!」


 しかし、それでもカフカは立ち上がった。


 剣を握り、再びドラゴンへと立ち向かう。


「うおおおおおおお!」


 私たちは、その姿に言葉を失った。

 何度やられても、何度倒れようとも、必ず立ち上がる。

 そして、一直線にただひたすら突き進み剣撃を振るう。

「ぜったい勝つっっ!」


「カフカくんは剣で倒す気だ……」


 村長が拳を握りしめて、震えながらそう口にした。

 おそらくカフカは剣がものすごくヘタだ。

 だって、剣撃が一度も当たってないから……。

 それに、カフカにはおしっこがある。剣なんて本当は不要だ。

 それでもあいつは剣を握る。

 その後ろ姿は、ひとりぼっちは嫌だ! と訴えかけるように見えた。

 

「ガハァッ!」


 またしても返り討ちにされて、地面に倒れるカフカ。

 ついに手から剣が離れる。

 度重たびかさなるダメージに、もう剣を握る力もないのだろう。

 身体が震えている。おそらく泣いているんだと思う。

 もう立ち上がることもない。


 するとカフカのその姿を前にして、村人のみんなはどこかへ走りさっていく。

 

 勇者が負けたから逃げる。みんなカフカを見放す。

 

 あのときと同じだ。

 カフカに味方はいない。


 そう思ったときには、カフカへと向かっていた。


 ドラゴンがカフカにトドメを刺そうと深く息を吸う。口から漏れる炎がこの先を予感させる。


 カフカの腕を引っ張る。

「早く逃げてっ!」

「ちょっ、なに言ってるんですか!?」


「あのときは、味方になれなくてごめん。もう充分。もう充分だから逃げて」


「勇者として……うっ、逃げるわけにはいかないんだ。困ってる人を見捨てるわけには……」


「その結果がこれでしょ!」


 そう言って私はカフカの前にでた。

 ドラゴンが私を狙うように。カフカに当たらないようにと。

「や……やめ……」


 カフカとの出会いを思いだす。


『報酬なんていいですよ。僕は困ってる人を助けたいだけですから』

 あのときの言葉を思いだして、クスリと笑う。


「けどカフカみたいなバカ勇者――私は好きよ」


 その瞬間、ドラゴンは私に向かって口を開けた。


「やめろー!」


 ドラゴンの口から炎が放たれる――


「させるかー!」


 そのとき、村長や村の男たちがドラゴンの足にくわを突きたてた。

 

「グギャアアアアア!」

 不意をつく一撃。

 

 激痛にドラゴンの身体はび上がった。


 炎は軌道をらし、上空へと放たれる。


「ビビるな! たいしたことないぞこいつ!」

「カフカとアルデスを護れー!」

「このやろー、村一番の美少女になにしてんだ!」

「うちの畑つぶしやがって、このクソドラゴン!」

「もっとだ! もっとくわ持ってこい!」


 もしかして助かった……。

 助けがきた途端、恐怖が遅れて私を襲う。

 身体の力が抜けていく。私はその場に座り込んだ。しばらく立てそうにない。

 しかも、なんかこっ恥ずかしいことも言ってしまった。あー、この場から消えたい。


「ひいいいいいいい」


 村人の悲鳴。今度はみんなが襲われる。


 一番近くにいた村長を潰そうとドラゴンが足を上げる――


「村長っ!」

「あああああああああああ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっっ!」


 ゴトンッ。

 鎧が地面に落下する。

 剣は手から離れる。

 

 ドラゴンの目の前に現れる青髪の少年。

 少年はズボンをおろす。


 その後ろ姿は、この戦いの終わりを意味している。


 ジョボボボボボボボボボボ。


「ピギイイイイイイイイイイイ!」


 ドラゴンの身体がみるみる薄くなる。

 それは幽霊の成仏を連想させる。

 キラキラと光るなにかが空へ消えていく。

 まるで天へと召されるようにドラゴンは跡形もなく消失した。


 みんなは静かに空を見上げた。

 そんななか、その場を立ち去ろうとする奴がひとり。


「待って――」

「待ってくれ!」


 私の声を掻き消すような大声。

 その声にカフカの足は止まる。


「カフカくん。村を救ってもらいながら数々の非礼。本当にすまなかった!」


 村長がそう口にすると、みんな頭を下げた。


「いえ、僕は剣で助けることのできない未熟者です。だからしょうがないことなんですよ――」


「誰がなんて言おうとカフカは村を護った勇者よ」


 今度こそ、ちゃんと言葉にする。あのとき言えなかったことを。


「ここに残りなよ。ほらっ、えっと、ドラゴンとかまた出るかもだし、その、えっと……」

 私はうつむいたまま、


「あんたがいないとつまんないのよ!」


 そんなことを口にした。顔が熱い。きっと、リンゴのように赤いと思う。


「俺たちからも頼む! 虫のいい話だとは思ってる。だが、きみが必要なんだ! 頼む!」

「お願いします!」

「ち○ち○いなくなっちゃうのー?」

「しーっ!」


 みんなが次々にお願いする。


「ぐっ……うっ、ずっうっ」

 カフカは涙をこぼし、顔を隠す。


「なっ、泣くほど嫌か――」

「ちがっ、その……こんなこと言われたの初めてで……僕ここにいたい」


 カフカは泣きながら、こっちに帰ってきた。

 そんなに泣かれるとこっちまで泣きそうになる。


「そういえば二匹目のドラゴンが出たとき、よく助けに来れたわね? 私てっきり帰ったと思ってた」

「グスッ、ずっと、森で泣いてて……それで悲鳴が聞こえたから……」

「ずっと泣いてたの!? 二時間も!」

「すまなかったカフカくん。村長のもきみに譲る。だから許してくれ!」

「……いらないです」


 ドッ、とみんなが笑う。


 ドラゴンがいた場所に水たまりができている。

 水たまりには虹がかかっていた。

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おしっこ勇者――おしっこは私たちを救う―― 尾上遊星 @sanjouposuka

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