奇妙な話5【死にたがる彼女】

雨間一晴

死にたがる彼女

「ねえ、怖いんだけど、何が起きるの……」


 俺は椅子に手と足を縛られていた。頭も固定されていて、首を軽く動かすことしかできない。隣で俺の彼女が同じように固定され、酷く怯えていた。


「きっと大丈夫だよ」


 俺は少し震えた声で彼女に伝えてから、動きづらい首を回して見渡すと、ここは六角形の部屋だった。真っ白な壁から逃げるように、中央に集まり向き合って、俺らを含めて六人が、椅子に固定され小さな六角形を作っていた。動けないハンカチ落とし、といったところだろう。全員がボタンの無い白い服装に変えられていた。


 俺の正面には、赤いワンピースの女性が黒い髪を垂らして、こちらを見ながら笑っていた。その向こう側だけが壁ではなく、黒いカーテンになっていた。カーテンの上には小さなモニターと監視カメラがあり、この部屋を頭上からリアルタイムで映し出していた。


 正面に赤いワンピースの女性、左隣に彼女、右隣の知らない男性は周りの様子を確認している。残りの左右前方には、ぐったりと首を落としている女性、死んでいるのかもしれない。


「この腕に繋がってるチューブなんなの?ねえ、これやばくない?」


 俺は彼女に言われて気が付いた。六人とも、ひじ掛けに固定されている腕に点滴のチューブが刺さっていた。それぞれの椅子の横にある、赤い点滴パックから輸血されているようだ。


 モニターが砂嵐に変わり、すぐに切り変わった。俺らではない六人が映し出された。俺らと同じように椅子に固定されて、周りの様子を確かめたりしている。


 モニターの中でカーテンが開かれ、白衣のお爺さんが入ってきていた。腰が曲がり、しわくちゃな笑顔のその手には、透明な液体の入った注射器を握っていた。嫌な予感がする。


「うんうん、今、注射してあげるからねえ」


 愛しい赤ん坊に向けるような優しい声。頭頂部から逃げるように白髪が残された頭、しわくちゃな顔面は、どこが目なのか分からないくらいだが、表情は笑っている気がした。


「ねえ!なんなのよ!あの注射!」


 俺の彼女が隣で叫んでいる、俺はいよいよ嫌な汗が噴き出してきた。このままだと彼女は……


 モニターの中の六人も彼女と同じように、動けないまま音割れするほどに絶叫していた。


 ゆっくりと楽しむように白衣の男は、六人の点滴パックに注射していく。すると、五人が激しく痙攣し始め絶叫している。一人の女性だけが変化無く、周りをキョロキョロ見回していた。


「おやぁ?君は薬が効かないのかい?それでは実験材料にならないねえ、ふふ」


 白衣の男が、変化の無い女の肩に手を置いた。


 カーテンが開かれ、頭にズタ袋を被った大きな男が入ってきた、黒いゴム製のような質感のエプロンに、両手持ちの大きな斧には血が滴っている。


「いやー!」


 絶叫する女の首を斧がスコンと軽々落とした、血が広がり、白衣の男が監視カメラを通じてこちらを見ながら、モニター越しにゆっくりと、指を差してきた。


「今から行くからねえ、ふふ」


 俺は彼女が心配でたまらなかった、過呼吸のようになってしまっている。何とか助けてあげたいが……


 白衣の男と、ズタ袋の男が、残った五人の拘束具を外して、モニターから消えた後、痙攣してたはずの一人の男が、足早にカーテンの向こうに逃げ出した。薬が効いているフリをしていたのだ。


 なるほど、いや、しかし、これはまずい……


「え、今の男の人、逃げ出せたの!」


 隣で彼女が呟いた瞬間に、俺らのいる部屋のカーテンが勢いよく開かれた。


「いやー!やめて!」


 俺の彼女の声が響く、前方に座っている赤いワンピースの女がニヤニヤと俺の彼女を見ていた。


「おやおや、今日はまた、元気な実験材料が入ったねえ、ふふ、楽しみだ」


 手にはあの注射だ、間違いない。同じ流れになる。薬が効かないとしても、痙攣して効いているフリをすれば助かるという訳だ、彼女を助けてあげたいが……


「元気の良いお嬢ちゃんは最初に注射してあげようかなあ!ねえ!」


「いや!やめて!ねえ!助けてよ!」


 俺の方に首を向けて必死に訴えてくる、俺はこの状況が怖くてたまらなかった。


「大丈夫だから、落ち着いて……」


 小声で彼女に伝える。


「何が大丈夫なのよ!」


「全くだ、大丈夫じゃないよなあ、お嬢ちゃん。ほおら、お注射の時間だそう、ひひ」


 無情にも彼女の点滴パックへと注射されていく、すぐに彼女は痙攣し始め、ガタガタと椅子が軋む音が響いた。頼む、早く彼女を……


「彼氏さんへの注射は最後にしようねえ、それが良いだろうねえ」


 俺以外が痙攣している、でも、俺はどうするべきか知っていた。


「さあ、最後に彼氏さんだあ、薬が効くと良いけどねえ、ひひひ」


 俺の点滴パックに注射で透明な液体が注入されていく、粘度が高いのか、水に混じれない油のように、血液の赤に浮いて腕へと入ってくる。


 俺は、動かなかった。少し悩んだが、やっぱり動けない、痙攣するフリをするのが正解なのだろうが、俺には出来ない……


「おやあ?彼氏さん、薬が効かないみたいだねえ、おーい、入ってこい」


 俺の肩に白衣の男の手が置かれ、ズタ袋の男が入ってきた。あの斧を持っている。血は拭いたのだろうか、垂れてはいない。俺は胃が痛くなってきた。


「じゃあね、彼氏さん。大丈夫、すぐに可愛い彼女さんも後を追うよ、ひひ」


 斧の男がすぐ背後まで来た、隣の彼女は痙攣を続けている。斧が振り上げられた。


「やめて!彼に何もしないで!」


 バンッと鈍い音。この世の終わりのような彼女の悲鳴。


 照明が落とされ、真っ暗になっていた。そして、間を置かずに明るくなった。


「これにて、VR恐怖体験、恐怖の実験場は終了致します。係員がバーチャルヘルメットを外していきますので、そのまま、お座りになってお待ち下さい」


 鼻から上までの、ヘルメットが外され、彼女が胸に飛び込んできて泣き喚いた。


「ううー、怖すぎるよお」


「うん、怖かったね、とりあえず、ほら、外出よう。ね?あ、すみません、通して下さい」


 俺は抱きつき、丸まる彼女の肩をさすりながら外に出た。


 出入り口で、博士とズタ袋の男がニヤニヤと親指を立てて、力強いグッドポーズを作ってきた。ズタ袋の下にある表情など分かりようがないが、間違えない、あいつは笑っていた、全くとんでもないアトラクションだ。あの博士も特殊メイクしているだけで、俺より年下の気がして恥ずかしさが押し寄せる。


 外はまだ明るく、時計は午後三時を指していた。沢山の人々が楽しいテーマパークを笑顔で歩いている中、大号泣している彼女がおかしかった。


「ほら、そこのベンチ座って落ち着こう、ね?」


「うう、怖かった……」


「ごめんごめん、今度は、ほら楽しい乗り物でも乗ろうよ」


「なんで、最後、痙攣しなかったの?」


「気付いてなかった?上向いてから、鼻とヘルメットの間の隙間から、実際の景色が見えるんだよ、実際に痙攣してたの、君だけだったよ……」


「うそ!なにそれ、恥ずかしいんだけど!全部映像だったってこと?」


「うん、ヘルメットを通じて見たとき、俺の着てる服じゃなかったでしょ?なんか白いビニールのポンチョみたいな。点滴だって実際に腕に刺されてないだろ?映像だよ」


「うん、え?私だけ本気で痙攣してたってこと?」


「……うん。多分、最後に痙攣しないで処刑される人は、映像でも痙攣しないんだろうけど。映像では俺以外は痙攣してたでしょ?でも、実際に痙攣してたのは……」


「もういい!言わないで、死にたくなるから」


「可愛かったな……。やめて!私の彼に何もしないで!」


「真似しないで!もういい、いじわる!最低!」


「ごめんごめん、ほら、売店でチュロス買ってあげるから」


「いらない!ばか!」


「ごめんて、じゃあ俺だけ買ってくるね、ここで待ってて」


「……」


 彼女が無言で頬を膨らまして、立ち上がる俺の腹を殴ってきた。


「一人にしないで!いる!チュロスとソフトクリーム!」


「はいはい、ほら行くよ」


「……ポップコーンも食べる」


「……太るよ?」

 

「うるさい、いいの!」


「俺を命懸けで、かばってくれたもんね、そのくらいお礼しないと」


「次その話したら、本当に殺すからね!もう!」


 可愛すぎる、今日は良いデートになりそうだ。

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