第32話 明日に向かって吼えろ!
事件の首謀者であるドルバッキーが膝をついたことで、彼に付き従っていた若きドレイクたちも皆投降した。
人質たちも無事解放され、事件は解決となった。
「かかかかかか! これも全て余の采配のなせる業よな!」
「流石ですお坊ちゃま」
「坊ちゃんお見事でした」
「お手柄ですわローランド様」
ローランドが臣下たちより絶賛の言葉を受けている時、手錠をかけられたドルバッキーは、主君であるベルカ公爵とポツリポツリと最後の会話を行っていた。
「いやぁ、年には勝てませぬわ。あのような小僧どもに膝を屈するなど」
「お主、病の身であったのか……」
「いやいや、そんな事は言い訳にはなりませぬ。
儂は儂の持ちうる全力を持って戦った。古き良き、魔族の時代を取り戻したかった。
それに全てを掛けて戦い、そして破れた、ただそれだけの話ですじゃ」
ドルバッキーは、付き物の取れた様な顔をして、ゆっくりと首を振った。
「確かに、貴様の気持ちも分からんでは無い。じゃが、300年にわたる大戦はあまりにも多くのモノを失い過ぎた」
ベルカはそう言ってローランド達の姿を見る。
そこでは、種族の垣根を越えて、笑い合っている者たちの姿があった。
「大戦終結より20年、我ら魔族にとっては一瞬の事かもしれん。じゃが、ああして種族の壁なぞに囚われず笑い合える者たちが出て来た事もまた事実。
古き遺恨は胸に秘め、老兵は黙って去るべきなのじゃ」
「……そうですなぁ」
ドルバッキーもまた、その新しい時代の結晶を、目を細めて眺めていた。
「ベルカ公、そろそろ」
ドルバッキーの傍にいた衛兵がそう呟いた。
「うむ、そうか。ではしっかりなドルバッキー。出来る支援はしてやる、お主はまだ若い、決して儂より先に死ぬでは無いぞ」
こうして前代未聞の学園占拠事件は、無事解決となったのだった。
★
「ロラン君! ロラン君! ロランくーーーーーーーん!」
「うごっ!」
ローランドは、立ち入り禁止線から戻るなり、雄たけびを上げながら突進して来たマコに体当たりされるような勢いで抱き付かれた。
「ロラン君! 心配したんだよロラン君!」
「わっ、分かったから離れるが良いマコよ! 公衆の面前だぞ!」
「そんなこと関係ないよロラン君! 君はボクがどれだけ心配したのかはっきりと分からせてあげる必要があるからね!」
マコそう言ってローランドを胸に抱き、彼の頭に全力で頬ずりをする。
「くっ! おっおい! アシュラッド! 余の窮地だぞ! 助けるが良い!」
「はっ、はぁ、そう仰られましても……」
そう言うアシュラッドを見ると、彼の袖にじっとしがみ付くような小さな陰があった。
「セラ様。そう言った事ですので、
「いやです、そしたらまたどこかへ行かれてしまうのでしょう?」
ギュッとしがみ付く幼子を、無理やりほどくわけにもいかず、アシュラッドは恨みがましい視線を、奥に立つ女性へと武来た。
「……ご婦人。何故セラ様もお連れしたのですか」
「おほほほ。折角のお祭りですもの。セラの体調もアシュラッドさんのおかげですっかり良くなりましたし、こんな日位は、ですね」
夫人はそう言って悪びれなくほほ笑んだ。
「アシュラッドー! ミラー! コムギー! 余を助けるのじゃー!」
ニヤニヤと笑う女性臣下を他所に、助け舟は意外なことろからやって来た。
「ローランド・ベルシュタインよ」
その威厳ある声に、その場にいる全員がはっとそちらを振り向いた。
「ふん、なんじゃベルカか」
ようやくマコから解放されたローランドは、こっそりとため息を吐きつつも、自分を見下ろす老ドレイクを睨みつけた。
「どうじゃ、この下らぬ事件。見事この余が解決してやったぞ?」
ローランドは腕組みをしながら大威張りにそう言った。
「ああそうじゃな、其方のおかげじゃ小僧」
ベルカ公爵は目を細めつつそう言うと、周囲の人たちをジロリと見渡した後、こう話を続けた。
「賭けは貴様の勝ちじゃ小僧。で? 褒美は何とする?」
その言葉に、そう言うものもあったなあと一瞬目を丸くしたローランドは、しばしの間目を閉じた後こう言った。
「父上だ……父上についての謎が一つ残っておる、余はそれを貴様から聞かねばならぬ!
教えよベルカ! 父上はどうやって死んだのだ!」
その言葉に、ベルカ公爵は苦虫を噛み潰したような顔をしてこう言った。
「それでよいのか? 儂ならば、貴様が背負った借金をなかった事にすることもできるぞ?」
「そんなものはどうでもいい、余ならばその程度直ぐに返せる」
ローランドは、ベルカ公爵を睨み上げながらそう言った。
ふたりの間に重苦しい沈黙が積もった。
「……本当に、それでよいのじゃな?」
「くどい! 余は真実が知りたいのじゃ!」
若き情熱がこもった瞳に、ベルカ公爵は重いため息を吐きながらこう言った。
「この場ではなんじゃ、どこか別の所で……」
「くどい! この場にいる皆が証人じゃ! さあ吐けベルカ! あの日あの時、余の父上に何が起こったのかを!」
ローランドは腕を大きく広げると、高らかにそう言い放った。
ベルカ公爵は再度、重いため息を吐くと、観念したかのようにポツリとこう漏らした。
「……餅じゃ」
「……は?」
「じゃから……餅じゃ」
「…………は?」
「あの日、借金の利息に付いて相談に来たガリウスは、儂がちょっと席を外した間に、儂の家にあった酒をしこたま飲んでの。その挙句に餅をのどに詰まらせて死んでしまったのじゃ」
「はぁあああああ?」
ベルカ公爵は、ローランドから目を背けつつそう言った。
「はっはは、うっ嘘だ、ほっ、本当の事を、言うがいい」
「残念ながら、これが其方が求めた真実じゃ。
あの武勲に名高いガリウスの最後がそんな事ではあんまりだと、儂が戒厳令を敷いたのじゃ」
「うっ……うそ……だ……」
ローランドは、そういって放心したように膝をついた。
「お坊ちゃま! お気を確かに!」
「坊ちゃま! 傷は浅い……ですッ!」
アシュラッドとミラに揺さぶられるなか、ローランドは天高らかに雄たけびを上げた。
「父上ーーーーーーーーーー!」
その雄叫びが天に溶けると同時に、祭りの開幕をしらせる花火がポンポンと鳴り響いたのであった。
★
「もうやだ、もーやだ、お家再興なんてどうでもいい。余はここで一生ダンゴムシのように丸まって暮らすのじゃ」
「お気を確かに、お坊ちゃま」
「そーですよ! ファイトですよ坊ちゃま!」
「うるさい。余はせっかくのチャンスを棒に振った愚か者じゃ」
狭苦しい長屋で体育座りをしたままゴロゴロと部屋の隅を転がっていた。
「ってか父上じゃ! 全て! 全て父上の所為ではないか!」
「ああ、止めてくださいお坊ちゃま、そんなに蹴っては壁に穴が開きます」
「あはははー。まったくどうしたらいいものですかねぇ?」
そんな淀み切った室内に、清浄なる外の空気が吹き込んできた。
「ローランド様! 朗報ですわ! 一発逆転のチャンスですわ!」
「む? なんじゃコムギか。藪から棒にどうしたというのじゃ」
「お宝を積んだ沈没船の情報を手に入れましたの。もう少しすればエシュ学も長期休暇に入ります、その機会に是非ともいかがでしょうか!?」
「なぬ! お宝じゃと!」
ローランドはそう言ってガバリと起き上る。
「駄目ですお坊ちゃま! ガリウス様も一発逆転という言葉に踊らされてのこの有様です! 地道に、地道にいくのが一番の近道なのです!」
「そーですよ坊ちゃま! 沈没船の引き上げなんて一体いくら元手がいるものやら! うちの家計じゃ逆さに振っても埃しか出てきませんって!」
「ええいうるさいうるさいうるさい! 善は急げじゃ! コムギよ! 今すぐそこに案内せい!」
ローランドはそう言うと魔剣を抜き放ち高らかに天に掲げた。
「余の名はローランド・ベルシュタイン! 安心するが良い! 余がお前たちを守って見せる!」
こうしてローランド・ベルシュタインは再び剣を抜く。
頑張れローランド!
負けるなローランド!
借金を完済するその日まで!
没落貴族の半竜人 ~溢れる借金なんかこの魔剣でぶった切ってやる!~ 完結
没落貴族の半竜人 ~溢れる借金なんかこの魔剣でぶった切ってやる!~ まさひろ @masahiro2017
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