第31話 魔族の流儀4
『馬鹿な、馬鹿な馬鹿な馬鹿な! この私がこんなこんな!』
「残念ながら、これが現実だ! ベッドの上でしっかり噛みしめてろ!」
「ぐわはははは! ただのうのうと過ごして来たドレイク如きが、父上の元で日々血のにじむような修練に明け暮れて来た余に敵うはずが無かろうて!」
「しゃああああ! あーしんどー! こいつ等どんだけタフなんだよ!」
「無駄口ハ、其処等デ、左、ブレス来マス」
「ってうおおおお! この馬鹿味方ごと俺をやろうってか!?」
「そこまでだッ!」
混沌とした戦場を叩き割るような豪快な声が鳴り響いた。
皆がそちらへ視線を向けると。
そこにはすがすがしい表情を浮かべた、ひとりの老ドレイクが魔剣を携え堂々と立っていた。
「ふん、とうとう出て来たかドルバッキーよ」
ローランドは衣服の端々をブレスで焦がしながらも、ドルバッキーの前へと降り立った。
「そちが父上をハメた事は調べがついておる、今なら土下座すれば許してやらんでもないぞ?」
「はっ、この街は共存共栄の街なのじゃろう? 魔族の流儀を人族の手法で通しただけよ」
ドルバッキーはそう言ってどこか寂しげな笑みを浮かべた。
「ドルバッキー様、申し訳、ございません」
「よい、敵戦力を見誤ったのは将である儂の責任よ。其方らに落ち度はない」
傷つき、ボロボロになった彼の部下たちに、ドルバッキーはねぎらいの言葉を送る。
「それで何だ? 4対1で続けるとでも?」
スティールは拳を鳴らしながらそう言うと、ドルバッキーは獰猛に頬を歪めてこう言った。
「4対1? その程度の戦力差で、この儂をどうにかできると思うてか?」
「おい、油断するなよデカイの。侯爵クラスと言えば父上と同格じゃ……半端ないぞ?」
「あー大将? 俺そろそろ限界なんだけど?」
「予備弾丸少数、継戦難易度Aデ、ゴザイマス」
意気揚々と構えを取るスティール。
慎重に魔剣を構えるローランド。
そしてボロボロになったふたり。
四者四様の有様であったが、ドルバッキーを包囲してジリジリとその輪を縮めていた。
「先手は取らしてもらうぞ!」
ローランドの掛け声と共に、4人は一斉に攻撃をする。
ローランドの魔法攻撃が、スティールの砲弾のような拳が、ヴァンの槍のような前蹴りが、トーニャの狙いすました銃弾が、魔剣を手に仁王立ちするドルバッキーへと吸い込まれて行った。
だが――
「そんなものか小僧どもッ!」
ブンと振られた魔剣の風圧によって、それらの攻撃はどれもドルバッキーには届かなかった。
「時間が無い、最初から全力で行かせてもらうぞ?」
ドルバッキーはニヤリと笑い、魔剣を自らの胸へと突き刺した。
魔剣の輝きがドルバッキーへと還っていく。
それと共に、彼の体が光に覆われ、やせ細った老人の輪郭は見る見るうちに巨大な竜へと変化していく。
「でけぇ……」
ヴァンはそれを見ながら、気づかない内にポツリとそう呟いていた。
彼にしてみれば、その竜の顔を見るにはほぼ真上を見上げなければならなかったほど。
そこには、3階建ての校舎に匹敵する大きさの、一頭の古竜が鎮座していた。
「ぐふふふふ。こうでなくてはなあ!」
スティールは大きく、大きく振りかぶって、拳を使った体当たりのような突きを放つ。
それは、千年樹のような巨大な足へ激突した。
「ぐっ!」
スティールはこの戦いが始まってから初めて苦悶の声をもらした、その感触は正しく巨大な鉄壁を殴りつけた様なものだったのだ。
「おおおおおおお!」
重厚な爆撃音のような衝撃音が巨大な古竜の足元で木霊する。
スティールはありったけの力を込めて、連撃を繰り返すが、古竜の足はこゆるぎもしなかった。
バサリと、古竜がひと羽ばたきした、それだけで強烈なダウンバーストが発生し、4人は大地に縫い付けられる。
「くっ! ブレスが来るぞ! 皆の者避けるのじゃ!」
ローランドの言葉に反応し、4人はバラバラの方向へと逃げ去った。
古竜の口が太陽のように輝き、そこから灼熱のブレスが放射された。
襲い掛かる熱風と衝撃波、それが4人の中心に叩きつけられ、彼らはボロ布のように吹き飛ばされる。
「くおおおおおお!」
それから、一番早く立ち直ったのはローランドだった。彼は吹き飛ばされた勢いを利用して背中の羽を羽ばたかせ宙に舞った。
「ドルバッキィイイイイイイ!」
ローランドは飛燕の如く自由自在に宙を舞い。古竜の翼へ切りかかる。
だが、古竜の分厚い竜鱗にとって、そんな攻撃は枯れ枝でひっかかれた様なものだった。
「くっ! やはり魔力を込めねば無駄か!
おい! 貴様ら! 時間を稼げッ!」
背中をブンブンと飛びまわるローランドに対して、古竜はばさりと翼をはためかした。
たったそれだけの事で、ローランドはバランスを大きく崩し、校舎の外壁へと叩きつけられる。
「稼げって無茶言うなよ大将、俺たちゃ大将と違って飛べないってーの!」
「なら飛んで来いッ!」
「は? うぉおおおおおおおお!?」
地に伏せていたヴァンは、首根っこをスティールに掴まれ、その剛力で古竜目がけて放り投げられる。
「ふざけんなてめぇええええええ!?」
大空を砲弾のように飛んだヴァンは、叫び声をたなびかせながら、なんとか古竜の足へとしがみ付いた。
古竜は自らの足に纏わりついたハエを払うように、ブンブンと足を振るう。
「嘗めてんじゃねぇぞこらぁああああ!」
ヴァンは歯よ折れんとばかりに食いしばりながら必死に耐えつつ、ジリジリと足をよじ登る。
ヴァンがそうして注意を引いている時だ、古竜の表面に小さな火花が幾つも咲いた。
「致命弾無効。ワタシ、ノ、物理攻撃ハ、無効ト、判断シマス」
トーニャはそう言うと、ライフルを放り棄て、グレネードを取り出した。
「フラッシュボム使用、皆様、御注意ヲ」
そう言うが速いか、彼女は上空に向けてトリガーを引いた。
スポンという空気のぬける様な間抜けな音と共に、一発の砲弾が発射され――
轟音と共に、目の上に手を当ててもなお眩しい光が、古竜の眼前で広がった。
激しい音と光の前に、古竜はバランスを崩し、地面へと落下する。
「ぐははははは。良くやったぞ木偶人形!」
「トーニャ、ト、申シマス」
「覚えておこう!」
スティールは笑いながら、古竜の落下地点へ突っ込んだ。
そして、膝が付くぐらいに力を貯めると、古竜の落下に合わせて一気に解き放った!
ゴーンと巨大な鐘を鳴らしたような音が響き渡る。
スティールの鋼の拳と、古竜の下あごが激突した、その時だ。
「よくやったぞ皆の衆!」
まばゆく輝く太陽をその背にしながら、ローランドが一直線に降りて来た。
「くらえ! ドルバッキー!」
一閃――
魔剣に貯めた魔力を放出しながら放たれたその一撃は、突進の勢いも加わって、古竜の頭部に誇らしげに伸びていた角を切断した。
『ぐおおおおおおお!』
古竜は切断された角あとから、大量の血を流しつつのたうち回る。
「くっそったれ! 危うく死ぬところだったじゃねぇか!」
落下に巻き込まれたヴァンは全身汗だくになりながらも、いつの間にか古竜の背に立っていた。
「一発ぐらい行っとくぜ! 絶技! 鎧通し!」
ダンと、強烈な踏み込みと共に放たれた一撃が翼の基部に打ち込まれた。それと共に、打撃点が膨れ上がり、竜鱗のいくつかがはじけ飛んでいく。
「かかか! やるではないかヴァン! 後は余に任せるがいい!」
ローランドはそう言うと、背中に開いた傷口に、魔剣を深々と突き刺し、内部で魔力を爆発させる。
「よし! これで奴は地を這うトカゲだ!」
スティールは、右腕をだらりとぶら下げながらそう言った。
さすがの彼の剛腕も、先ほどの一撃には耐えきれなかったのだ。
だが、彼はそんな事は全くお構いなしに、左手を大きく振りかぶると、古竜の顔にその拳を叩きつける。
轟音と共に、教室一室分はある巨大な頭部が揺れた。
「もう一本じゃッ!」
翼を奪ったローランドは、そう叫ぶなり古竜の頭部へと飛び帰り。
大きく振りかぶった魔剣を横薙ぎに――
「おろ?」
しかし、それは空振りに終わった。
ドルバッキーの竜化が解け、元の人型に戻ったのだ。
★
「ふっ、これで余の勝ちだな」
ローランドは片角となったドルバッキーに魔剣を突き立てつつそう言った。
「その様だな」
ドルバッキーはそう言うと、ごほりと咳き込み、血を吐き出した。
「そなた……病か?」
「くくく。寄る年波には勝てんと言う話よ」
ドルバッキーは、そう言いながら口の端を流れ落ちる血を拭った。
「ふん、半病人を寄ってたかってでは、勝ち名乗りもあげられぬではないか」
ローランドは不満げにそう言うと魔剣をしまった。
「そう言うな、小僧。どれ、父親の仇だぞ、この首持って行けい」
ドルバッキーはそう言うと、自らの首をポンと叩く。
「ふん、その様な小汚い首なぞいらぬわ。それに余は何度も言っておるだろう?
これは学園内のレクリエーションよ」
ローランドはそう言って、かかかと笑ったのであった。
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