第6話
朝だ。
なんかすごく長いこと寝てたみたいな気分だ。どんくらいかな、一年くらい余裕で寝てたんじゃないかな。体感の話だけど。
結構、壮大な夢を見たんだ。
私の夢の中では世界でバイオハザードが起きていた。ゾンビじゃない。変なウィルスが、空前絶後の大流行をしていた。インフルのガチヤバ版みたいのだ。田舎のヤンキー高校の三年生くらい幅利かせてた。あの流行りっぷり、チーズハットグは悠に超えてた。全盛期の浜崎あゆみも真っ青なレベルだ。
みんなフラッと外に出たりしちゃいけない。どうしても出ないといけない時にはマスク必須。そりゃあ埼京線すらガラガラよ。てことは、みんな家で仕事してるのかな。よく考えたらあり得ない、家で仕事するなんて。なに、みんな延々と送られてきた名札を商品につけてるのかって。まあ、夢の話だからそんな細いこと気にしていないけれど。
その世界ではもちろん、ライブなんてものは鼻つまみものだった。もみくちゃの酒池肉林は当然禁止されていて、仮にライブするにしても世間からは白い目で見られるもんで、いっぱい対策しないといけない。演者とお客さんの間はアクリル板とか、透明なビニールカーテンみたいので仕切られていたり、中にはトロピカルな観光地にある透明な海に浮くボールみたいのに一人ずつ入ってたりして。ウケる。その世界で私もなぜかライブに行った。あいつに誘われてね。多分。夢だからそこらへん曖昧だけど、多分そう。だって行ったのがリリイベってやつだったから。その会場は足元がビニールテープで区切られていて、そこから出ちゃいけないかった。当然、声も出しちゃダメだ。だから、アイドルの子たちの歌なんかは、もうCDかってくらいちゃんと聴こえるし、前に見に行った時とおんなじか、それ以上にキラキラしていた。それがなんだか。
すごく寂しかった。
生理的にゾワゾワくるジャージャーも、厚底履いてネットで人をいじめるような女の子との触れ合いもナシ。それは当然良いことに決まっているんだけど。んー、心がドーナツ。ぽっかり穴が空いている。ほら、あの穴って中まで火を通すために空いているでしょ。だから、ドーナツは口の中でいつまでもフカフカ。甘くて美味しい。いくらでも食べていたい。最高のスイーツ。
生焼けで小麦粉の味がするなんてことは、あんまりないし、あってはならない。
ーー私はスマホを取って、あいつと一緒に渋谷のタワレコの地下で見たアイドルの曲をYouTubeで探す。聴いてみる。ライブ映像だ。ちゃんとYouTubeにもあの汚い声は入っている。タイガーなんちゃらも、ジャージャーも。ぴょんぴょん飛び跳ねたり、騎馬戦みたいなカッコでアイドル指さしたり。洋服引っ張りあって、汗で前髪べちょべちょにして、ものすごいムキになった顔してるはずなのに。
なんとなくみんな、笑っているように見えた。
それを見て、私は私の世界が夢で見た寂しい世界じゃなくて良かったなって結構本気で安心した。
ただ反面、やっぱりマジで気持ち悪いな、と思った。控えめに言って地獄。生焼けにならないようにいっぱい油に浸したんだろうね。ギットギト。すごく気持ち悪い。気持ち悪すぎて、空えずきが出たから動画を止めた。おかげで目ン玉ウルウルのバッキバキ。
私は指で涙を拭きながら、これが正しいライブなのか、と考える。たぶん、ちがうかも。でも、思い出したんだ。自分で言った言葉なんだけど。私はあいつにたいして「あなたのほうが楽しそうだった」って言った。そういうことなんだろう。きっと、どっちが正しいかなんて、学校とか会社とか、そういうところにだけあれば良いものなんだ。
そんなふうにいろいろ考えていたら、結構な時間が経ってしまった気がして、寝転んだまま時計を見る。もうそろそろ着替えないと遅刻しちゃう。さっきの気持ち悪さは良い目覚ましになったけれど、まだ身体全体というか、頭の片隅というか、具体的にどことか形容しづらいところがぼんやり重い。記憶が飛んでいる気がする。急に不安になってくる。私はクマのベアーさんの黄色いパジャマを脱ぎながら、今日がなんの日か反芻してみる。クマの皮を被った牛……や、なんでもない。
そうそう、今日は冬美ちゃんとあいつと、放課後に三人で遊ぶ約束をしたんだ。
アイドルが好きで、すごく奇怪な生物の冬美ちゃん。アイドルが好きで、すごく珍妙な生物のあいつ。特にアイドルが好きなわけでもなく、ただただ麗しく、気高く、美しく咲き誇る一輪の華の女子高生a.k.a私。
うん、誇張した形容詞でなんとか意識を逸らしてみても、ギリギリ多数決でゲテモノファミリーかな。だからできるかぎり会合は人目につかないお店でしたい。そういえば、学校から駅と真逆の方向に歩いて少し離れたところに、いい感じの喫茶店があった。それはもう昭和ってかんじの喫茶店。店前のゲージのなかのメロンソーダはチェリーの部分が剥げてプラスチック剥き出しになってるんだけど、でも、埃とかは落ちていない。外から見ても、照明のカタチとか、茶色の革張のソファとか、すごいエモいしかわいい。私、ああいう雰囲気好きだな。大人になった気分を味わえる。私もいっぱしの『女』として、ああいう店に気軽に入れるようになりたい。
一応、ふたりの意見も聞いた方がいいかなって思ったんだけど、どっちの連絡先も知らなかった。まあべつに、学校行けば会えるし、そんなに急いで連絡することもない。ていうか、私、いまだにあいつとも冬美ちゃんとも連絡先交換してないんだ。なんか連絡先交換するのって難しい。切り出すタイミングとかわからない。もし聞いて「いまスマホ壊れてて」みたいな引くほど見え透いた嘘つかれたら立ち直れる気がしないもん。
なんて考えてるうちにシャワー終了。私のシャワーはカラスより二、三分長いくらいで終わる。的確に洗う順番を決めて、全て洗ったら外に出る。造作もない。当然、余韻などない。ドライヤーの冷風を身体に当ててクールダウンとす。このような行為に時間を使うのが惜しい。私は寸暇を惜しんでダラダラしたい。汚い身体でいるのは絶対嫌だ。けれど、お風呂にたいして『身体を綺麗にするところ』以外の感慨が私にはない。
ちなみに、着替えもしかりだ。私に制服着せてみ。シャツ一分、スカート二十秒、リボン十秒、ブレザー五秒。一分三五秒で終わる。それでいい。誰が見ても一時間かかったか、一分三十五秒で着替えたか、その差には気づかない。そんなところに時間をかけるのはほんとうに無駄なのだ。その時間で髪の毛を巻けばいい。メイクをすればいい。インスタントコーヒーを淹れて「うわ、ちょっと濃すぎちゃったか。ニガニガてへへ」とか言ってマグカップ二つに中身を均等に割って、追いお湯して、二杯コーヒーを嗜めばいい。
さて、すこしドライで男勝り、私変わってるっしょ的なモーニングルーティンも終えたことだしーーいつか、クラスメイトにこの話をして「えー変わってるね、かっこいい」って言ってもらって承認欲求満たそうーーそろそろ、家を出よう。
外は非常に晴れやかだ。梅雨でジメジメとした日が続いていると、天気が良いだけで気分がアゲになる。最寄りの駅前にある身体をぐねんぐねんに捻った『調和』という題の銅像の周りには、黄色いユリの花が咲いている。
風を受けて踊るユリの花は、まるで私の心の中を表すかのようだ。
なんか、こういう時、花言葉とか調べたくなっちゃうのは私だけだろうか。ささっとスマホを取り出し、すぐに知りたいことを知れる。これは現代人の特権だ。
「……」
黄色いユリの花言葉は『陽気』。
まさしく、いまの私にピッタリだ。やるやん。昔の人類。すごいね、昔の人類!
私はぐうの音も出ないまま、電車に飛び乗った。
ジャージャーうるさいヤツと私 どばすぃ @yu-kichansukisuki
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