第5話
冬美ちゃんは私の知り合いのなかでも、かなりいかつめなクレイジーに属する。
そのクレイジーみは、名前の由来で察しがつくと思う。あ、冬美ちゃんはあだ名ね。
冬美ちゃんの由来は、登校初日に行われたクラスの自己紹介で「好きな歌手は坂本冬美さんです。歌います」と『また君に恋してる』を歌いだして、フルコーラス歌おうとしたけど、担任に羽交い締めにされ、止む無く中断したエピソードにちなんだものだ。ちなみにそれで一日停学になってた。しかも坂本冬美の曲、また君に恋してる以外は知らないらしい。なんならアレもビリーバンバンのなのに。
あと、お昼ごはんにカリントウを持ってきてる時もあった。黄色の可愛いお弁当箱にギチギチに敷き詰められたカリントウ。昼飯でカリントウは割とカルチャーショックだったから私、話しかけちゃったんだ。「え、なにそれ」「カッピカピのうんこ!」。満面の笑みであの返答ができる勇気を私は讃えたいし、こいつ嫌いになれねえやって思った。の割に、見た目結構可愛いのよ。茶色のフサフサボブヘア。クリクリの目。化粧なんてほとんどしてないのに拭えない原石感ーースペックの無駄遣いというかさ。そんな感じだから余計嫌いになれない。
で、私が初恋スプリットやらないって持ちかけたのは冬美ちゃんなんだ。意外だよね、冬美ちゃんが応援団に所属してるのって。しかも宮益坂、冬美ちゃん選曲らしいのよ。いやそこ坂本冬美じゃねえのかよって思うけど、また君に恋してるしか知らないなら仕方ないよね。あれ、応援には合わないもん。
冬美ちゃんは私が初恋スプリットやらないって言ったらめっちゃ目をキラキラさせてた。なんか、アイドルめっちゃ好きなんだって。それこそ私があいつと渋谷のカットアップで見たアイドルのライブにも行ったことがあるらしい。「あなたもあのジャージャーってやつできるの?」。私が聞いたらダミ声を出してくれた。やっぱ女の子でもあの声なんだってなった。あと謎の手ね。パンって叩いたあと、人差し指だけ立てるグーとパーの中間みたいなアレ。絶妙だよね。絶妙に気持ち悪い。最初にはじめたひとって誰なんだろ。まじでセンスある。絶妙に気持ち悪いんだけど、気持ちが乗ってるのはめっちゃ伝わる。格好よりも気持ちを伝えたいって気持ちがまじロックで、気持ち悪いけどカッコいい。
で、冬美ちゃんも初恋スプリットは大好きなんだって。「あの曲ホントに沸けるよね!」。出ましたよ、専門用語。元々冬美ちゃんのこと嫌いになれねえと思ってたのに、かててくわえて、いまの私にはあいつとのエピが上乗せされてるわけで、そうなりゃ必然重ねちゃうわけよ。「カラオケで歌歌わずにかけ声入れる系女子?」とか、「やっぱり無銭以外負けるの?」とか。冬美ちゃんはほんとうに嬉しそうに「逆に歌うのもったいなくない? あ、でもわたしは振りコピ勢」とか「いや、やっぱりライブしか勝たん。でも、もちろん無銭しか勝たん」とか。
すこし言ってる言葉の意味がわかりはじめてる自分が怖いんだけど、それが嫌だとも思わなかった。冬美ちゃんのカッピカピのうんこと同じレベルの笑顔って、たぶん私くらいしか見たことないと思うから。
だって、冬美ちゃんはすこし浮いてるから。
そりゃ登校初日に停学になるようなアナーキストは浮くよ。敬遠したくなる気持ちもわかる。けど、冬美ちゃんの笑顔はほんとうに可愛いし、誰よりド直球ストレートに生きてる。もちろん、私なんかよりずっと。
それはあいつに会って抱いた感情に似てるなって思った。別にアイドル好きな人間がみんなそう、とか言う気はないけど、間違いなく冬美ちゃんとあいつはおんなじ匂いがする。
だから、冬美ちゃんがあいつに会ってみたいって言った時、単純に会わせてあげたいって思った。きっとすごくすごく分かり合えるに違いないから。お互いにとって、すごく嬉しいことなんだろうなって。
ーー私からあいつのこと探したのってあの時がはじめてだったかもしれない。
何日かはすれ違うことすらなかった。
西部劇に出てくる細い枝の集まった丸。アレを探してるみたいなかんじ。飄々とし過ぎてて、掴みどころがなくてさ。
言うて私もあいつの日常ルーティンを把握してるわけじゃなくて、あ、意外とあいつのことなんも知らないなってなった。
結局一週間近く経った時かな、やっと校門でイヤホンを耳に挿すあいつを見つけたんだ。キャッチあいつ。
「やい!」
大げさに倒れそうになるあいつを見てシメシメと思う。なんだか、すこしウキウキしてしまう。なのにあいつは「なんすか、またですか」なんて言ってから私の顔を見て「良いことあったんすか?」と怪訝そうに首を傾げやがる。
腹が立つから、目線を逸らして「あなたの生活リズムどうなってんの」とずっと思っていた怒りに近い疑問をぶつけてやる。
「どうもこうもないっすよ、帰宅部なんで」
は、私も帰宅部(軽音幽霊部員)なんですが?
「ねえ、あなたに会わせたいひとがいるの」
「なんすかそれ」
「クラスにね、すごくアイドル好きな子がいるんだ。この間のアレーーひなのてんのとこ。あのアイドルのライブも行ったことあるんだって」
そしたらあいつもキラキラした笑顔見せた。カッピカピのうんこと同じやつ。やっぱり話が通じる相手がいるって嬉しいんだろうね。
翌日の放課後、あいつは現場がないって言うから、冬美ちゃんと三人で会う約束をした。
はじめて交わした、ちゃんとした『次に会う約束』。冬美ちゃんもあいつも嬉しい。そんなふたりを引き合せることができて私も嬉しい。
けれどーーこんなに嬉しいことなのに、私はいつもの「じゃあ」まで、一度もあいつと目を見ることができなかったんだ。
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