第4話

これは私なりの解釈で、そうじゃないってなら「ごめんね、文科省」なんだけど、学校にいろんなレクリエーションとか行事があるのって、おおきく三つの理由があるのかなとか思うのね。

ひとつめは個人の適正を見極めるため。ものすごい才能を持っている子たちも、それを発揮する機会がないと埋もれちゃうから。

ふたつめは協調性を磨くため。行事が集団性を求められるものばかりなのは、人間社会の在り方から来るものなんだろうなって。

つまり、ひとつめの理由が個、ふたつめの理由は全の教育ってかんじかな。

んで、みっつめってのがいじわるで、『嫌なことをさせる』ためだと私は思ってる。

ひとには向き不向きがあって、スポーツが好きな子もいれば、本を読むのが好きな子もいる。でも裏を返せば、読書週間なんてサッカー部には退屈だし、本を読むのが好きな子は文化祭が憂鬱だったりする。それなのに、学校はイベントをごった返して用意してくれてるもんだから、どうしても強制的に不向きな分野と向き合わなきゃいけない。なんでだろう、自由参加だっていいはずなのに。つまり、それってわざと強いてるんじゃないかなって。

嫌なことをガマンする力って、人生には割と必要じゃん。大人はみんな、嫌だ嫌だっていいながら働いてる。だから、ガマンする力を今から養わないとすっごく辛い。これは、そのために国の課した教育プログラムの一環なんじゃないかな。嫌なことをどうやって噛み砕いて、ストレスを軽減するかっていう。そう思わないとやってられない……いや、そう思ってもやれられないわ。ごめん、全然やってらんない。私、子どもだからさ。こんなすっごくやってらんない状況、まじでやってらんない。

そう、体育祭が近いんだよ。

いやさ、べつにいいんだ。体育祭自体はさ。正直、私は読書もスポーツも好きじゃないけど、とはいえ憂鬱になるほど嫌じゃない。もちろん、思うには思うよ。あんな一生懸命走ることに意味が見出せないなって。黙って私にチャリ使わしてみ。ブッチよブッチ。

でも、そんなことが言いたいわけじゃないの。どうしても言いたいことがあるんだよ。だいたい一ヶ月まえくらいの話だったかな。あいつに遭遇したの。

あいつは校門を出た直後、イヤホンを耳にさしたかと思うと、なんかユラユラ揺れながら歩いてた。いつもどおり、平常運転。私はとりあえず駆け足で近寄ってスピードに乗ったまま背中をバッグで殴りつける。

「やい」

いてっとちいさな声が聞こえて、あいつはイヤホンを外す。

「なんすか、てか、なんで毎回殴ってくるんすか」

「テンプレートだよ。いただきますって言うとき、ほんとうに食べ物に感謝してる?」

「ちょっとなに言ってるかわかんないっす」

なんか久しぶりに会った気がするなって。その時は二週間くらい顔を合わせてなかったな。すこしだけ髪の毛が伸びたなとか、そんなこと考えてしまった自分が恥ずかしくなる。あ、やばい、なに話せばいいんだろ。関係ないことにポンポン意識がいっちゃうんだよね。すごく天気がいいなとか、クチナシの匂いがするなとか、赤い車が二台連続で通っていったなみたいな。口に出してもいいけど、単発で会話が終わっちゃうようなことばっかりさ。これってなんなんだろうね。

横目でチラッとあいつのほうをみる。ぼうっとして、ちいさくなんか呟いてる。多分またあの呪文みたいのだろうな。そんなに夢中になれるのって、すごいことだな。べつにこのまま会話がなくてもいいんだろうけど、それでもこいつは気にしなさそうだけど。でも、せっかく会ったなら、なんか話しておきたいじゃん。

「ねえ……体育祭だって」

「すね」

「めんどうだね」

「そうすか。ぼくは好きですよ」

「へえ。たしかにバイタリティ高そうだもんね。運動好きそう」

「いや、授業なくなるじゃないすか。単純にそれだけっす。身体動かすのは嫌いじゃないっすけど、そしたらバスケとかしたいし」

「ふうん。でもさ、クラスの応援みたいの。私、ああいうワチャワチャしたかんじ嫌いだからな」

「あー、ぼくあんま参加してないんでわかんないっす」

「うちはダンスやるんだって。宮益坂44のやつ」

「まじすか!」

急にあいつの瞳孔が開く。あ、そういえばアイドルの曲だってその反応を見て気づくくらい、私には興味のない話だった。

「え、なんていう曲ですか」

「覚えてないな。なんで」

「いや、MIX打とうかなって」

「え、マジで……やばいね」

「すよね、楽しそうじゃないっすか」

「いや、あなたのこと言ってるんだけど」

「ちょっとなに言ってるかわかんないっす。あ、やるならぜひ『初恋スプリット』をお願いしたいです」

「なにそれ」

「知らないんすか。初恋をボウリングとかけた名曲っすよ。『わたしの恋はスプリット〜』」

「そんなダミ声なの? 全然そそられないや」

「あ、いや……」

珍しく動揺するあいつを見て、私はすこしだけ吹き出す。そんな私を見たあいつは、いやでも、とすこし声を張り上げた。

「いやでも、まじで沸きますよ。なんか友だち多そうだし、その曲やるように仕向けといてください」

「ムリだよ、私、応援団入ってないもん」

「入ればいいじゃないですか」

「ヤだよ」

「MIX打ちますよ」

「え……」

ほんとうなら、「いや、べつに打って欲しくないから」とか「余計ヤだよ」とか言うべきだったのかもしれないけど、気の利いた言葉が出てこなかった。だって、すこしだけ思っちゃったんだもん。こいつに応援される側、アイドルの気持ちってどんなかんじなのかなって。

それからもうひとつーー私がふだんおしゃべりする子とか、私の苦手なタイプの子とか、そういう私の同級生の子たちにたいして、張り切って掛け声をかけてるこいつの姿。それを外から見てる私。

なんか。ちょっと嫌だなって。

「あ、今日、池袋でリリイベありますけど、一緒に来ますか」

「いい」

そうすか、じゃあってあいつは手をあげる。私もそれに手をあげて答える。

ぼうっとしてしまった。そんで、すこしずつムカムカしてきた。

なんでそんなこと言うんだよ。心かき乱すなよ。

そこから、ひとりでトボトボ帰るんだけど、あんまり周りの状況は頭に入ってこない。ずっとずっと、脳みそとにらめっこしてるみたい。それは家に帰ってからも消えなかった。一週間前まで夕飯の献立を覚えてる私が、その日ばかりは味のしないご飯を食べて、お風呂入ったらシャンプーしたかわかんなくて二回髪洗ったっぽいし、ユーチューブ観てても五分くらいこの動画観たことあるって気づかなかった。

それでも、ずっとひとつだけ考えていることがあったんだよね。

人生は何事も経験だ、って。

だからその翌日の朝、私は誰よりも自分の信念を信じて、誰よりも早く教室に着いた。

そして、応援団の子に持ちかけてしまったんだ。


ーーねえ、体育祭で初恋スプリット一緒にやらない?

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