3
真がいつも、なにか大切なものをなくしてしまったと感じるのは、その大切ななにかを、実際になくしたあとばっかりだった。
なくすことで、失うことで、初めてその本当の価値に、あるいは本当の自分の気持ちに気がつくことができるのだ。
別れを切り出したのは、結月からだった。(当然だ。真は結月と別れるつもりは、これっぽっちもなかったのだから)
結月は電話の向こう側から、真に「さよなら」を言った。
さよならを言ったときも、結月はどこか明るい雰囲気を保とうと努力をしているようだった。
結月は真の前で、いつも優しい顔で笑っていた。
でも、もう、そのころには僕たちの間には別れの時間(あるいは、季節)が迫っていたのだ。(僕の気がつかないうちに……)
何事にもタイムリミットがある。大学に卒業の時期があるのと同じように、物事にはすべて、タイムリミット(卒業の時期)がある。そのころの二十歳のころの真は、そんな当たり前のことを、このとき、まだよく理解してはいなかった。(時間とは永遠に近く存在するものだと思っていた。本当は、砂時計の砂のように、一定の時間で、必ず、なくなってしまうものなのに)
真は結月と別れなくなかったのだけど、結月に向かって受話器越しに「わかった。さよなら。真紀」と言った。
彼女が、結月が僕と別れないというのなら、その願いを叶えてあげることが、最後に僕が結月にできる贈り物だと思ったのだ。
「うん。わかった」
そう言ってから、受話器の向こう側で結月は泣いた。
……そして電話は、唐突に、切れた。
(真の指には、切れた運命の糸の片っぽの切れ端だけが残っていた)
優しい気持ち 雨世界 @amesekai
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。優しい気持ちの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます