真がいつも、なにか大切なものをなくしてしまったと感じるのは、その大切ななにかを、実際になくしたあとばっかりだった。

 なくすことで、失うことで、初めてその本当の価値に、あるいは本当の自分の気持ちに気がつくことができるのだ。


 別れを切り出したのは、結月からだった。(当然だ。真は結月と別れるつもりは、これっぽっちもなかったのだから)


 結月は電話の向こう側から、真に「さよなら」を言った。

 さよならを言ったときも、結月はどこか明るい雰囲気を保とうと努力をしているようだった。


 結月は真の前で、いつも優しい顔で笑っていた。

 でも、もう、そのころには僕たちの間には別れの時間(あるいは、季節)が迫っていたのだ。(僕の気がつかないうちに……)

 何事にもタイムリミットがある。大学に卒業の時期があるのと同じように、物事にはすべて、タイムリミット(卒業の時期)がある。そのころの二十歳のころの真は、そんな当たり前のことを、このとき、まだよく理解してはいなかった。(時間とは永遠に近く存在するものだと思っていた。本当は、砂時計の砂のように、一定の時間で、必ず、なくなってしまうものなのに)


 真は結月と別れなくなかったのだけど、結月に向かって受話器越しに「わかった。さよなら。真紀」と言った。

 彼女が、結月が僕と別れないというのなら、その願いを叶えてあげることが、最後に僕が結月にできる贈り物だと思ったのだ。


「うん。わかった」

 そう言ってから、受話器の向こう側で結月は泣いた。

 ……そして電話は、唐突に、切れた。


(真の指には、切れた運命の糸の片っぽの切れ端だけが残っていた)

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優しい気持ち 雨世界 @amesekai

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