第4章 最終話 エピローグ

  アグムルの街近隣の酪農村らくのうそんガザ村。

 簡素な待機所に所狭しと冒険者が依頼を受けて集まっていた。

 

 

「獣よけの塀の壊し方、足跡からゴブリンで間違いなさそうですね」

 

「だねえ、群れの規模も相当なもんだ」

 

「よろしくお願いします!

 常備兵では手数が足りないと思われますので助かります」

 

「今回は勇者ちゃんもいるんだー」

 

「ゴブリンとはいえ魔物ですからね。

 ……ふふ、アクスちゃんそうしてると兜飾りみたいですね」

 

「不安定な場所でくつろげるのは親譲りかな」

 

 

 名前を呼ばれて眠そうに目を開ける仔猫。

 ベリアの腕を伝いテーブルに降り立ち周りを警戒する。

 撫でつけようとすると、ベリアの指で遊び始めきょうが乗ると噛み付く。

 

 

「アクスちゃんどこ撫でてほしいのぉ? ここかな? ここ?」

 

「にゃっ ぅにゃ」

 

 

 鳴き声に反応し勇者が腰につけたポーチから別の仔猫が頭を出す。

 兄妹けいまいと認識すると飛びつきじゃれ合い遊びを始める。

 

 

「あっこらレティ、仕事中なんだから大人しくしてないとだめっ」

「この子たちだと疲れ果てるまでやるからねえ、戻りなさーい」

 

「はあ……依頼主の前でだらしない顔しちゃって。

 猫好きはこれだから」

「メリーやめなさいよ」

「いいなあ……あれ」「おいジョン、ソニアにつねられるぞ」

「今のうちに確認しておきましょう。

 火力は彼女らにまかせジョンとネウロは守りに専念して下さい。

 私はゴブリン程度なら戦えますが詠唱するには守りが必要です」

 

 

[ ガタンッ ]

 

<  グギャ… >

 

 

 待機所が一瞬で静まり返り、全員屋外へ出て警戒する。

 夜の闇に見張りの足音が響き剣戟の音が東から聞こえる。

 

 

「敵だー!! 東の壁から入ってきたー!!」

 

「衛兵のかたは正門に向かって下さい! 東は私達がいきます!

 ソニア! 東壁の上に照明詠唱!」

 

 

 駆けつけると既にベリアの殺戮が始まっていた。

 戦女神のよう……というよりは舞を踊るがごとく。

 あるいは海ではしゃぐ少女のように血飛沫を飛ばし首を転がす。

 

 

「オ、オークだあああ」

 

 

 東の壁が更に崩され巨大なオークが現れる。 

 開拓村で駆逐したオークはハイオークを除きろくな装備をしていなかったが、こいつは防具を着込み背も高い。

 

 

 

「アクス、目潰し」

 

「にゃん」

 

 

 放った矢のごとくベリアの頭から飛びつきオークの眼球を爪で引き裂く。

 アクスがオークから飛び降りると、ついでとばかりにジグザグに飛び回りゴブリンの喉に噛み付いたり手足の腱を引き裂いて行く。

 顔を掻きむしってひっくり返り悶え吠えるオークへベリアが戦斧を叩きつける。



「村内へ入り込んだゴブリン退治してきた。

 ああ、壁が広がってるね。

 ボクはベリアサポートしてくる。

 あ! こらレティ! ゴブリン食べるんじゃない! ホント悪食あくじきなんだから」 

 

「出番……ないわね」

 

「せっかく回復術師になったのに……ゴブリン回復しようかしら」

 

「まあまあ、あなた達が鉄等級まで行けば歯応えのある遠征とか受けられますから」

 

 

 冒険者は命の保障が無い過酷な商売である。

 人族の運命ミソロジーはあと500年しか猶予がないのだ。

 

 

_/_/_/_/_/

 

「お母さんおはよーう。 ふあぁ……ねっむ。

 たまーおはよー」

 

[ ゴロゴロ ゴロゴロ ]

 

「いっつもギリギリなんだから。 もう少し早く寝なさいよ、はいお弁当」

 

 

 あれから10年。

 ご主人様かすみちゃんはユウシャの年齢に届いている。

 すっかり同じ顔になったけど笑顔が絶えないご主人様かすみちゃんは僕の自慢である。

 不愉快な影の連中も全く見なくなり眠りを妨げるものは何一つない。

 

 

「たま はいいなあ、私も猫になってずっと寝てたいよう」

 

「そんな事いっていいの?

 猫は冷蔵庫のダブル生クリームプリン食べられないのよ?

 食べちゃっていいの?」


「ぜっったいだめっ! ごちそうさまー、いってきまーす」

 

「まったく、慌ただしい子ねえ」

 

 

 香澄ママさんはひとしきり僕を撫で撫でしたあと、家事を始める。

 そう言えばあとから気付いたけど去勢の話はどうなったんだろう。

 何となく有耶無耶うやむやになって、出入り自由にもなった。

 子孫を作ろうと思えば作れるんだけど、何となくそんな気にならない。


 あれ? という事はこっちの世界で僕は童貞ってことか?

 深く考えるのはやめよう……もう、寝る。

 すやぁ……

 ……

 

―――――

 

「たま よ起きなさい」


 

 呼びかけられて たま は目を覚ました。

 どっかで聞いた声、まさか?

 

 

『……神さま?』


『いかにも、私は神である』

 

『今回は僕死んでないよね? それに前は言葉が通じなかったのに』

 

『前に[伝心]のスキルを覚えたじゃろう?』


『知らないよ、それにこっちに戻る時すきるは消えたんでしょ?』

 

『そうなんじゃが[学習]を思いのほか使いこなしていたようで技能補助がなくとも習得までしてしまっていたようなのじゃ』

 

 

 言われてみれば人間ヒトの言葉はわかる。

 熊戦で普通の猫らしからぬ動きが出来ていた気がしなくもない。

 あれ? そうすると[ちょうじゅ]も?

 


『で、なんで死んでないのに神さまに会えるのさ』

 

『言い辛いのじゃが、おぬし向こうで種付けしたじゃろう?』

 

『し、したよ? それが何か悪い事なの?』

 

『うーむ……向こうにいるなら悪くは無いのじゃが戻ってきたからのう。

 に反するとクレームを入れられておるのじゃ』

 

『神さまもくろうするね』

 

『五匹産まれたから五つと言われたのじゃが一発だから魂一つに負けてもらった』

 

『……』

 

『というわけでよろしく』

 

―――――

 

「にゃっ!?」

 

 

 僕は目が覚めて感覚の混乱からソファーから落っこちた。

 何がよろしくなの!?

 おちつけ、誰かに見られたら寝ぼけて混乱している間抜けな猫だ。

 僕のせいで神さまがこまって、僕に魂を一つ押し付けられた?

 

 特に身体や心に変化はない。

 

 

「あら香澄、何? え? 病院? うん、うん。 わかった準備しとく」

 

 

 ん? 何事だろう。

 しばらくすると香澄ちゃんが学校から帰宅してきた。

 と思ったらなにかダンボールを抱えている。

 結構大きい。

 

 タオルに仔猫用ミルク……そういうことか。

 捨て猫を香澄ちゃんが拾ってきて、その魂を面倒みろってことか。

 香澄ちゃんと香澄ママがお湯でふいたり必死に声がけしてる。


 物々しい雰囲気だけど、死臭はしていないから大丈夫かな。

 多分眠れなくて迷惑していると思う。

 

 

「うな~う」

「!」

「!」

 

 

 僕が面倒みるよと言わんばかりにダンボールに入り毛繕けづくろいしてあげる。

 まだ産まれて間もないな、弱ったから見捨てられたクチだろう。

 

 

「そう、よね……私達が落ち着かなきゃね」


「うん、たま ありがと。 ぐすん」

 

 

 毛繕けづくろいしててわかったけどこの仔、雌だ。

 まさかとは思うけど……エリーの波動を感じる。

 

―――――

 

『はぐれのモリヒョウに息子達が油断してやられそうになったのよ。

 飛び込んで牙を受けるしか方法がなかったってわけ』

 

 

 エリーだった。

 

 

『猫神さまにきいたけど、たまの世界って変わってるわねえ』

 

『うん、人間ヒトのナワバリが広がってて狩りは遠出しないと出来ないけど食べものには困らない』

 

『ええぇ? たま のナワバリはどの辺まで?』

 

ご主人様かすみちゃんの家の中だけだけど?』

 

『あんた何やってんのよ、何が楽しいわけ?』

 

『寝ほうだいだしごはんは一杯あるよ?』

 

『……決めた! 狩り出来る辺りまでナワバリ広げよう!』

 

『ちょっ! エリーまだ子供だからね?』

 

『一ヶ月もすれば問題ないわよ、たま も協力しなさいよね』

 

『僕はいいよ、寝床があればいいし』

 

『あんたがいないと強い眷属増やせないのよ!』

 

「ニー ニー」

 

「みゃあう うにゃうにゃ」


「ふふふ、たまと仔猫が会話してるう」

 

「やっぱり一人じゃ寂しかったもんね」

 

 

 ゆっくり眠るにはエリーの野望を叶えなくてはならない。

 僕のミソロジーはまだまだ波乱が続きそうだ。



 完 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

たま異世界転生 ~チートな猫生を無駄に眠る~ Austin.K.Youser @youser777

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ