第4章 第6話 最終決戦の結末

  翌朝、冒険者ギルドでアックスヘッドの共有財産から三分の一をロッタンの個人名義に分ける手続きをする。

 贅沢をしなければ悠々自適に暮らしていけるだろう。

 経験を積んだ盾剣士だから別のパーティを組むのもいい。

 商売を始めるなら元手として充分だろう。

 

 

「じゃあベリア、シェギ。 世話になったな」

 

「ロッタンも元気でね」

 

 

 ロッタンが去っていくとベリアとシェギ二人きりになる。

 シェギにしてみれば恋のライバルが消えたのは喜ばしい。

 だがパーティとしては致命的であった。

 少なくとも戦闘スタイルを考えればシェギの護衛が必要だ。


 

「しばらくは火力不足パーティの雇われでも探しますか」

 

「そう……ね」

 

 

 ベリアは心ここにあらずと言った感じである。

 蓄えはある、急ぐ必要もない……がベリアは根が脳筋なのだ。

 脳筋の休息は百害あって一利なし。

 暴れる事こそ精神の安定とストレス発散になる。

 

 

「あの……シェギさん、雇われするって聞こえたんですけど」

 

「はい? あ、ネウロさん。 お久しぶりです」

 

「おはよ、お久しぶり」

 

「すいませんいきなり。 お久しぶりです」

 

 

 二人の呟きを耳にし話しかけてきたのは、元ブラックウルフで知り合いアイアンワンドに入ったネウロであった。

 最後に会ってから大して経っていないのに成長期なのか背が伸び幼い顔立ちが消えたように見える。

 


「あれから害獣退治を地道にやってたんですが、この前群れ討伐の合同依頼に参加したら壊滅しまして」

 

「ええぇ……他のメンバーは無事?」


「はい、統率役のパーティに救出されましてなんとか。

 ただ、報酬がでたわけでもなく金銭的に……よければ依頼をいくつかご一緒できませんか?」 

 

 

 もありなん、命は拾えても費用は徴収されたのだろう。

 加えて防具は裂け、剣はボロボロになっている。

 合同依頼の罠――騎士の肉壁依頼である。


 経験不足の騎士が金で冒険者を雇う依頼は多い。

 威張れてリスクを取らずに済み使い捨てられる。

 とはいえ、それが悪いわけではない。

 問題は統率の騎士が経験不足ゆえ覚悟も無く破綻しやすいのだ。

 

 

「どうする? シェギに任せるよ」

 

「え? あ、はい。

 こちらも是非お願いしたいです。

 依頼も簡単なものから調整していきましょう」

 

 

 他のメンバーと合流し、依頼をチェックする。

 適当な物をいくつか見繕い、奇妙な依頼があることに気付いた。

 

 ――――――――――――――――――― 

 【依頼者】

 宿屋のマスター


 【依頼内容】

 エリーが仔猫を生みました。

 嫁がうるさいので仔猫の飼い主募集。

 離乳まではエリーが面倒を見ます。

 冒険者なら餌は討伐モンスター等でまかなえます。

 五名様まで

 ―――――――――――――――――――


「ベリアこれ――」

 

「!」

 

 

 引き払った宿屋へ後戻りであった。

 依頼じゃなくて募集じゃないか!という突っ込みは野暮である。

 アグムルの街はその性質上動物好きが多い。

 従属化すれば火力は期待出来なくとも囮にはなる。

 

 

「お? どうしたベリア。

 忘れもんかい?」

 

「おっちゃんギルドの掲示板!」

 

「ああ、エリーの仔を見に来たのか。

 冷やかしが多くてまだ五匹いるぞ」

 

 

 厨房の奥へ案内されると、空きの食材袋に藁を詰め込んだベッドにエリーと五匹の仔猫たちがいた。

 濃い茶褐色のキジトラ柄に、銀色の薄いサバトラ柄。

 靴下柄のある者とない者。

 

 五匹のバリエーションだけでわかる。

 エリーのお相手になった雄猫は一匹だけだろう。

 ベリア達と宿屋のマスターが知るキジトラ猫は一匹だけである。

 たま だ。

 

 ベリアが背嚢バックパックから、たてがみの毛房を取り出す。

 悲しい思い出に耐えるように握り締めうつむく。

 すると一匹の仔猫が敏感に反応しベリアに寄ってきた。

 ベリアに飛びついたかと思うと後に回り込み背嚢バックパックを伝い頭まで登る。

 

 

[ カリカリ カリカリ ]

 

「……」

 

「こりゃあ、完全に血ですね」

 

「やっぱりそうかのう。

 人間とは違うからわからんが、こいつらみんな’ててなし子’か」

 

「ぐすっ…うあああああん」

 

[ カリカリ カリカリ ] 

 

 

 泣き止まぬ子供の頭を撫でるかのように仔猫が爪を研ぐ。

 濃いキジトラ柄に足もとが真っ白な靴下柄。

 たま の忘れ形見かたみである。

 

 

_/_/_/_/_/

 

 勇者カスミは不可思議な感覚を覚えていた。


 失われた記憶を思い出したわけでもない。

 記憶は神さまに召喚されてからのものだけだ。

 それでいて最初から絶望が存在していた。


 その絶望が消え失せ、重い荷物を降ろしたような感覚。

 一方で何かを渇望する不安定さがある。

 かぶりを振り用意されたで手ぬぐいを濡らし顔を洗う。


 考えても仕方がない、自分は勇者だ。

 経験を積み少しでも力をつけ、強くならなければならない。

 身だしなみを整え部屋を引き払う。

 

 

「――ぐすっ…うあああああん」

 

 

 アックスヘッドのベリアの声がする。

 大陸中央の遠征では彼女等の助けのおかげで生きて戻ってこれた。

 同じ宿屋に泊まっていたのか。

 一階へ降りるとマスター達は厨房の方に集まっている。

 

 

「どうかされたのですか?」

 

「おお、すまないね。

 エリーの生んだ仔猫がベリアの飼ってた たま の忘れ形見らしくてな。

 まだ四匹貰い手を探してるんだ、勇者はどうだい?」

 

「いやボクは……」

 

 

 [ボクは猫が嫌い]そう言いかけた。

 何故だ? 本当に猫が嫌いなのか?

 そうじゃない、こんなに可愛い生き物を嫌いな訳はない。

 ならなぜ嫌いと言いかけた?

 

 

< ナーーーオ >

 

 

 急に宿屋のエリー、――母猫が大きく鳴いた。

 立ち上りまるで何かを訴えるようにボクを見つめている。

 

 

「ニー……ニー」

 

 かすれた声で一匹の仔猫が近づいてきた。

 小さくてふわふわで可愛らしい。

 しゃがんでそっと手を近づけるとぺろりと舐め、頭を何度も左右になすりつける。

 指先が目に当たらないかヒヤヒヤとする。


 そして気付いた。

 ボクの中の’何かを渇望する不安定さ’が消えている。

 カチリと運命が動き出す感覚があった。


 神さまが言っていた。

 ’ガーディアンナイト’の運命が対象を失った魂だと。

 主人あるじを失った魂が離れ、ボクの新たな運命が動き出したんだ。

 心の奥がじわりと暖かくなると同時に離れた魂の切なさを思う。

 

 ボクの中にいたもう一つのカスミ。

 さようなら。


 

_/_/_/_/_/

 

[くり返します。

 最寄りの指定避難施設へ向かって下さい。

 必ず複数人で行動し決して一人で外に出ないで下さい]

 

「何で避難所にヒグマが来るんだよ!」

「やばいぞ、何でもいい! 武器をさがせ!」

「なんてこった……ん? おい、かすみは?」

「え? さっきまでここに、かすみっ? どこー?」

 

 

 避難施設? 熊が出た時にも避難するの?

 なんてこった、これじゃあここで負けられないじゃないか。

 動け無いことはないが勝ちの目が見えない。

 叩きつけられた遊具はジャングルジムだった。

 

 

< ブグゴォオオオッ >

 

[ ドガーン ドガッ ギシ……ギシ…… ]


 

 トドメとばかりに突っ込んできた奴はジャングルジムに激突した。

 よく見れば幸か不幸か叩きつけられたのは中の方の支柱。

 逆に安全な檻の中にはいった感じだ。

 金属の立方体に突っ込み、奴は身動きが取れなくなっていた。

 

 

「たまーー死んじゃだめえええ」

 

 

 え? なんでご主人様かすみちゃんが外に出てきてんの?

 砂場から何か拾い上げてジャングルジムに入り込む。

 僕が血だらけで倒れているのを見てご主人様かすみちゃんの顔に一瞬ユウシャの無表情な顔が重なる。


 ジャングルジムを器用に伝って熊の頭に近づく。 

 手に持っているのは小さな園芸用こてシャベル

 身動きが取れないとはいえ全く動かないわけじゃない。

 あぶないよ。

 

 

「たま をいじめる悪い奴はやっつけないとなんだから!!」

 

[ ガツッ ガツッ ガツッ ガツッ ]

 

< ブゴオオオオ グオーン >

 

 

 柄のない園芸用こてシャベルとはいえ金属製である。

 見ればジャングルジムの金属棒に足をかけ全身を使って目に突き挿れている。

 うわご主人様ょぅじょっょぃ。

 砂遊びをするように熊の目を掘り下げていくとどうなるだろう?

 

 暴れることもなくなり全身が痙攣している。

 けど僕にはわかるんだ、お前狙ってるだろ。

 熊の腱が引き絞られてるのがなんとなくわかった。

 

 ここだ。

 

 

「ぅなーぉう」

 

[ ドガンッ ]

[ ドシュッ ]

 

 

 僕に向かって渾身の爪が振られる、が、ジャングルジム全体が斜めになる程度の衝撃を与えて終わった。

 ほぼ同じタイミングで園芸用こてシャベルが眼窩にはまって抜けなくなったご主人様かすみちゃん

 泣きべそ顔で僕を撫でようとするが自分の両手が熊の返り血で真っ赤になっていることに気付いたようだ。

 

 

「か、香澄? 大丈夫か?」

 

「大丈夫じゃないよう! 動物病院に たま 連れて行かなきゃ!」

  

 

 香澄パパが一人だけご主人様かすみちゃんを迎えに来た。

 ぐろくてすぷらったーな惨状に娘を助けにきた勇気は認めよう。

 こうして最終決戦の被害者は重体一匹で収まった。

 

―――――


 僕はなんとか生きている。

 動物病院に運ばれ、一命をとりとめた。

 翌日は熊ニュースが世界を騒がしたらしい。

 そりゃあ幼女無双だからなあ。

 

 サンアトスがどれだけ死神ぱわーを使ったかわからないけどこの世界の野生動物で熊より強い野生動物はあんまりいないと思う。

 もう一回やられたら勝てる気がしないけど多分大丈夫だろう。

  

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