第4章 第5話 釦の掛け違え

  イリグランデ王国、南の国境となる街「アグムル砦」

 今日も変わらずビシュマール王国からの商人たちが行き交う。

 

 

「ニ、ニャウ、ミャ」

 

「おや、変わった猫ですね……おお、ぞろぞろと」

 

「ああ、アグムルの砦には猫が結構いましてね。

 ゴミ漁りも多いですがタンビのグループは集団で狩りするんですわ。

 朝出かけて昼過ぎには獲物咥えて戻ってきます。

 ちょっとした名物になってますね」

 

「ニャー」「ミャ」「ウニャ」「ニャン」

 

 

 検問に並ぶ商人たちの横を猫集団が一鳴きして通り過ぎる。

 ある地点で輪を作り猫会議が始まったかと思うと一斉に走り出す。

 砦を囲む壁の外には大小の作農村さくのうそん酪農村らくのうそんが点在し大森林からのはぐれ獣害が絶えない。

 

 困り果てれば冒険者ギルドに駆逐して貰うが無論ただではない。

 危険な猛獣や群れでもなければ自分たちでなんとかする。

 だが戦闘経験もろくにない村人でははぐれ動物ですら危険もある。

 いつの頃からか、アグムル砦にいる猫の集団が村を通りはぐれの獣を狩っているのが何度も目撃されていた。

 

 

「はい、次のかた……アックスヘッド!

 生きて戻ってくるとは思わなかったぜ、勇者の依頼……魔王は?」

 

 

 門衛が勇者一行いっこうの生還に驚く。

 魔王国への勇者遠征である、戻ってきているがその雰囲気は暗い。

 依頼の結末を勇者に訪ねる。

 


「討伐に行ったわけではありません……。

 ですが500年は人間の国への侵攻は無いでしょう」

 

 

 すっかり魔王討伐と勘違いされて苦笑する。

 魔王は侵攻する意思もなければ人間への興味も無い。

 [冥神と分体の影を殲滅する]

 という神魔共通の問題解決だったのだ。

 

 

「本当か、そりゃあ吉報だな! 早速報告上げないと」

 

 

 冒険者ギルドで報告の手続きをすませる。

 依頼者が勇者自身であるので支払いも手続きも早い。

 いつもの様に仕事上がりに打ち上げと言う名の深酒。

 だが今回ばかりは盛り上がる事はなかった。

 

 

「ベリア……大事な話がある。

 俺、アックスヘッド抜けるわ」

 

「ん、わかった。

 いいよ」

 

「……」

 

 

 少人数パーティーとはいえこの面子めんつでこなした依頼は数多い。

 ギルド内での勇名もそれなりだ。

 ましてやロッタンは事ある事にベリアと肉体関係を持っている。

 なのにアッサリしたものであった。

 

 

「命懸けの冒険者が怖くなりましたか?」

 

「それもある……が、違う人生もあると思ってな」

 

「うん、開拓村に住みたいとか言ってたしね」

 

 

 シェギには心当たりがあった。

 ベリアには[リーダー]というより[人たらし]の才能がある。

 シェギもロッタンもベリアの人柄に巻き込まれ乗せられていた。

 どこの村娘よりも娼婦よりも美人で身近で奔放な仲間。

 

 そのえん――というより惰性が、神さま降臨により途切れたのだ。

 神さまは口を借りただけかもしれないが、ベリアの美貌で触れ難いおそれと威厳、高潔さはアックスヘッドにとって猛毒だった。

 

 夜、いつものように宿で一人部屋を三つ借りる。

 実質二部屋しか使われないのであるが。

 シェギの部屋にベリアが訪ねて来ていた。

 

 

「最後の夜かもしれませんのに、いいのですか?」

 

「だからよ。 ……シェギは抜けないの?」

 

「追い出されるまで付いていきますよ」

 

 

 シェギは同じ人間族でありながら、小人である。

 アックスヘッドに誘われるまでは蔑まれ侮られる人生だった。

 今では仲間として頼られている、悩むまでも無い。

 

 ベリアがうずくまりシェギを抱きしめながら泣いていた。

 

 

_/_/_/_/_/

 

「クマって怖いの?

 おまわりさんがバーンってやっつけちゃえばいいのに」

 

「お巡りさんは悪い人を捕まえるのが仕事なの。

 クマは人じゃないし、ごはんを食べるのは悪くないでしょ?」

 

「おいおい、人襲って食ってるから悪くないって事はないだろ。

 まあ、狩りは警察の仕事じゃないから得意じゃないんだ」

 

「あなた、あそこってあの山よね……逃げた方がいいんじゃない?」

 

三毛別羆事件さんけべつひぐまじけんもあるしな……車で実家に避難するならそっちのが安全かもしれん」

 

 

 ヤバい、ヤバいヤバいヤバい!

 あいつの標的は僕だ。

 桐切きりき家の人たちが襲われないよううまく誘導しないと大変な事になっちゃう。

 

 

[ ズガーン ドガッ ドガッ ガァン ]

 

< グゴォオオオッ ガーッ >

 

「きゃああああ! なに!?」

 

「あ、あなたー! 香澄っこっち来なさい!」

 

「くそっ冗談だろ……車庫にいる」

 

 

 僕は慌てて猫ドアから外に出る。

 車庫の所に行くと、さっきテレビで見たばかりのヒグマがいた。

 人間ヒトよりもはるかにでかい。

 パパさんの車が体当たりだけでベコベコにされていた。 


 黒く厚い毛とずんぐりとしていて筋肉が全身を覆っている。

 クー・シーたちに襲いかかった鳥を思い出す。

 厚い羽毛で覆われ、筋肉に阻まれれば猫の爪では傷を与えらることすら出来ない。

 鳥と違い、背後を取っても転がられれば体重でぺしゃんこだ。

 

 

『勝てっこ無い、勝てっこ無いけど戦うか戦わないかだ!』

 

< グガアアアアアーッ >

 

 

 相手の前足に気をつけながら左右に回り込み間合いを探る。

 暴風のような熊パンチを回避すると勢いあまって金属で出来た車庫の入り口にあたり入り口の方がひしゃげる。

 なんて威力だ。

 とにかく香澄ちゃん家ぼくのなわばりから引き離さないと!

 

 うっかり屋さんか野次馬か、人影がちらほら見える。

 人間ヒトには目もくれず僕を狙う――やはり中身はサンアトスだ。


 後ろを取れたので試しに背中の首根っこに飛びつき爪を思いっ切りお見舞いする。

 やはり硬い毛が絡まりぶら下がれても皮膚にすら届かない。

 首ですら太くて牙を打ち込む為に噛み付くことも出来ない。

 

 どう戦えばいい?

 

 目は潰して耳はかじれそう。

 ――背中から襲う事になり頭の形から見て前足の爪が簡単に届く。

 

 尖った金属の建物にぶつける?

 ――そんな都合よい物はない、塀の泥棒よけじゃ毛すら貫けない


 溝に落っことす?

 ――近くの橋なら……でも倒せるとは思えない 


 道路に誘導してトラックに轢かせる?

 ――運転手も避けるだろうしサンアトスも回避するだろう


 何かに絡ませて身動き取れなくする?

 ――これなら行けるかな? やるなら鎖、ブランコとか

 

 

 爪攻撃や体当たりをかわしたり逃げたりしながらクマのあしらい方は大体わかってきた。

 四つ足だとのろまじゃないが重い身体は逃げ回る小動物を追うのに向いていない。

 爪攻撃は四つ足だと上体を持ち上げる必要があり出すのが少し遅れる。

 ご主人様かすみちゃんと遊んだことのある公園に誘導する。

 

 

< ぅなーぉう >

 

< グォガアアアアアッ >

 


 あおり方もわかってきた、こう鳴くと奴はぶち切れる。

 サンアトスは神さまの仲間のくせに頭が悪くあおられてるのに気づかない。

 よーし着いたぞ、鎖の繋がる支柱に飛び乗り再びあおる。

 鎖を引きちぎる勢いで突っ込んできて、ちょうど絡まる辺りで支柱に向かって背伸びをして爪で攻撃しようと暴れる。

 

 計画通り。

 ブランコの鎖は鉄の輪がつながっているというよりは短い鉄棒をつなげたものだ。

 しなやかさに欠けるから絡まると内側は強く締め付けられる。

 ほら、自分から絡みついて動けなくなった。

 身動きの取れない位置へ飛び降り、目をひっかき潰す。

 

 

< ウオォオオウ ウオォオオウ >

 

[ バキバキバキ チャリチャリ ]

 

 

 火事場のなんとやら、大暴れしだし木の座板が割れ弾ける。

 その結果ブランコの鎖がからまりがほどけてしまう。

 ヤバい! 視界は潰したけど匂いで追ってくる。

 高所を移動すればそうそう攻撃されないけど追いつかれるとやたらめったら引っ掻いて大暴れする。

 

 ブロック塀や電柱をなぎ倒しながら追ってくる。

 逃げながらでも別の方法を探さないと。

 熊を何とかできそうな建築物は無いだろうか。


 工事現場?

 ――近くに工事現場はない。

 

 とかどうかな、遊具だとやっぱり公園か幼稚園か。

 幼稚園――か。

 このあたりは幼稚園がいくつかある、近くだと――あそこだ!

 熊の騒ぎで人通りは少ない、まっすぐ幼稚園に向かう。

 

 もちろん熊騒ぎで休みに決まってる。

 あれ? 人がいる? そんなバカな……何で家にいたご主人様かすみちゃんがここに?

 

 

< ゴガアアアアアアッ > 

 

 

 一瞬の迷いが最悪の結果に繋がる。

 

 止まった標的を嗅ぎ分け、丸太のような前足で殴り飛ばされる。

 のれんにうでおしという訳にはいかない。

 爪で肉は裂け、幼稚園の遊具に叩きつけられた――

 

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