第4章 第4話 失われた日常

 勇者たちがベリアに神さまが降臨したと言っている――


 ロッタンとシェギは状況について行けず呆然とするしかなかった。

 不死の英雄が現れ、死に、蘇生され、魔王が現れ、神が降臨する。

 どうでもいい、どうでもいいが――ベリアがいつもと違う。

 

 アックスヘッドはみな死の覚悟ぐらいはしている。

 鉄等級の分際で魔王へカチコミをかける依頼である。

 ベリアとともに行動しているとそれも有りかと思えていた。


 能天気に敵中へ突っ込み暴れまくるリーダー。

 戦闘以外は自分達に頼り切り、その気なら夜も受け止めてくれる。

 だが、そのベリアが豹変したのである。

 女性らしく、毅然として、聡明で、何より美しかった。

 

 美人なのは元からだが、中身が違い過ぎてもはや別人である。

 [一蓮托生]の絆が崩れ、畏怖いふ驚嘆きょうたんが押し寄せてきていた。

 


「まず、死神サンアトスの魂をなんとかしなければなりません」

 

「ペショペショになるまでぶん殴って、ガチガチに封印しちまうじゃあかんのか?」

 

「それじゃ魔王の鬱憤晴らしにしかなりません」

 

「サンアトスは東でも影を使って魂を喰いまくってました!」

 

「恐らく南北も同じだろう、だからこそ困っていた訳だが……。

 西の勇者のおかげで影が集まったはいいが闇が濃すぎるのか」

 

「封印だけでは解けるまで待てば同じこと。

 サンアトスの罪科であるを何とかしなければなりません。

 それには途方もない時間が必要です」

 

「何でえ時間か。

 魔王城の地下に幽閉して500年ほど拷問させるじゃあかんのか?」

 

「そんな事ができるのですか? できるならそれが一番ですが」

 

「せっかくアーリーンっていう肉体に入ってるしな。

 魂喰われては死者を操れぬ、ネクロマンサー共には死神は仇敵なんだよ。

 拷問させてやりゃあ何年でもいい娯楽にならぁな」

 

「決まりですね! 500年拷問!」

 

「ふざけるな! この手を離せ!」

 

[ ドスッ バキッ ボグゥ ]


「で、だ。 その間は勇者共を抑えていてくれるんだろうな?

 穢れちまった部下どもを整理する必要もある」

 

「いいでしょう、期限は500年。

 ミソロジーは500年で再び動き出します――」

 

 

 ベリアが気を失ったように沈み込み、慌ててシェギが支える。

 魔王が大声で笑い、東の勇者たちが魔法門を開きイワオたちが地響きを立てながら山へ帰っていく。

 残されたのは勇者カスミとアックスヘッドたち。

 そしてゴブリン、オーク、ミノス、エルフと幻獣たま の死体だった。

 

 

「皆さん……依頼は終わりました。

 帰りましょうか」

 

 

 たま の遺体はたてがみの毛を一房ベリアの為に取り埋葬する。

 一行は帰路につくが、漂っているのは達成感よりも喪失感だった。

 身体強化も使わずとぼとぼと来た道を戻る。

 来る時はあっという間だったが、戻る道は果てしなく遠い。

 

 ドワーフの精霊窟へ辿り着く前に、日が暮れる。

 影の追跡者も魔王の眷属も襲っては来ない。

 仕方なく森の切れ目で焚き火を起こし夜明かしすることになった。

 

 

「……」「……」「……」

 

「なあ、勇……カスミちゃん。

 ミソロジーってなんなんだ?」

 

「神さまの管理する運命のことわりにある神話のことです。

 その神話で語られる代表格がボクたち勇者なのです。

 覇権主義の魔王初代が暴れたことで魔族もミソロジーに組みこまれています」

 

「……」「……」「……」「……」

 

「あたし……神さまに身体貸してるとき、たま の魂はこの世界の魂じゃなくって元の世界に戻ったって聞いた。

 元気でやってるといいなあ、――ひっ……うわあああああん」

 

 

_/_/_/_/_/

 

 目を覚ますとご主人様かすみちゃんの家だった。



「くぁあああ、にゃむ」

 


 そうだった、帰ってきたんだっけ。

 最初にあっちに行くことになった危機は何とか回避できた。

 でもかみさまに教えてもらった死神はまだ僕を狙ってるんだよね?

 

 前足の爪を出し入れしてお掃除する。

 かみさまに貰った能力は失ったのかも知れないけど学んだ戦い方は知識として持ったままだ。

 よほどの事がないかぎり負ける気がしない。

 

 ごはんでもたべるか。

 ん? カリカリ出てないな……。

 ご主人様かすみちゃんのところへ行くがまだ寝てる。

 んー……ん?

 

 家の中をウロウロしてるとベランダがうっすら開いていた。

 なんとかスライドして通れるぐらい開ける。

 ふむふむ、庭の木が近いな。


 ベランダの柵に登り、木の枝に飛び移る。

 降りる、一旦戻るために登り柵に飛び乗る、家に帰る。


 

(すぐ戻れば大丈夫だよね?)

 

 

―――――

 

「ただいまー、はー重い重い。

 香澄ー! まだ寝てるなら起きて朝ご飯のお手伝いしてー!」

 

「はぁい……きゃああああ!」

 

「えっなに? ベランダ? きゃああああ!」

 

 

 やっぱり人間ヒトは猫の獲物を見ると同じ反応するなあ。

 これでも蜥蜴とかげは全部食っちゃったし蛇だけなのに。

 こっちだと蛇も怖がるのかあ。

 

 

「はははは、猫あるあるだなあ」

 

「あなた、笑い事じゃないわよ。

 ベランダに血の跡と羽毛があったから小鳥も狩ったんだわ」

 

「実家の母さんの所でもよくあるぞ。

 元は外猫だし閉じ込めるのもなあ、出入り出来るようにするか?」

 

「いいけど……はぁ、ご近所さんに話通しておかないとだわ」

 

「よし! じゃあ猫ドア買ってくるか! 工事しなくていいやつ」

 

 

 おお、出入り自由になりそう!

 パパさんとママさんに媚びを売っておこう。

 あ、ご主人様かすみちゃんも脅かしちゃったから仲直りしないと。

 

 

―――――

 

「なう~」

 

 

 散歩から帰ってきてただいまの挨拶をする。

 カリカリご飯を食べに行くとみんなが集まってテレビをみていた。

 テーブルのご飯に手もつけず、どうしたんだろう?

 明るい桐切きりき家にしては重苦しい雰囲気が漂っている。

 

 

[次のニュース速報です。二人目の犠牲者が出ましたっ!

 猟友会では人肉を覚えた危険な熊と断定。

 警戒を呼びかけています。 くり返します――]

 

 

 テレビには上空から撮ったヒグマの映像が流れていた。

 黒い影がまとわりついた不愉快な熊だった。

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