君と僕の遺書

くらしな

前略

「遺書の書き方、教えてくれないかな?」


 7年ぶりの再会だが、君は「久しぶり」「元気にしてた」とは言わなかった。長く伸びた茶髪に、最低限の化粧をした君はあの頃と変わらない穏やかそうな顔をしている。イショ、遺書と言ったか。どういう意味かと尋ねると、言葉通りの意味だと言う。


「キミはそういうの得意でしょ?なんか昔から変な文章書いてたし。ほら、中学の頃には全国模試の国語で県内1位だったでしょ。」


 そんな昔のこと、とっくに忘れた。君と同じ高校に入ったのだから、その後の成績がどうだったかなんて察しがついているだろう。とは言っても、君は1年の冬頃には学校に来なくなってしまった。3年生からは登校してきたし、志望大学にも難無く合格していたか。

 それにしても、僕にわざわざ会いに来た理由が分からない。君とは腐れ縁だったが、特に親しい仲じゃなかった。小・中・高、同じ学校だったけど、君の家族の事も交友関係も趣味もよく知らない。そんな僕に自殺するつもりだ、というようなことを相談されても困る。いや、赤の他人だからこそ話せるのか。


「キミだからだよ。キミなら無責任に『自殺なんてやめなさい!』とか、『生きてればいいことあるって!』とか言わないでしょ。それに、私が書きたいのはちょっと特殊なんだ。」


 家族や友人、恋人に向けた遺書では無い。そもそも死にたい理由があり過ぎて、1人では上手くまとめられないのだと、君は溜息をついた。そこまで悩んでいるようには見えなかったし、もっと適切な相談相手が君にはいるはずだ。だが、君が敢えて僕に話すことを決めたのなら、話を聞くくらいはするべきだろう。まずは聞かせて欲しい、遺書を遺そうと思ったきっかけを。


「今さ、私休職中なんだ。適応障害ってやつ。高校の時もいじめでパニック障害になって不登校になってたけど、それが先輩社員のせいで悪化したって感じ。高校の時のは知ってるでしょ?ほら、学年主任に呼び出されて、2時間会議室で自主退学迫られた事件。親が乗り込んで大騒ぎだったし。」


 高校1年の冬、年明けくらいだったか。君は電車に乗ることが出来なくなって、通学出来なくなったんだっけ。乗り換えの駅で貧血やら吐き気で動けなくなって、駅員室で休ませてもらったこともあるらしい。そのきっかけが、君の数少ない友人からの暴言だったことは風の噂で聞いた。その噂の発信源は、転んでもただでは起きない君だということも知っている。


「まぁ、高校の話は置いといてだね。入職3ヶ月後にはそんな状態だったわけよ。高学歴の割に、後輩を育てるのが絶望的に向いてない男が教育係でね。右も左も分からない、簿記すら知らない新人に「やって覚えろ」って指示して放置されてさ。怒られるようなミスはしてないけど、どうも圧が酷くて。他部署の同期は先輩に付いて仕事教わってるのに、私は質問しただけで嫌な顔されるし。」


 君は昔から馬鹿が付くほど真面目だったからね。他人からの評価がそのまま自己評価になりやすいことを自覚して、誰よりも熱心に取り組む人だった。その性格はそう変わるものじゃない。周りに迷惑かけないように、でも嫌な顔をする先輩の顔色を伺って、と繰り返していたら疲弊していくのも分かる。社会人としての当たり前を超えて、気を遣ってしまったのだろう。


「23時には寝て、7時に起きる生活してたのよ。でも全然寝た気がしなくて、その内1時間おきに目が覚めるようになって。・・・とうとう職場で気絶するみたいに寝ちゃって、派遣の人に起こされたんだよね。で、過呼吸でぶっ倒れた。休職決めたきっかけは、その先輩社員と係長に「仕事の打ち合わせ」って騙されて、会議室で倒れた事責められてね。「精神疾患だか何だか知らないけど、治す努力してんのか?」って言われて、その場で過呼吸でぶっ倒れた。心療内科に7年以上も通って、通院も服薬も欠かさずにやってきてるのに、これ以上何を努力しろと?って思ったら、限界だったわ。」


 何の仕事してたっけ、と聞いたら、自分の通っている大学の事務だという。親からはフリーターでいいと言われていたが、記念にとエントリーして合格したらしい。まともな就活も面接練習も一切せずに受かった反面、もっと他の企業も受けておきたかったと後悔しているそうだ。今からでも遅くはないと思うが、他人と話そうとすると喉の奥が締め付けられて声が出なくなってしまうそうで。電話ですら厳しい状況では、再就職を考えるにも難しいのだと言う。


「今も眠れない日が多いよ。職場でのあの日が何度も何度も夢に出てきて、その度にトイレに駆け込んで胃液吐いて・・・って、汚くてごめんね。」


 気にしなくていい、と首を振って、体は大丈夫なのかと聞いてみた。元々小柄な君だったが、前よりもっと細くなった気がする。数キロしか減ってない、と笑っているが、笑い事じゃない。一人暮らしでもちゃんと自炊はしているそうだから、ただ単に体が食べ物を受け付けないのだろう。これ以上生きることを拒むように。


「高校の時はまだ親友も、彼氏もいたから踏みとどまってたけど・・・今の私には誰もいないから、死のうかなと思って。」

「だから僕に遺書の書き方を?」

「遺書と言うか、自伝と言うか・・・。特定の人に向けた言葉じゃなくて、自分の生きてきた出来事の積み重ねで、今死にたい自分がここにいるからさ。キミならうまく文章に出来るでしょ?」


 詳しくはまた今度話すから、と言って彼女は笑顔で去っていった。まだ手伝うとも、やらないとも言っていないのに、彼女は僕に対してだけ遠慮が無い。気を許しているのだと分かっているから、嫌な気分にはならないが、その図々しさを他人にも発揮していいと思う。

 彼女が遺書を書きたいと聞いて、僕は妙に納得していた。直接自分の思いを伝えるのが苦手な僕は、文字で自分を著したい彼女の気持ちが理解出来る気がした。それが例え自殺に向けた準備の1つだったとしても、それが終わるまでは彼女は死なない。ひょっとしたら自分の過去を僕と振り返る中で、死ぬことをやめる可能性だってある。万に一つ、といった確率だが。僕だって物書きの端くれだ。君の人生の物語を、最高の遺書として書ききってあげようと思う。

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