不便な家にいっぱいの思い出

結葉 天樹

ちょっと昔の思い出

 うちには古い物が多かった。


 別にうちの両親はレトロな品を愛用していたり購入していたりするわけじゃないのだが、とにかく物持ちがいいのだ。

 物置には父親の工具がいっぱい。我が家の家具の大半はここから生みだされている。この工具箱に新品の物があったのは釘ぐらいしか覚えがない。

 風呂は水を溜め、つまみをひねってガスで沸かすタイプ。台所には底が真っ黒になった鍋に、使い続けて中に白い線が入ってしまっているポットに、私が小学生の頃から使っているトースター。いったい何年前の商品なのかわからない物が山とある。

 さすがにテレビは新しい物だけど、元々ブラウン管テレビが置かれていた台に載せられているのでミスマッチ感が凄い。自分のテレビが液晶モニターのものに変わった日はよく覚えている。あまりにもモニターが薄くてぐらぐら揺れる不安定さが怖かった。

 テレビ台の中には録画機能が壊れたビデオデッキと、ぎっしり詰まったVHSのビデオテープがあった。オーディオも親からもらったもので、二つ入るカセットテープの差込口はもう開く機会もない。


「ねえ、何で新しいの買わないの?」


 ある冬の日、内部が赤外線で真っ赤になったこたつに入っていた私は母親にそう聞いてみた。エアコンなんてものは小さい頃から家で使ったことがない。だから部屋を暖めているのは石油ストーブだ。


「それはね――」


 母親が言おうとした矢先、「ピイイイイイッ」と笛が鳴るような音を立ててヤカンが沸騰を告げる。今は慣れたので驚きもしないが音の大きさに話を遮られたような気がして私はイラっと来てしまう。父親はストーブの上に置いてあったそれを持ち上げて、空っぽだったポットにお湯を移し、寒い廊下の先にある台所で水を入れてまたストーブの上に乗せた。くっついた水滴が高温で温められて一瞬で蒸発する音は何度聞いただろう。


「ええっと、何の話をしようとしていたんだっけ……ああ、そうそう」


 模様のない、茶色い急須に茶葉を入れ、沸いたばかりのお湯を注ぎながら母親はおもむろに話し始めた。


「まだ使えるんだから買い替えなくてもいいじゃない」

「でも新しいものの方が便利じゃん。いろんな機能がついてるし」


 携帯電話を見せて私は言う。買った当時は最新機種だったけど、次々と新機能が付いた機種がリリースされるお陰で今じゃ型落ちだ。


「お前、そのお金払ってるの誰だと思ってるんだ」

「う……」


 父親が呆れた笑いを浮かべる。怒ってはいないけど、軽く叱られた気分だ。


「だって、容量食うから接続できないサイトとか多いし……私のじゃ使えないアプリもあるし」


 こんな家で育ったので、初めて買ってもらった携帯電話は大切に使った。だから買って二年たった今でも本体はもちろん、ディスプレイにも傷一つない。通信機器としての機能を使うだけなら文句のつけようはなかった。

 別に絶対に機種変をしたいわけじゃない。家電も使い慣れているので必ず変えなくちゃいけないわけでもない。でも友達の家に遊びに行くと私の知らない物があふれている。私の家にある物よりもパワーアップした家電がそこにある。そこに羨ましさを感じてしまうのだ。


「お父さんたちは古い時代の大人だからなあ、使い慣れた物の方が落ち着くんだ」

「今はどんどん新しいのが出てきて使いこなすのも大変なのよね」


 そして「それにね」と母親が一言加えた。


「このヤカンだけど、私が嫁入りの時に持って来たものなの。これまでずっと使い続けたものだから、これを使った時にはこれまでのいろんなことを思い出すのよ」

「いろんなこと?」

「今みたいにお茶を入れながら話をしたことをね。ふとしたきっかけで思い出すのよ」


 私の前に緑茶がいっぱいに注がれた湯飲みが差し出される。まだ熱いので受け取るだけだ。


「お風呂を沸かす時もそう。水を溜めて、沸かしてで時間はかかるけど手間がかかった分色々と考えたり思い出したりする時間は手に入るの」

「思い入れは使い続けてきた時間の分だけ強くなるからなあ。便利不便の話じゃないんだよ」

「ふーん」


 ちょっとわかる。思い出の品って誰かにとって価値がなくてもその人にとっては大切なものだ。私も友達からもらった手作りのものは既製品と比ベられない価値がある。


「でも、ケータイぐらいは新しいのにしたいー!」

「あっはっは、それはさすがに不便だもんな!」


 お茶をふーふー冷ましながら愚痴る私に、両親はそう言って微笑んでいた。


 ――まあ、そんな時が昔あったわけだけど。


「お風呂沸いたわよー!」

「えー、今お茶淹れたばかりなのに」


 お湯が沸いたことをアラームで知り、私は息子に声をかける。熱湯をポットから急須に注いでいた息子は慌ててお茶を覚まそうと息を吹きかける。


「冷めちゃうから早く入りなさい」

「後でボタン押せば沸かし直せるじゃん」

「その電気代、誰が出してると思ってんの」


 なんだか昔と変わらないやり取りを私は立場を替えてやっている。あの時と違って私の周りはたくさんの物であふれているけど、今も変わらずに使っているものがある。


「一人じゃ飲みきれないし、お母さんもお茶いる?」

「それじゃ、湯飲みに入れといて」


 急須からお茶が注がれている湯飲みはあの日も使っていた物だ。今になるとあの日の両親が言っていた言葉もようやくわかって来た。

 物を通して私は過去を思い出す。ボタン一つで簡単になった作業は便利でも記憶に残りにくい。いつか、この子が独り立ちする時は私と過ごした思い出もこの家から持って行ってくれたら嬉しい。


「あ、そうだお母さん、こんど新しいスマホ買ってよ」

「何これ、画面割れちゃってるじゃない」


 だから、もうちょっと物は長く使って欲しいって思う。

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不便な家にいっぱいの思い出 結葉 天樹 @fujimiyaitsuki

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