第189話我が覇道をその目で

 


「ご報告致します。先日、蛇黒騎士団が遊王軍団に敗北したとの事です」

「そうか。スレインめ、画策していたようだが失敗してしまったようだな。策士策に溺れるとは、笑わせてくれるではないか」


 魔界の地上から遥か上空。

 そこに、一隻の超巨大な飛空艇が飛んでいた。ただの飛空艇ではなく、魔導兵器が大量に備えられている軍事飛空艇である。その名は『オベリスク』。


 オベリスクには帝国軍兵が約五万人が乗員しており、その行く先は魔王軍が本拠地、魔王城を目指していた。

 魔王アルスレイアとの決戦のため、帝王率いる白鷹騎士団が向かっているのである。


 厳かに玉座に座っている帝王は、騎士団を総括する総団長のノヴァルに尋ねる。


「魔王城までは後どれくらいだ?」

「あと半日程かと。明日の正午には開戦と思われます」

「そうか。余がこの魔界を手に入れるまで、一日という事だな?」

「その通りでございます」


 ノヴァルが肯定すると、帝王は上機嫌にワインを口にする。

 すると、一人の女性が帝王の眼前に現れた。

 突然、唐突に、忽然と。

 全く気配を表に出すことなく、最初からその場にいたかのように。

 その女性は現れたのだ。


「少しいいかしら、帝王様」

「ヴィクトリア……貴様何度言ったら分かるのだ。帝王様の御前で頭が高いぞ。今度こそ殺してやろうか」

「あら恐い。どうしましょう帝王様、このままではワタシ、ノヴァルに殺されてしまうわ」


 女性――ヴィクトリアが妖艶な雰囲気を漂わせながら困った風に尋ねると、帝王は信頼する部下にこう告げる。


「よい、構うな」

「ですが帝王様ッ」

「下がれノヴァル。明日の戦の準備を整えよ」

「しかしッ」

「余は……二度は言わんぞ」


 重厚な声音を投げられ、ノヴァルは口を閉ざしてしまう。

 言葉を放たれただけで、身体が恐怖に包まれて身動きが出来なくなってしまう。凄まじい王気を当てられ、ノヴァルは生きた心地がしなかった。


「失礼致しました」


 それだけ言って、ノヴァルは踵を返して去っていく。

 彼の背中を眺めながら、「あーあ」とヴィクトリアが嗤うと、


「そこまで脅さなくてもいいのに。可哀想なお犬さんみたいになっちゃったわよ」

「誰の所為だと思っている。奴は貴様を信用しておらんから余に食い下がってきたのだ。それで、何の用だ」

「あら?用がなければアナタに会いに来てはダメなのかしら?」


 口が弧を描く。

 誰もが溺れそうになる美しい笑顔だが、帝王には深海に潜む怪物のように見えた。


「その薄汚い顔をもう一度してみろ。貴様の首を刎ね飛ばしてやる」

「あら~、やっぱり貴方にはワタシの“魅了”が効かないみたいね。残念だわ~、極上の快楽を味合わせてアゲルのに」

「貴様程度の能力が余に通じると思うな。“色欲の魔女”」


 帝王がそう口にした瞬間、ヴィクトリアは悍ましい笑顔を浮かべた。

 いや、それは果たして笑顔と呼べるものなのかは定かではない。


「冗談はこれくらいにしておくわ。今更だけど帝王様、明日が決戦なようだけど、魔王に勝てる自信はあるのかしら?」

「愚門だな。逆に問うが、貴様は余が負けると思うのか?」

「傲慢なところ悪いけど、魔王は七つの大罪の中でも最団武力を有する『憤怒』のスキル者よ。絶対ではないと思うけど」

「確かに魔王は余と貴様と同様【共存】スキル者だ。だが、余が敗北する未来は訪れない。何故なら余こそが唯一無二の“王”だからだ」


 なんの憂いもなく淡々と言いのける帝王に、ヴィクトリアは愉しそうに微笑む。


「流石傲慢の魔王に選ばれただけはあるわね。愉しみにしているわ」

「貴様にも働いてもらうぞ。色欲」

「勿論、分かってるわ」


 そう告げると、ヴィクトリアはその場を後にする。


 一人になった帝王ガリウス三世が魔界の空を眺めていると、いつの間にか彼の眼前に黒い獅子が横に伏せていた。


『フン、やはり色欲は気に入らんな。何故奴を側に置いておくのだ。あの女は破滅を呼び込む魔王ぞ』

「承知の上だ、ルシファー」


 黒い獅子の正体は、七つの大罪スキルの『傲慢』を司るルシファーだった。

 問題ないと告げる宿主に、ルシファーは警戒を怠るなと注意を促す。


「奴とは一時的な協力関係にある。王国を喰らったら奴には消えてもらう」

『フン、ならばよい。だが、奴の前では一瞬でも気を緩めるな。その瞬間に喰われるのはガリウス、貴様の方だぞ』

「余が、貴様と出会ってから気を緩めた瞬間など一度もあったか?」


 そう問うと、傲慢の魔王は『ナイな』と目を瞑った。

 ガリウスは足を組み、その身から王気を零れさせながら、


「ようやく此処まできた。魔王を殺し、魔界を手中に収める。その次はアウローラ王国を滅ぼし、国王を殺す。神王になるのは、余である」





 ◇




 魔界の中心に聳え立つ魔王城。

 漆黒の居城、その玉座に座するアルスレイアの前に、一人の魔族が現れる。


「ご報告致します。遊王軍団と蛇黒騎士団との戦いは、遊王軍団が勝利致しました」

「ほう、流石アラベドだな」

「それなのですが……情報によると、ザラザード様並びに妖王軍団が魔王軍を裏切り、アラベド様は瀕死の状態まで陥り、敗北寸前だったそうです」

「あの老害め、この土壇場で裏切ったのか。では何故アラベドが勝ったのだ?」

「キング様の後任にあたる新獣王……アキラと名乗る人間の救援により、形勢を逆転したとの報告です」

「ハッハッハ!!そうかそうか、またアキラに助けられたのか!リミの件、獣王軍団の件、今回の件、彼奴には助けられてばかりだな!!」


 魔王アルスレイアは高らかに笑い声を上げる。

 獣王になったばかりの晃が、遊王軍団を救い早速手柄を上げた。やはり彼は予想外の存在だ。


 魔王の副官であるゾーマは、訝し気に問いかける。


「魔王様は、その人間をご存知なのですか?」

「ああ、知っているとも。もう二度会っている」

「そうでしたか。ワタシは正直、そんな人間がいるという事実が信じられません。魔界に突然現れ、魔王様の権限なく獣王に着任した人間。これまで報告に上がった戦歴を見ても、異常という他ありません。何かの冗談ではないかと思っています」


 ゾーマの意見に、アルスレイアは可笑しそうに笑うと、


「異常か……確かにお前の言う通り、アイツは何もかも規格外だ。だが奴は実在するし、アキラの力で魔王軍が救われているのも事実だ」

「そうですね。彼の力が無ければ、獣王軍団も遊王軍団も壊滅し魔王軍は大打撃を受けていたことでしょう」


 突然魔界に現れた人間、影山晃。

 エルフの里に、獣王軍団、そして遊王軍団。

 多くの同胞を救われた。

 どうして人間の彼が魔族の味方になったかは分からない。

 だか彼なくば帝国軍との戦いは非常に厳しい展開になっていただろう。


「この戦いが終わったら、奴には褒美をやらんとな」

「この戦いに勝てば、褒美を与えるのも宜しいかと。まずは目の前の敵です」

「来たか」


 ゾーマは「はい」と首肯すると、


「魔界の上空に巨大な飛空挺を発見致しました。恐らく船には帝王が乗っているかと」

「帝王自ら我の首を取るつもりか。ハハハ、面白い!受けて立ってやろう」

「開戦は明日の正午と思われます」

「分かった。迎え撃つ準備を整えろ、兵士の士気を上げるのだ」

「承知致しました」


 魔王の命令に、副官は踵を返してこの場を後にする。


 部屋に誰も居なくなると、アルスレイアの背後に大きな竜の影が現れた。


『ついに来るか、戦いの時が』

「ああ。いにしえの伝承にある、七つの大罪が一同に集まり、神王を目指す大戦。“選定の時代”の幕が上がったのだ」

『その初戦が傲慢ルシファーを宿す帝王とはな』

「厳しい戦いである事は百も承知。だが我は、父バロムの大望を果たすため、絶対に負けられん」


 険しい表情を浮かべるアルスレイアが覚悟を宿した言葉を放つと、竜の影――七つの大罪スキル、『憤怒』の魔王サタンは喜色の声を発した。


『その意気や良し。流石、我が認めし真の王だ。案ずるな、お前に勝てる者などこの世にはいない』

「当たり前だ。くぞサタン、我が覇道をその眼で見届けよ」


『憤怒』の魔王を宿す魔王アルスレイア。

『傲慢』の魔王を宿す帝王ガリウス3世。


 二つの巨星が今、あいまみえようとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Beelzebub~外れスキル【共存】のせいでボッチになったけど暴食の魔王に寄生されてヤンデレハーレムになった件~ モンチ02 @makoto007

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ