ねえ、頂戴?

葉月

第1話

怖い。それだけが恭子の心の中を占めていた。


時刻は二十三時を回っている。アルバイト終わりにしつこく誘ってくる同僚と食事をしていたら、こんな時間になってしまったのだ。同僚の女性とは帰路が逆方向であったし、男性ならまだしも同性にわざわざ家まで送り届けさせる訳にはいなかった。


だが、無理を言ってでもそうしてもらうべきだったと、恭子は深く後悔した。家族に迎えに来てもらいたかったが、ちょうど今日携帯をなくしたばかりだった。


最近恭子の身の回りで奇妙な事が起こっていた。


最初に異変に気付いたのは、持ち物の紛失がきっかけだった。職場のロッカーに閉まっていたポーチから口紅がなくなっていたのだ。それなりに高価なものであったし、恭子は整ったルックスから敵も多かった。盗難か嫌がらせだろうと思い、ロッカーに鍵を付けるだけで片付けてしまった。どうせ半年前に別れた恋人からのプレゼントだったし、これで思いを吹っ切ろうと思ったのだ。


だが、異変はどんどんと広がる。


鍵を掛けたはずのロッカーから物がなくなるのは日常となった。明らかに中を探られているのに、ナンバー式の鍵は恭子が施錠した時と変わらない組み合わせでそこにある。流石にぞっとして、何種類もの鍵を同時に使った。だが被害は相変わらず続いた。


店側に訴えたがロクに対策を考えてもらえず、仕方がないので個人で買ったビデオカメラを設置した。


それを再生させた時、恭子は言葉をなくした。


何も変わらない映像に変化があり、扉が勝手に開いた。そこで映像が乱れ、何も映らなくなった。がさごそと音がするだけだったが、言いようのない恐怖を感じた。きっと何かの間違い。そう思い込む事しか逃げ道はなかった。カメラの設置が店側にバレて、強制的にカメラを外されたのは、恭子にとって救いにも思えた。


そしてここ数日、明らかに後をつけられていると感じるようになった。視線を感じるだけだったらまだしも、足音までは「気のせい」で片付けられない。


今日もまた足音がする。自分が止まると音も止まる。コンビニから漏れる光に影が映っているのをみて、恭子は走った。途中でヒールが折れたため、それを脱ぎ捨ててでも走り続けた。


足音が追ってくる。だがそれはゆっくりとしたスピードだった。全速力で走っている恭子に聞こえる距離であるはずだが、音はひたひたと鈍い。恭子は耐え切れなかった。人間の仕業だとは思えなかったが、そう思いたくなかった。


そうだ、人間に決まっている。刃物を持っていようが構わない。確認をしなければ。


意を決して、恭子は振り返った――。




翌日、女性の変死体が発見された。


体の表面にひとつも傷がない遺体には、内蔵が総て欠けていた……。

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ねえ、頂戴? 葉月 @hazukuni

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