出来ることと出来ないことがわかった後の話


「――あー、つかれるわぁ」


 営業という仕事で成果が出せるようになり、その過程を楽しめるようにもなったけれど。疲れないかと言われれば、そんなことは決してなかった。


 ……仕事というものが楽になることはほとんどない。


 楽しいと思える瞬間も増えたが、基本的には気を使う仕事だ。気疲れがひどいのはどうにもならなかった。


 たまには少しサボろうと、そういえばあそこに久しく行っていないなぁとふと思い出したから、自販機で缶コーヒーを買ってから人の来なさそうな建物の間に行ってみた。


 すると、そこには明らかに意気消沈している若い先客がいた。


 まるで昔の自分を見ているようだと思い、あの時のことを思い出した。


 なんだか懐かしいような、恥ずかしいような、なんとも言えない気持ちが胸の辺りに留まった感じを覚えた。


 ……もしかしたら。


 あのときの彼も、たまたま自分を見つけてあえて声をかけてくれたのだろうかと思いながら、声をかける。


「こんなところでサボってると怒られるぞー」


 相手は、突然かけられた声にびくりと体を震わせた後で、こちらに視線を向けてきた。


 その視線には不満や苛立ち、不信感でいっぱいだった。


 向けられた視線に苦笑しながら聞いてみる。


「随分な目を向けるもんだ。誰かに呼び出された後かな?」


 視線がぷいっと外された。図星のようだった。


 ……まぁよくあることだ。


 そこそこ使えるようになったと言われた今になっても、無縁とはいかないことだった。


「新人さん? どこの部署?」

「……営業です」


 答えの内容に驚いた。

 そういえば新人は入っているとは聞いていた。


 顔までは覚えていなかったが、目の前にいる相手がそうらしい。


「うちの部署じゃん。呼び出しはやっぱりノルマの件?」

「……ええ、まあ」


 やっぱり、と思って少し笑う。


 相手はそれが気に入らないようで、恨めしげな視線が向けられたが、受け流してあげることにした。


「最初はみんなそうだよ。

 達成できなくて怒られる。

 耐えられなくなったやつはやめていく」


 相手は少し迷うような間を置いて、聞きにくそうに尋ねてきた。


「……何かコツとか、あるんですか?」


 まぁ聞くよなぁと思う。自分も聞いたことだったからだ。


 だからどう答えようかなと思って少し考えて、間を置いた後で言った。


「数字をとるだけならあるよ。誰でもできそうなの」

「……っ、教えてくださいっ」

「おお、うん、いいよ。あんまりいいのじゃないけどね」


 相手の勢いに少し面食らったが、以前彼に教えてもらった内容を自分なりに話した。


 相手は少し頭の回る人間らしかった。

 聞いた内容をすぐに咀嚼したのか、不快感――だろう、多分――をありありと感じさせる表情を浮かべた。


 優秀なんだろうなぁと思いながら、


「まぁあんまり褒められたやり方じゃない。

 けど、今は数字を取って状況をよくすることを考えたほうがいいよ。

 他に考える余裕ないでしょ、今」


 そう言って反応を見れば、


「…………」


 沈黙が返って来た。


 この場合の沈黙は肯定だ。だから言う。


「まずは契約取れる過程を体験しなよ。

 そうすれば、どうすればいいかが見えてくるんじゃない?」


 そう続けて、ああ、となんだか合点がいったような感覚が湧いてきた。


 ――あの人、こういうことを言いたかったのかもしれないな、と。


 本当にそうだったのかどうかは本人に確認できない以上はわからないけれど、そうだったなら有難いことだと強く思った。


 そして、それを誰かに対して出来る立場に自分がなれた――かもしれないことは、喜んでいいことだろうとも、そう思ったから。


 悪くない気分転換になった、と頷いた後で、缶を傾けて中身を飲み干した。


「じゃあ、もう行くから。あとは自分で頑張りなよ」

「あ、ありがとうございました」


 お礼の言葉を貰って、そういえばあの時お礼言えてなかったんだよなぁと思い出した。


 そのことにばつの悪い気持ちを覚えながら、


「俺も教えてもらったことなんだよね。

 これはそういうもんなんだ。気にしなくていいよ、うん」


 お礼の言葉にそう返して、自分のダメさ加減を思い返して溜息を吐きながら仕事に戻るのだった。



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仕事の学び方 どらぽんず @dorapons

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