うちの討伐隊員がアイドル(意味深)で困ってます

リンゴ豆

第1章 アイドルとは何か

第1話 俺の野望

 御存知かとは思いますが、一応説明させていただきますね。


 我々『魔物討伐組合』は、その名の通り世間に蔓延

はびこ

る魔物たちを討って間引いて人々に貢献するお仕事を担当しています。

 通称『ギルド』と呼ばれるこの組織は魔物の討伐依頼を受け付ける唯一の機関です。

 ギルドの上には国家ギルド評議会といったまとめ役の役所もあり、国によってその練度は異なりますが、システム的な話はどこも大体同じの伝統のある制度なのです。


 ギルドの構成員は大きく分けて事務員と討伐員、組合長の三種類。

 事務員は依頼の受諾の手続きを行い、討伐員に依頼の内容を伝達し、討伐員が実際に依頼を達成したかどうかの確認をして上層部に報告。

 これら一連の流れを複数人で分担して業務をこなすのが事務員の主要なお仕事で、分けようと思えば他にも会計だったりクレーム担当だったり討伐員のコンディション管理だったりと細かく分けられます。


 そして、討伐員はギルドの要にして、一番の稼ぎ頭、店の看板と言っていいでしょう。

 ギルド全体の利益の九割くらいは討伐員の能力にかかっていると言っても過言ではないのです。

 討伐員の仕事は至極単純。

 依頼の標的の魔物を討伐し、それを報告。

 その二つだけ。

 脳味噌のしわがいらないお仕事だと一般的には思われており脳筋就活人がこぞっていらしますが、その実、他の討伐員との連携や魔物の特性、地理的な情報など多岐にわたる知識がそれなりに要求されるため採用基準のハードルが高く、需要に対して供給が少ないというのはギルドのメンバーの常識ですね。


 最後に、組合長ですがこれはいわゆるギルドマスターという役職になります。

 事務員や討伐員の直接の上司にあたり、ギルドの機能維持全般がその仕事。

 また、他のギルドとの連携のためのギルド会議や、上層部の組織にギルドの顔として代表で出席したり様々な活動をすることになります。


 それぞれのギルドは営業成績に応じてポイントが振り分けられ、それに応じて定期的にランキングが発表されます。

 上位のギルドには上層部から様々な権限を与えられ、より高みを目指すことができます。

 かといって下位のギルドがすぐに見放されるということもありません。

 下位ギルドの問題点を親切かつ丁寧に指摘する優秀な監督を派遣するというホワイトなケアもこの体制には備わっているのです。

 各ギルドのギルドマスターは、評議会の方から公表される成績表をもとに逐次経営方針を決め、ギルドメンバーを導いていかなければなりません。


 さて、これら三つの役職に就くために必要なのがこちらで今から貴方が申し込むギルド役員試験の合格証明書になります。

 試験はひと月ごとに行われますが試験に不合格となってしまった方には受験料は返金されませんのでご注意ください。


 ……では、ここまでの説明で何か不明瞭な点はございますか?

 そうですか。それは良かったです。


 ……え? 可愛い女の子?

 ま、まあギルドメンバーには当然女性の方もいらっしゃいますが、比率で言うとやはり男性の方が多い……それでもかまわない?

 は、はあ。ならいいですけど……余り変なことをなさると評議会で行っている弾劾裁判でクビを飛ばされちゃいますよ?


 ……ふふふ、お気をつけてくださいね。

 では、お決まりならこちらの契約書に署名をお願いします。

 あ、受験料は当日ステータスカードで振り込むように指示いたしますので今は大丈夫ですよ。


 ……カオル・サクラ様ですか。変わったお名前ですね。出身は……と、すいません。要らぬ詮索でしたね。お許しください。

 では、カオル様。組合長志望ということで筆記試験が今期の30日、サラの祈りの時間から行われます。

 試験内容は恒例通り試験当日までは秘密ですが、過去の試験と大きく異なる点はございませんので過去の問題を研究なさることを推奨いたします。

 筆記具は不正防止のためこちらで用意したものをお使いになっていただきますので、ご了承ください。


 以上でギルド役員試験の志願手続きは完了です。

 試験、頑張ってくださいね!

 あなたにクァーレのご加護がありますように……




 …… …… …… …… …… 




 異世界に転生してから早15年。

 前世では小学校高学年からいじめを受け始め、中学生になると同時に不登校に。

 人生の割と早い段階でドロップアウトしてしまい、中学校を卒業する年齢になると同時に中学校の屋上からフライアウェイ。


 当時中二病の思考に染まっていた俺は、悲惨な境遇に置かれてきた若者は死ぬことで異世界に新たに生を受け幸福な人生を送ることができると、ラノベやネット小説で得た知識から思い込み、どうせならついでに俺をイジメていた主犯どもへの復讐もやっておこうと思った。


 中学校の卒業式の日に学校に侵入し、全教室でコングラチュレーションとか書かれてた黒板を油性ペンを使って奴らの名前で上書き。

 実際にイジメを受けていた時の録音音声の入ったレコーダーやCDなど、あらかじめ量産しておいた証拠物品をいたるところにばらまいた。

 最後に、卒業式が行われていた体育館の屋上で自殺を図り、見事成功。

 前日にはネットの掲示板とかに自殺予告もした。


 奴らへの復讐がその後実を結んだかは分からないが、あれだけ手を尽くしたんだから新聞沙汰ぐらいにはなるだろう。

 ま、奴らの記憶に残ればそれでいいやぐらいにしか思っていなかったし、失敗だったとしても気にしない。


 何せ、本命の異世界転生には成功したのだから。


「……時間になりましたので、始めてください。最終試験は次の祈りの時間で終了となります。それでは、クァーレの加護が受験生諸君にありますように」


 広い試験室に試験官の声が良く響く。

 部屋にいる人間はみな血走った目でそれぞれが着席している机の上の紙を捲り、その隣に置かれた羽ペンもどきを握る。

 この教室にいる者はみなこれまでの数多くの試験をかいくぐってきた精鋭ぞろい。

 俺も含めても人数を数えるには片手の指を全部立てればそれで足りる。


 こうして俺がこの場に居られるのはこの世界での両親のおかげだ。

 幼いころから施された英才教育で俺の曲がった性根は(表向き)矯正された。

 俺自身前世のように堕落した人生を送りたくないと心に誓っていたし、願ったりかなったりの家庭環境だった。


 ギルド役員という職業はこの世界では相当高級な職業のうちに入る。

 この世界の魔物は化け物だらけのため、それに対処しなければならないギルド関係の職業はまさにエリート職だった。

 高給料、良好な職場環境は当たり前で、労働保険制度も手厚い。

 女性だからだとか、障害をもっているからだとか、身分が不可触民だからだとか、そういったものは一切関係ない。

 人材不足だけはどうしても否めなかったが、人に誇れる職業であることには違いなかった。


(『季節の神を信仰するツァーレ教とクァーレ教、そしてスァーレ教のそれぞれにおける不可触民については定義が明確に異なる部分がある。その差異に触れながら三つの宗教全ての教義やそれらの成立経緯を千語程度で記せ』……相変わらずキチガイみたいな問題が出てきやがるな)


 その分ギルドの役員になるための試験は非常に、というか異常に難しい。

 試験の日程は数日以上にわたって行われ、一つ一つの試験時間もかなり長い。

 今受けている最終試験に至っては前世で言ったら正午から午後六時までの六時間もの間続く。

 トイレ休憩や水分補給は流石に許されているが、それ以外の退室は禁止。

 退室するときは必ず試験官の一人が見張りにつく。

 試験期間中は、試験時間外でもギルドの宿泊施設に収容される。

 つまり、軟禁状態。

 古代中国で行われていた科挙とイメージは同じだ。


 試験科目は文学、数学、言語学など幅広い出題範囲が設定される。

 マークシートなんて便利なものはないから全て記述式。

 今受けてる最終試験は第四次試験に相当し、その内容はすべての範囲の総合問題だった。


 まずは第一問、俺の生まれたこの国――オーガニア王国における国教についての歴史問題。

 この世界にはそれなりの数の国があるが、なかでもオーガニア王国は第一強先進国だ。

 人口は億は軽く超え、それを十分に支えることができる土地の豊かさと民族としての団結力の高さが所以となって、他の先進国や途上国をリードする立場にある国であった。


 オーガニア王国では、『季節教』という宗教が信仰されている。

 これは温暖期、中期、寒冷期の三つの季節をつかさどる三神を崇め奉ることを教義とする多神教だ。

 春のツァーレ教、夏と秋のクァーレ教、冬のスァーレ教の三つの宗派に分かれている。


 この世界は六か月で一年。

 といっても地球のそれとは暦の数え方がけっこう異なる。

 温暖期の一月と二月が四十日ずつ、中期の三月と四月が六十日ずつで、寒冷期の五月と六月が五十日ずつと、季節の長さに応じて日数がちがうのだ。

 だから一年は大体三百日になる。


(よし、一問目は終わり、と。次の問題は……数学か)


 第一問の膨大な字数要求に答え終わり一息吐く。

 他の連中はどんなもんかと、ちらりと両隣を見てみる。

 右に座っているのは男の娘で、左が女の子。

 これまでの試験で顔だけは知っている。

 どっちもまだ第一問の解答欄は半分程度しか埋まっていないようだ。


 この試験は六時間もの制限時間があるが、ぶっちゃけかなり厳しいリミットだ。

 俺と彼女らで現時点では小さい差でも、後々になって大きい差となってくる。

 他人の様子を見ている暇もあまりない。

 余り見てるとカンニングとみなされるし俺は次の問題にとりかかった。



 … … … … …



 試験開始からきっかり六時間後、、讃美歌のような音楽が流れ始め、試験終了となった。

 一気に教室内の緊張が緩み、全員の盛大なため息が見事にシンクロする。

 解答用紙が回収された後、試験室の前の方に禿げたおっさんが厳かな顔つきをして太った腹をこちらに向けた。

 最後に試験地域におけるギルド役員の挨拶で全試験日程は締めくくられるのだが、彼がその役を担当しているのだろう。


「ここまで残った諸君はまっこと才能にあふれた人材だ。毎回貴族やら王族の子孫といった有象無象が試験を受けに来るが、そのほとんどが一次か二次かの試験で落とされる。それはひとえに彼らが無能だからだ。己の高貴な身分に甘んじて怠惰を享受したが故の当然の成り行き。実力主義のこの世界では才能に選ばれかつそれを伸ばす努力を怠らなかった君たちのような者だけの方がうまく回ることの方が多い。もし今回の試験に惜しくも落ちてしまったとしても落ち込むことはない。運が悪いときは誰にでもある。これからも継続して……」


 あー長い長い。

 どうしてお偉いさんの話ってこうも長いんだか。

 こちとら長い時間頭つかって疲れてんだから早くしておくれ。


「合格発表は明日の昼。サラの祈りの時間に王都の広場の水晶掲示板に掲示される。合格した者は役所の方まで来て手続きを済ませるように……では、解散!」


 ガタガタと椅子を引く音が一斉になり、俺以外に四人いる受験生のうち二人はそのまま教室を出ていき、俺の両隣と俺だけが試験室に残る。


 さきほど試験時間中にしたように両隣をチラ見する。

 右に座っている男の娘はさんざん計算用紙として使われた問題用紙のページを眺めている。

 多分時間内に解くことができない問題があって悔しいからまだ考えているのだろう。

 俺も偶にあるからな。

 気持ちは分かる。


 左に座っている女の子は、何故かこちらの方を睨んでいるように見える。

 おかしい。俺はまだ何もやっていないというのに。

 もしかして俺のギルド役員の志望動機をどこかで知られてしまったのだろうか。

 俺は別に意識高い系の上昇志向を持ち合わせてギルド組合長を志願したのではない。

 だいぶ外道な理由から死に物狂いで勉強して今ここにいる。


 女の子の強い視線に晒された状態で、なんか気まずいから右の男の娘の真似をして問題用紙を見ながらこの後の予定を考えていたら声がかけられた。


「ねえ……この問題さ。どうやって解いた? 俺、すごい時間かけても全然分かんなくて」


 俺は衝撃を受けた。

 今こいつ「俺」って言ったよな?

 お前の見た目だったら「僕」か「私」が妥当だろ。

 違和感ありすぎてヤベエな。


「……悪い、俺もいまいち分かんなかった」


 男の子らしく振舞う男の娘の質問に答える。

 彼が言っているのはさっきからずっと睨めっこしていた問題だ。

 第二問の数学の問題。

 本当は余裕のよっちゃんだったが、俺は優しい気配りのできる男だからな。

 彼を傷つけないためにも謙虚にいこう。


 だが、そんな俺の気遣いを台無しにする奴がいた。


「何よ。そんな簡単な問題も解けなかったの?」


 後ろからバカにしたような声が上がる。

 俺を睨みつけていた女の子だ。


「え、君は解けたの?」

「当然よ! こんなのここをこうしてこうやればできるでしょ!」


 ずかずかと俺と男の娘に割り込んで天才がするような下手糞な説明を自慢げにする女の子。

 その様子を横から眺めていたが、男の娘……もうめんどくさいからA君とB子でいいか。

 A君はB子の支離滅裂な説明を受けて納得している。

 流石同じエリートだけあるな。


「あなたも分からないならこの私、ミア・フレグラントが直々に教えてあげてもいいわよ」


 聞いてもいないのに名乗ってきた彼女はまさに豪華絢爛。

 髪の毛の量は馬鹿みたいに多く、金色の輝きをもつ毛髪をツインテールにしようとまとめているが一本の束がすげえ太い。

 ワックスとかで固めた状態であれで人を殴ったら気絶ぐらいは簡単にさせることができるだろう。

 刺々しい口調の割には顔つきは優しく、プラスマイナスで言えば満場一致でプラス。

 愛嬌にあふれた顔はその性格を補って余りあるほどの魅力を持っていた。


「何よ……そんな呆けた顔しちゃって。何とか言いなさいよ!」


(ああ……そう。これだよこれ。これが欲しかったんだ)


 B子のキツイ視線を正面から受け止めながら俺は思う。

 ギルド役員志望動機にして、俺の人生における最大の野望。

 人が聞けば恐れを成して逃げまどい、天が聞けば天罰を下すであろう俺の野心。


 それ即ち。



 ―――俺様だけの、ハーレムギルドの結成。



 異世界転生に欠かせないものの一つに、『異世界美少女との触れ合い』があるのは言わずもがな。

 異世界の美少女は総じて顔だけの存在じゃない。

 俺が元居た日本の女子のように、話してる最中にスマホをいじったり、変に髪を染めて地毛の良さを台無しにしたり、彼氏を一週間ごとにチェンジしたり、興ざめなことはまずしない。

 一人一人が確固たる意志をもっていて、気高く、強く、教養に満ち溢れた奥ゆかしい性格で人生の中でただ一人の男を一途に愛す。

 偏見と固定観念に満ちた俺の考えは両親の英才教育程度ではびくともしなかった。


 まさに理想。

 まさに二次元。

 まさに嫁。

 俺はデュフフでフォカヌポウなことをこの世界で両想いの女の子としまくるのだ。


 まずは目の前にいる女性から。

 野郎なんてどうでもいい。

 男の娘だろうが乙子の子だろうが知ったことか。



 ――――さあ始めよう、俺の異世界ハーレム計画を。

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