就眠夜話

山田沙夜

第1話

 眠れない。

 確かに悩みを抱えストレスもある。でも人並み程度のものだと思う。人並みに睡眠障害に陥った、ということになるのかもしれないけれど、しんどい。

 朝、目覚まし時計に起こされるから、ちゃんと寝てはいる。ということは寝付きが悪いだけということかしら。


 眠ろうと努力すればするほど睡眠が遠のいてゆく。

「努力は必ずむくわれます。努力に無駄ということはないのです」

 誰よ、こういう能天気な台詞をいうやつは。

 眠りかたを忘れてしまったのかな。忘れたのなら思い出せないかな。


 そんなわたしの事情に関係なく、風邪をひいてしまった。体温三八・八度は高すぎる。

 しかたがないからふらつきながら医者へ行く。


「久しぶりですね」

 かかりつけの医者は愛想もいいし人懐こい。

「最近あまり眠れなくて」

 ついつられて、わたしは余計なことまで言ってしまう。

「それでは睡眠導入剤を出しときますか」

 ちょっと恩着せがましい口調で、風邪薬と一緒に睡眠導入剤が処方された。

「効き目が早いので飲んだらすぐ寝ること。薬の血中消失時間が短いので、翌朝まで残らずに、すっきり起きられますよ。依存性はないはずなので、安心……かな」


 風邪のせいなのか、風邪薬のおかげなのか、それから二、三日はわりによく眠れた。

 そして風邪が抜けていくとともにまた眠れなくなっていった。


 眠りたい。

 睡眠導入剤、抵抗はあるけど試してみようかな。

 ベッドに座って薬を飲む。即、布団にもぐる。

 本当に効くのかしら……と思っていたら、目覚まし時計に起こされた。

 わぁお! こんな熟睡感、初めて。

 久しぶりに味わうぐっすり眠る幸福感。この幸福はいつまで続くのかと思わずにはいられない。


 それにしても何にでも慣れるものである。

 わたしの身体も睡眠導入剤にすぐ慣れて、薬の血中消失とともに目が覚めるようになってしまった。

 午前三時とか四時とか、中途半端な時間に目が覚めてしまう。狸寝入りで自分を騙し騙し朝を迎える。

 そういう夜がしばらく続いた。


 うとうとして、はたっと目が覚めると、身の丈十五センチほどの小太りなおじさんが、わたしの目の前で素っ裸のまま胡座をかいていた。

 びっくりして手で払う。確かな感触とともにおじさんは布団から転げ落ちた。あわててベッドの下を見る。落ちたおじさんはどこにもいない。そんなことが続くようになった。


 わたしは自分の正気を疑いつつ、薬についてネットで検索してみた。

 副作用として、時にもうろう状態、夢遊症状、一過性健忘など、とある。でも症状についての詳しい記載がみつからない。たとえば夢遊症状って、どうなるの?

 時に、ってどの程度の頻度なんだろう。わたしのおじさんは症状に該当しているのかしら。

 さあどうしよう。あの寝付きのよさは捨てがたいし、何だかおじさんをもっと見ていたい。


 時に、おじさんはわたしの目の前で仁王立ちもする。

 すると否応なくおじさんの男性器を見ることになる。小さいおじさんだから、男性器も小さい。好奇心が大いに働いて、私は男性器をまじまじと観察した。

 ところが、いざおじさんに話しかけようとすると声が出ない。

 手で払えたのだからと、おじさんに触ってみようとしても腕を動かせない。

 なんとかできないものかしらといらいらしているうちに目覚まし時計が鳴って目が覚める。疲れるわ。


 おじさんの仁王立ちが度重なると、男性器も見慣れてしまう。秘せずは花なるべからず。

 おかげで私の性欲は減退していった。

 彼の求めに応じるべくするのだが、その気にならない。がんばってのその気のふりは見抜かれて、彼との間に不協和音が流れはじめた。

 そんなことを見通したように、おじさんがこれみよがしに恋人同伴でやってきた。

 たっぷり太って手足のついた雪だるまのような恋人だ。

 わたしの注目は必然的に雪だるま嬢の股間に向いた。

 女性器もしっかり観察してみよう。

 ところが雪だるま嬢の股間は丸々したお腹に隠れて見えない。

 小学生の頃、理科で使った虫眼鏡をまだ持っているから、雪だるま嬢を持ち上げて、ちょっと観察できないかしら。そう思っても気持ちだけじたばたして身体が動かない。これって、金縛り?


 そうこう悩んでいるうちに興味深いことになった。

 おじさんと雪だるま嬢が事に及ぼうと悪戦苦闘している。

 おじさんの小太りなお腹と雪だるま嬢のたっぷりなお腹で致すのは、もっと工夫がいるとお見受けしながら、息を凝らしてその時を待った。思いがけず胸が高鳴った。

 はたっ、と布団の上の雪だるま嬢と目があった。

 雪だるま嬢が私を睨んで消えた。

 おろおろしながらおじさんも消えた。

 部屋は暗く夜明けはまだ遠かった。


 しかたがない。私は目を閉じて眠ろうと努力した。何度も寝返りを打つ。だが目覚まし時計が鳴るまで、うとうとと浅い眠りが訪れただけだった。

 その日は一日中ひどい頭痛に悩まされた。


 わたしは睡眠導入剤を飲むのをやめた。おじさんはもう来ない。

 わたしは相変わらず絶不調である。眠れないのだからしかたがない。

 それでもわたしは睡眠導入剤をすっぱりやめた。

 小さいおじさんは消えたのだ。


 努力のかいあって、彼との仲は修復作業がうまくいっている。

 私は眠れない夜を受け入れた。


 毎朝目覚まし時計に起こされているのだから、少しは寝ているはずなのだ。

 noteより転載(2018/12/22 擱筆)

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就眠夜話 山田沙夜 @yamadasayo

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