第3話 楽園
あれから、日が五回ほど昇った頃。
明るいうちに歩みを進め、暗くなれば野営する、ただそれだけを繰り返し、ようやく周囲の風景に変化が訪れる。
「これって、皆、目的地は同じってことかしら」
荷物を背負ったゴブリンの群れ、それが始まりだった。
前に進むにつれ幅が広くなる道に、馬車を引く緑色の肌の生き物、ミュースのさらに三倍ほどありそうな巨人、空を飛ぶ鳥人間、その他諸々の生き物が合流していく。
皆、大荷物を抱え、私たちと同じ方向へ進んでいる。
「ミュース、これって」
「皆、楽園都市に向かってるんだろうね。あそこは本当に栄えているって話だから」
「そう。こんなに、いろんな生き物がいるのね」
今までの旅では、道中で誰かと会うことはほとんどなかったため、この世界は随分寂しくなったものだと思っていたが、どうやらそれは私の勘違いだったようだ。
そう話している内に、視線の先、遠くの地平線から何かが現れ始める。
それは次第に大きさを増し、遂には視界一杯に広がっていく。
「ちょっと、あれ、大きすぎない?」
「うん。わちきも初めて見たけど、ちょっと不安になってきたな」
楽園都市、それは都市というよりも、国という様相を呈していた。
縦にも横にも広がる建造物の集合体。
そして、そこへ向かい無数の生き物が向かっていく様子も見える。
「ふん、それなら、田舎娘らしく引き返したらどう?ああ、ソラ様のことは心配しないで。シティガールであるこの私が責任をもって案内するから」
「あぁん?」
これは、気を引き締めなければならないようだ。
*
楽園都市の入り口には巨大で立派な城門が待ち構えており、そこは予想通り、隙間がないほどの生き物で溢れていた。
そして、通路の両端に立った鎧を着込んだ者たちが、それらの通行を整理していた。
「あんたらは、居住希望者か?それとも、商人か?」
私たちも周りに倣い流れに身を任せ入り口付近に辿り着くと、例に漏れず彼らから声を掛けられる。
「別に、どちらでもないけど」
「珍しいな。それなら、観光か?」
「観光というより、色々と情報収集したいことがあって」
「そうか。ここに来るのは初めてか?」
「ええ」
「それなら、まずはあそこに行くといい」
彼が指を差したのは、ここから緩やかに続く街路の先、建物の群れからちょこんと頭を出す一際高い建物。
城か、はたまた教会か、尖塔がいくつか立ち並ぶ場所だった。
「この国を造った、アンヘル様がいらっしゃる建物だ。ここに関する事なら何でも教えてもらえるだろう」
「じゃあ、まずはそうしましょうかね」
「道に迷いそうなら、誰でもいいからアンヘル様の元へ行きたいと尋ねるといい」
「ありがとう」
特別な許可が必要だということもなく、あっさりと城門を通り抜け楽園都市に入場してしまう。
「はぁ、緊張して損した」
「わぁ、すっご~い!!」
胸をなでおろした私を他所にミュースが大声を上げる。
その目の前に広がるのは、入口前の広場。
いくつもの露店、無数に行き交う生き物たち。
これが日常なのだろうが、誰もが笑顔で、催し物でも開催されているかのような賑やかさ。
田舎から飛び出してきたミュースにとっては、夢のような景色に違いない。
「くぅ~。こんな美味そうな匂いを漂わせやがって。片っ端から食い尽くしてやろうか」
「やめなさい。観光は話を聞いた後でもできるでしょ」
対するシロは感慨もなく、ただ下品に飲食系の露店を舐るような視線で見つめている。
確かに、この肉が焼ける香ばしい匂いや香味野菜の刺激臭などはシロでなくとも食欲をそそられる。
しかし、この浮ついた二匹を野放しにする前に、まずはこの土地のことを知っておかないと以前のように厄介なことになるだろう。
「ほら、後でいくらでも自由にしていいから、まずはアンヘル様とやらの所へ行きましょ」
「「え~」」
二匹の腕を手に取り強引に引っ張っていく。
まったく、少しは私の身にもなってほしいものだ。
*
そこらの生き物らに声をかけ、白い壁を基調とした建物が並ぶ隙間を縫った緩やかな傾斜がある街路を歩き、ようやく目的の場所に到着する。
一際開けたそこは、まさしく荘厳という言葉に相応しい場所だった
色彩豊かな草花で造園された庭の真ん中にトンネル状のフラワーアーチが並び、その奥には、白い壁に金色の装飾が施された教会が建っていた。
「ここまでお洒落だと、わちきらは随分と場違いに思えてくるね」
「これだけ色んな見た目をした生き物がいるんだもの、問題ないでしょ」
妙にかしこまったミュース。
しかし、そこらを行き来する彼らに比べればどうってことはないだろう。
そして、雑談を交わしながら、教会の両開きの扉前に辿り着く。
巨人でも通れるほどの巨大な入口。
「ミュース、お願いできる?」
「うん、わかった」
彼女が両手で扉を押すと、ゴゴゴといった重い音をたてながら開いていく。
「さすが、ゴリラ女」
遂に、開ききった扉、その入り口から現れた光景は、まさしく教会そのもの。
いくつもの長椅子が並び、中央の赤絨毯が敷かれた通路の先には教壇と、巨大な一つの女性を模した像が建っている。
そして、その像の背後の壁はステンドグラスになっており、様々な色の光が差し込んでいる。
私たちは足を踏み入れ、その厳かな雰囲気に息をのむ。
「ソラ様、あそこに誰かいますよ」
「ん?」
像の横、そこにぽつんと置かれた椅子に、誰かが座っている。
彼もこちらには気づいていたようで、手にした本をパタンと閉じこちらへ近づいてくる。
「おや、見ない顔ですね」
そして、私たちの目の前に現れた黒い長髪の男性。
おそらく、ここの関係者だろう、教会の外装と同じように金色の装飾が施された純白のローブを身に纏っている。
そして、彼の背中には、大きな白い翼が生えていた。
「もしかして、ここに来るのは初めてでしょうか」
「ええ」
「そうでしたか。どおりで、その扉を強引に開く、なんてことをされたわけです」
「駄目だったかしら」
「いえ。それは機械仕掛けで開く自動扉でして、まさか、そんな重たいものを開けるとは思ってもいませんでしたから」
「てへぺろ」
褒められたと勘違いしたのか、舌を出すミュース。
「ああ、それより、あなた、アンヘル様って知ってる?彼を訪ねるように言われて来たんだけど」
「それは、私のことですよ」
そうだったのか。
それにしては、あまり偉そうな雰囲気がない。
「ちょうどよかった。あなたに色々と聞きたいことがあるのだけど」
「それでは、あちらに客室があるので、そちらに移動しましょうか」
教会奥の扉へ向かって歩き出す彼。
私もそれに続き素直について行こうとすると、シロから声を掛けられる。
「ソラ様、こんな所で時間を浪費してもいいんですか?」
「急ぐ旅じゃないんだし、いいでしょ。それに、ちゃんとその土地のことを知っておかないと、あの時みたいに厄介なことになるかもしれないし」
「まぁ、そうっすね」
*
案内された部屋に足を踏み入れると、そこは意外にも質素な内装の場所だった。
部屋の中央にはテーブルとソファが設置され、側面には本棚やら調度品やらが置かれ、正面の大きい窓からは植物が顔を覗かせている。
「どうぞ、こちらにお座りください」
指示されるがまま、私たちはソファに腰を下ろす。
そして、彼も対面に座る。
「それで、私に聞きたいこととは?」
「ミュース、話してもらえる?」
「うん」
それから、彼女はブルームシティのことや、オーガ族の所在地などを彼に質問をした。
しかし、彼の表情は芳しくなく、明確な返答はなかった。
「申し訳ありません、私は力になれそうにないです」
「そっか~。やっぱり、そうだよね」
「しかし、ここは交易を通じて多くの者が行き交っていますので、その場所について知っている者がいる可能性はあります。ぜひ、観光がてら滞在していってはどうでしょう」
観光も一つの目的であったのだろう、暗い顔から一転、輝きを取り戻したミュース。
今まで暇を持て余していたシロも、ようやく美味いものにありつけるとうずうずしている。
「ソラ様、早く行きましょう」
「ちょっと待って。最後に、一つだけ。ここで過ごすときに注意することがあれば、教えてくれる?」
これだけは聞いておかなければならないだろう。
「そうですね。基本は自由ですが、ただ一つだけ。他者を否定しないこと、それを守っていただければ問題ありません」
「それだけ?」
「ええ」
いまいち具体性に欠ける回答。
少しだけ掘り下げてみよう。
「それじゃあ、例えば、盗みを働いたり、誰かの命を奪ったり、罪を犯した場合も許されるの?」
「随分と、おかしなことを仰る。それは、他者の親切や生を否定することに繋がるため、当然、禁止されています」
「そうでしょうけど、はっきりとしたラインが分かりにくいわ」
「それなら、少しだけ、この都市について話しましょうか。そうすれば、理解も深まると思いますよ」
「じゃあ、お願い」
「そりゃないっすよ~」
「シロ、お座り」
「わん」
シロとミュースには悪いが、一旦大人しくしててもらおう。
「それでは、お話ししますね。ここは元々、博愛主義を礎に築かれた貧しい場所でした。どんな種族の生き物でも平等に生きていける、愛に溢れた場所だったのです。しかし、平等とは押し付けがましいものでしょう?私とあなたは同じだから、同じ生き方をしなければならない、という具合に、他ならぬ、他者の否定をしてきた訳です。そのため、どれだけ優れたものでも怠惰なものと同じ生き方を強要され、皆で仲良く貧しくなった。そして、一度、この都市は滅びたのです」
やはり、この場所の根底にも何かしらの厄介事は潜んでそうだ。
しっかりと耳を傾けなければ。
「真の平等などありえない。平等を演じても、いつかは生じる軋轢に社会は耐えられない。どうしても混ざり合わない文化と歴史は存在する、それを同じ場所に留めることはできない。それならどうするか。しかし、よく考えてみれば、事はそう難しくはないのです」
一呼吸おいて、彼はまた口を開く。
「そう、差別をすればいいのですよ。そして、それをした上で他者を認めればいい。生きる環境が違えど、あなたの人生は素晴らしく、私の人生も素晴らしい、そう言えるだけで済む話なのです。種族、いえ、個人に至るまで差別し、互いの個性を認め活かし握手する。ただ、それを遂行するだけで、この都市はここまで争いもなく豊かになったのです」
「でも、その不平等さから、犯罪や争いは生まれるのでしょう?」
「そんな醜いことをしなくても別のやり方で解決できるのですよ。それが何か、わかりますか?」
「さぁ」
「それは、愛ですよ。あなたと私は違う。そして、この世は不平等に満ちている。だからこそ、足りない部分があれば、愛をもって施すのです。労働や食事などを通じて、感謝の気持ちを互いに送り合う。平等である必要はない、共に生きていければ、それでいいのです」
「それって差別をしているといえるのかしら?」
「もちろんです。ここでは強制して誰も彼をも一緒くたにすることはありません。差別し個性を活かすという教えを守る個人の裁量に任せ、愛をもって遠くから見守り、必要であればお互いに手を取り合う。そして、その程よい距離感を維持しているのです」
まるで夢のような話だ。
しかし、ここに住む者らの、あの清々しい笑顔を思い返すと、それも嘘ではないように思える。
「本当に、そんなことが可能なの?」
「この国の存在が、何よりの証明です」
何とも腑に落ちない話だが、ここで一番偉い彼が言うことだ、信じるしかないだろう。
「心配する必要はありません。せっかくここまで来たのだから、ゆっくり過ごしていってください」
「わかったわ」
「ソラ様、早く!」
どうやら、彼女らは我慢の限界のようだ。
「それじゃあ、お邪魔しました」
「いえ。困ったことがあったら、いつでも訪ねてください」
この物語にタイトルなんて必要ない! たけのこ @takesuno
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