第16話

 十二月の最後、私はインフルエンザで休みを取った前山先生の代わりに、劉天のクラスに入った。この学校最後になるその授業で「芸の肥やし」という題材で授業をした。

 歌舞伎や、落語などの芸事で生きる人の間で言われている言葉。恋は、その人間を形作る重要な出来事で、恋をする度にそれはその人の成長を促し、芸事に活きる、という話。劉天にも、そしてその他の学生にも、彼らの恋は彼らの人生においてとても大切で、その後の自分の作品に活きていくものだ、と教えた。そして、日本の文学作品や、映像作品の中から、その代表的なものをかいつまんで説明し、その授業を終えた。

 授業が終わって、劉天がやってきた。

「先生、僕の今の恋も、これからの作品に役立ちますか?」

 何気ない質問だったけど、彼の熱を感じて、泣きそうになった。悟られないように息を吸い、彼に笑顔を向けた。

「もちろん」

 彼も笑顔になる。

「僕、持ちます」

 前のクラスでそうしていたように、劉天は今日の授業の資料を持ってくれた。

「有り難う」

 二人で歩き出す。

「…先生の笑った顔、久しぶりに見た。すごく、嬉しい」

 前を向いたまま、小声で劉天が言った。彼を見上げ、視線を前に戻して、うん、と頷く。

「また、会いたい」

 次の教室の前で道具を受け取る時に、劉天が囁いた。

「うん、また」

 荷物を渡すのに乗じて、きゅっと、劉天の手が私の手を握る。

「今日、授業に入れてよかった。よく復習して」

 私は彼に笑顔を向け、手を振って次のクラスに入った。

 ――これで終わりだ。

 そう、自分に言い聞かせる。

 そして、私は次の年明けから、別の専門学校で教鞭を執ることとなった。スマホの契約会社を換え、アドレスも電話番号も一新した。

 私の移動場所は、彼には知らされなかったのだと、思う。それから、彼とは一切連絡は取らなかった。時々私の、最後の授業を思い出してくれたらいいけれど、と思う。

 それから一年後、学校の広報誌で系列校である、前に勤めていた専門学校の卒業展覧会が開催されることを知った。作品名簿をホームページで確認すると、劉天の名前があった。

 

 劉天 作品名 『彼女』


 グラフィックデザイン画だと書いてある。

 ああ、と天を仰いだ。彼は作品を作り続けている。別れてからも、作り続けていたのだ。

 ふと視線を移すと、小さな教員室の窓から入る光彩は春の色を帯び始めていた。私は、自分の席を立って、窓辺に近づいた。窓から見える、道路に等間隔に植えられたさくらの木の枝が、赤く色付いている。

「赤は、生きている証し、」

 彼にとって、私との恋は赤い光彩を帯びていたのかもしれない。

 でも、私にとって彼との恋は青色だった。どこまでも青く透明で、切ない、恋の色。

「リィユ・ティエン…」

 目の前に広がる淡い光を帯びた景色が滲み、音が光を帯びて消えていった。


                                  了



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それはどこまでも青く・・ 青い星 @blueplanet

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