第4話


とても長い魔女の話が終わりました。

少女は、魔女の手を掴んだまま、うつむいています。


魔女は、少女の手から自分の手を離させようとしました。

本当は魔女はこの話を聞いている間にあまりのおぞましさに少女が家を去るのを望んでいたそうです。


しかし、それは全く期待外れに終わってしまいました。


ぽた。泣き虫な妹の涙が一滴、魔女の手の甲に落ちました。

おぞましさに涙が出たか、魔女はそう思いました。けれど、そうではなかったのです。


「ひどい…そんなのひどい…。痛かったでしょう、つらかったでしょう…。おばあさんがこんなにひどい事をされていたなんて、知らなかったから…、ごめんなさい」


うつむいたまま、少女は言いました。


少女は、おぞましさに泣いていたのではないのです。

魔女の事が、哀れな娘の事があまりにも可哀想で泣いていたのでした。



ふわり。魔女の心の中で友人の声がします。箱が開くように、もうすっかり遠いものになっていた都でのある出来事が、魔女の中にあふれ出しました。。


「痛いよね、ごめんね」


他の人々の為に涙を流していた娘にも、泣いてくれる人がいたのです。

慈悲の一滴とは程遠く、苦痛にさいなまれた果てに涙を零せざるを得なかった娘。そのひどい仕打ちの中で、娘の腕に傷ができた、その日の夜の事でした。


友人はぼろぼろと涙を流して、そのただれた手の甲を、撫でてくれ、労わってくれました。

友人だって、王様の城で雑用を任せられ、意地悪な事を言われたり、されたりしていたのに。娘に友人は何も言いませんでしたが、娘はちゃんと知っていました。

それだのに、娘が可哀想だと、友人は我が事のように泣いてくれたのです。


ぽたた。泣き虫な妹の涙がまた一滴、魔女の手の甲に落ちます。


もちろん、妹の涙は魔女の傷を癒すような力などありません。けれど。


「おばあさん、可哀想…」


妹の一言には、魔女の心の傷に触れる力があったのです。

涙など枯れ果てたはずの魔女は、目にあふれるそれに気づきました。もう二度と出ないと思い込んでいたものが、魔女の頬を濡らしていきます。


魔女は、心優しい少女の手を自分の方へ引き寄せました。うつむいていた妹が驚いて、顔を挙げました。けれど、その頬の様子を見れば、言葉が何も出なかったのです。


しゃくりあげている妹の手を、魔女は自分の頬に当てさせます。導かれるまま、妹の手の甲がその頬の雫にふれました。

たちまち、少女のいばらにやられてできた傷や、アカギレが、夢だったかのように消えてゆきます。


癒しの涙を持つ、月の深森の魔女は本当に存在したのです。


妹にはその事実が悲しくて、哀しくて、胸がいっぱいになってしまいました。それでも、魔女の涙の温かさが嬉しかったのです。


「おばあさん、泣いてる。おばあさん、涙が出てるよ」


「嘘を言うんじゃない。私は、泣いてなんかないさ」


怒鳴るように言う魔女の声は、湿っています。妹に至っては、すっかり涙声です。


もう、二人は止まらずにそのままずっと泣き続けました。わんわんわんわん。泣き続ける二人を、月明かりが優しく見守っていました。


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