即興アナグラム物語

HiDe

第1話 『ドクターX』→『毒アックスを得た』

「いいか、アナグラムってのはつまり文字の順番の前後を入れ替えて、別の単語にしてしまおうってことだ」

このアホ、神田にはハッキリモノを言わんと伝わらないことは数年の付き合いで学習したことだった。

「う~ん、でもなんかこう、ピンとは来ないんだよね。」

「じゃあ、例えば『柿』。これをアナグラムにしてみろ。」

「『かき』……『きか』……?」

「ここで問題です。次のものに共通するのは何?梅、桜、杉。」

「ええと……あぁ、『木か』!」

「液体が沸騰、蒸発して気体になることは?」

「ふふん…『気化』!」

「他国の国籍を取得してその国民になること」

「『帰化』!」

新里は「ん”ん”ん!」と咳払いをすると、一拍置いて再び口を開く。

「空間や図形に」

「『幾何』!」

「言やぁいいってもんじゃないからな!」

新里のツッコミには耳も貸さず、ご満悦といった表情の神田。

「……まぁ、いいや。つまり、たった二文字でもこれだけのバリエーションができるってことは、文字数をもっと増やせば物語のタイトルにだってなるんじゃないか、とこう思ったわけだよ。」

「へぇ~なるほどね。じゃあ、新里。試しにお手本見せてくれよ。」

「ああ、いいとも。」

「えーっとこれならどう?『ドクターX』!」



『ドクターX』

→『どくたあえっくす』

→『どくあっくすをえた』

→『毒アックスを得た』


『毒アックスを得た』    著作:新里


「よくぞ現れたな勇者よ。」

地面スレスレまで白ひげを蓄えた老人が、跪く俺を見下ろしている。俺にとってはしわがれた老人にこびへつらう道理などないわけなのだが、大いなる威厳を宿したまっすぐな瞳が俺をそうさせたのだった。

「勇者……私が、ですか?」

「いかにも。」

老人の声は震えているが、何故か釘付けにされる不思議な力が宿されていた。


——それにしても、『勇者』か。


「私に、務まるのでしょうか。恐れながら元居た世界ではいたって平凡な暮らしを送っていたものですから、正直、自信はこれっぽっちもないのです。」

自信のなさが声にまで出てしまっている。

「貴様は我々大賢者によって選ばれた至高の戦士の資質を持つ者である。しかれば、伝説の武器を用い、魔王を討伐する主力の一端となるべし。」

「伝説の武器……!?それは一体どのようなものなのですか?」

大賢者が「おい」と声をかけると側近らしき兵士たちが、白い布に包まれた装備を持ち出した。兵士が布をはぎ取ろうとすると「待てい!!」と大賢者が声を荒げた。

「伝説の武器は危険じゃといったろう。」

兵士は慌てて『黒い手袋』を身に着け改めて布を外した。

そうか。どこかで聞いたことがある。確か、「伝説の剣は自ら主を選ぶ。」つまり、普通の人間が生身で触れてはいけないということなのか。

——ゴクリ

息を呑む。もうきっと元の日常には戻れないんだろうな。母さん、父さん、由美、元気にしてるかな。俺、勇者になったよ。現実世界ではぐーたらな男でごめん。でも俺、今日を機に変われるような気がするよ。世界のみんなが俺を必要としているんだ。

「見よ。これが、はるか古代より受け継がれてきた伝説の武器……」

——見ててね、必ず世界を救ってみせるよ。


遂にベールが脱がされる。

遠心力を最大限に生かせるフォルム。

木々の伐採に最適な至高の逸品。


「『毒アックス』である。」

「……『毒アックス』?」

「如何にも。」

「毒属性のアックスですか?」

「そのアックスである。」


——え?


「伝説の武器、ですよね?」

「そうじゃ。早く手に取らんか勇者よ。」


……な、なぜよりにもよって毒なんだ。炎とか雷とか、いくらでも派手で強そうな属性がほかにもあっただろう。仮に強かったとしても、だ。魔王を倒してから凱旋パレードをするとして、

街の子供「勇者様、魔王は強かった?」

勇者「フフフ、大したことないさ。毒らせてから一目散に逃げて、海を越え、山を越え、毒が切れかけたらちょっと斬って逃げる。そうすると……」

街の子供「ママ―、アイス食べたい。帰ろー。」


——戦法が陰湿。

子供一瞬で興味なくなるだろ。……いやいや俺が知らぬだけで実はとんでもない能力が隠されているに違いない。なんせ伝説の勇者に伝説の武器だ。


「ああ、手袋をはめんと危ないぞ。」

「……え?いやちょっと待ってください。勇者もそれつけなきゃダメなんですか?」

「毒だからな。」

「伝説の武器は一般人には危険だからとかじゃなく……?」

「……いや、そんなことはない。」


——ないんだ。


「あ……ですよね。何言ってんだろ」

「ただ、」


——ただ!?


「ただ、何です?」


——勇者適正?呪われる?伝説の奥義?


「少し重い。」


——なんなんだよ。


「あぁ……」


思わず、がっくりと肩を落とした。が、ちょっと冷静にもなれた。何、少し期待しすぎていたのかもしれない。異世界なんて所詮はファンタジーなんだから、実際は想像通りの世界とはいくまい。うん、当然だな。


「……早く手に取らんか勇者よ。」

「あ、はい!」

「手袋!」

「ああ、そうでした。」

「危ないから、本当に。」

「で、手袋はどこに?」

側近の兵士は黒い手袋を外すと「ほい、頑張んな。」と一言残し、俺の手の上に置いた。


——え?


「……あ、俺専用じゃないんですねコレ!すみませんなんか勝手にテンション上がっちゃって。そうですよね!手袋ですもんね!手袋はまあ仕方ないか。」

手袋をはめると、左手の甲の方に何かが記されているのが目に入った


『林』


——誰だよ。


コレ使いまわしなんだ?代々受け継がれるなら名前とか書くなよ。ていうか先代勇者『林』なの?バリバリの日本人なんですけど。

右手の甲にも何かが記されているのが目に入った。


『平成30年、労働災害防止対策費補助金16万円が支出され、1位北海道・2位岩手・3位岐阜の順番で盛んにおこなわれている日本の産業は〇業である。』


…………。


——林業?


右手の平にもなにか記されている。


『なんでわかったんだよ(笑)』


——白々しっ!


「何を手ばかり見つめておる勇者よ。」

「すみません、林が気になってしまって。」

「林じゃと!?」

「え?もしかして、先代勇者様のお名前とか!?それとも何かの暗号とか!?」

大賢者は白筆のごとき顎髭を撫で、しばらく考え込んでからこう言い放った。

「そんな奴は知らんなぁ……」


——このジジイ。


ちょっと間を置いて期待させるなよ。っていうか、そのぐらいぱっと思い出せないのか?大賢者のくせにボケが進行してるじゃないか。

はぁ……さっきからこの世界は全く期待通りに動いてはくれないようだ。権力者にゴマするのも楽じゃないっつうのによ。あーあ、損した。結局この世界も元の世界と同じか。

「貴様も早くほかの三人と合流するがよい。」

「ほかの……他にも、勇者がいるのですか!?」

「如何にも。火竜の心臓を元に作られた『無尽の炎剣』、水神の加護を受けし『聖水の清杖』、17の悪魔の魂を宿した『禁忌の絶弓』、それぞれが無類の強さを誇る伝説の武器を携えておる。」

「では、この毒アックスには一体どのような逸話があるのですか!?」

「毒のついたアックスである。」


——ダメなのか。正直いけると思った。完全にいける流れだった。逆になんでアックスだけいじめるんだよ。中盤の武器屋においてあったら泣くぞ。


「では勇者よ、健闘を祈る。」


 勇者は駆けた。その手に握った少し重い毒アックスはなじむまでに随分と時間を要した。少し重い、と言っても俺の平均以下の身体能力では振り回すだけで精いっぱいだった。1月経っても俺は一つ目の街を出ることすらできなかった。いつもそうだ。振り回されて、傷ついて、精一杯追いかけても届かない。


「いいよもう、お前足手まといだから。」


くそっ!!思い出すな!!思い出すな!!もう期待しないって決めたじゃんか!


「あいつ、なんでまだ部活続けてんだろうね。」

「わかんね。俺だったら絶対やめてるね。」

「だってあいつバカだし。」

「はははははは!」


部室の外で足を止めたまま、動くことができなかった。


だから俺は目指すのをやめたんだ!!長いものに巻かれて、実力者の後をついていけばお零れがもらえる!それでいいと思ってた!どうせ俺は認められない!!そんなこととっくにわかってる!!勇者になったのだって何かのいたずらで、もっとふさわしいヤツがいるってことも!!わかってる……わかってるのに……。


『がんばれよ、みんな待ってる』


—なんでこんな言葉一つで熱くなっちまうんだよ。


 勇者は左手を固く握りしめ、何度でも立ち上がるのだった。




「まぁ、こんなところだな。」

俺は少し得意げに言った。

「へぇ~なるほどな。あぁ!もしかして、このアナグラムってのは『柿』みたいな短い単語じゃなくて、もっと文字数を増やせば、小説のタイトルっぽくなると思わない?」

神田はピンときた!という表情をしているが、当然俺は首をかしげている。

「……いやだからそれを今やったんだろう!」

「あぁ~なるほどね、今やったんだ~。」

「ふ~ん」「へぇ~」と、納得しているんだかしていないんだか、はたまた上の空なんだか……。なんなんだコイツは。流石に困惑している。が、このままだとこちらもお手本の意味がないので神田にやらせてみることにした。

「神田。今から俺がお題を出すから、お前はそれをアナグラムにして、小説を作ってみろ。」

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