第4話
よく謎解きの物語なんかで、長く使われていなかった埃まみれの部屋から埃のない所を探し出して手がかりにする所なんかを目にすることがある。そこにだけ埃がないことから犯人が何かを使った場所だ、と言ったふうに。
となるとこの部屋は一体探偵さんから見たらどう見えるのだろう。一見まるで3年以上放置されているのではないかと見まごうほどの埃のかぶりよう。積まれた本、床はもちろん、カーテンや燭台にいたるまでだ。
この部屋は使われていないわけではない、どころか毎日人が出入りしている。この家の主である"統合者"アレンによって。
とはいっても使われているのはドアの近くに置かれたソファ、そこにアレン「先生」が寝ているだけではあるが。
面白いのは先生までもが埃をかぶり、部屋の一部となっていることである。確かに先生が動き回っているのを見たのは初めて会った日以外には無いに等しいが、まさか微動だにしていないわけではない。ないのだが先生は埃をかぶっている。
探偵のセオリー通りで言えばきっと先生は死んでいることになるのだろうな。
そんなことを考えながら、私は先生に近づき、そして素通りする。目指すのは部屋の隅だ。恐らくは私が学校で来れなかった5日間、その間1度も開かれることのなかったであろうカーテン。私はそれを一気に開け放った。
「先生!起きてください!」
先生ひとりが住むには広すぎる家の、家には合うが人に合わない広すぎる部屋に、およそ5日ぶりの日が差し込む。照らされるのは部屋に舞うキラキラとした埃。
観賞するにはあまりに不快なそれに、私は窓を全開にすることで対抗する。
明るい光と新鮮な空気が肌に合わなかったのだろうか、先生はゆっくりと目を開いた。
「おはようございます。先生」
「うん。おはよう、ハンナくん。今日もいい朝だね」
冗談を言えるほど、先生は寝起きはいい。ほとんど起きないのが玉に瑕である。ほとんど起きないし、ほとんど動かない。やはり先生は死んでいるのかもしれないな。
「先生。」
「なんだい?」
「お風呂入ってきてください」
腐臭漂う前に。
「今日は君に僕の仕事を手伝って貰おうと思うんだ」
お風呂からあがり、服を着替え、ようやく清潔と言える見た目になった彼は、相変わらず人の心に直接響くような声でそう言った。
「やっとですか。でもなんで急に?」
その提案は急な話ではなかった。前々から私が先生に提案していたことである。しかし彼はしばらくの間それを実現してはくれなかった。
「うん。まあ、ちょうど良かったんだよ」
「? はあ、そうですか」
柔和な笑みを浮かべ私のいれた紅茶を飲む先生は、それ以上は何も言おうとしない。別に私もそこまで気にすることではないので追及はしない。それよかやっと願いがかなったことの喜びを噛み締めるので大変だった。
先生の仕事は、言ってしまえば何でも屋である。ただし、こなす依頼には二つの条件がある。一つは『統合者が何らかの形で関わっている』というものである。この条件さえ満たしていれば先生はどんな依頼もこなしてしまう。カウンセラーのようなものから人探し、殺人事件なども扱ったことがあるらしい。詳しくは知らないが、学生の恋の手伝いなんて仕事もあったと言っていた。統合者が関係したのかとても気になるところである。
統合者が関係、という条件は有名な話らしく、依頼者たちはみなどうにかこじつけて先生の助力を求める。だがこういうずるい者たちは二つ目の条件を知るとみなしぶしぶ帰っていくことが多い。それは『依頼に関する情報の守秘は保証しない』というものである。
先生はなんでもこなすとは言っても、その依頼の方向性はやはりある程度決まっている。なので基本探偵紛いの仕事が多いため、この二つ目の条件は確実にない方が仕事上便利だし、合理的だ。
それでもあえてこんなことを言うのは、先生の仕事理念が、統合者のことを多くの人に知ってもらいたいというものに起因するからである。今まで私が先生の仕事に同行させて貰えなかったのは、そもそも先生が認める依頼が少ないという理由もあった。
「どんな依頼なんですか?」
「それは依頼人が来てから聞くことにしよう」
先生は受ける依頼を分けるために、依頼内容を詳細に記した手紙を要求する。そのため今回の仕事の内容も既に知っているはずなのだ。基本意味無いことを嫌う人なので、どうせ聞くことになることをわざわざ説明する手間を省いたのだろう。
「そろそろ時間だしね」
先生がそういった瞬間、玄関のドアを叩く音が聞こえてきた。まるで狙ったみたいなタイミングに私は目を丸くする。
いつもの優しいものでは無い、すこしいたずらっぽい笑みを浮かべ先生は言った。
「さあ!君の初仕事だ」
もしかしたら暗に臭いって言ったの気にしてたのかもしれない。
未完成なこの世界 ろいこ @mashiro_pancake
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