第3話
現実のおとぎ話は彼の大きく息を吸う音を合図に、再び紡がれていった。
「手放してくれる時はとてもスムーズです。お互いの同意が認められたその瞬間、気づいたら目の前に自分がいます。まるで家で鏡を見ているような感覚に陥ったあと、次第にそれが自分ではないことに気づきます。」
「慣れ親しんだその体には既に別の心が宿り、自分は新しい...こういうのも変ですが、とにかく本来のからだを手に入れます。この人たちのことを世間一般に統合者と呼び、そうでない人を探求者、体を探し求める人と、そう呼んでいるのです。」
私は最初、彼の言っている意味を素直に飲み込めなかった。突然体が入れ替わるなんてことを簡単に信じる方がどうかしているだろう。
というのは冗談で、本当はそこから2人で一緒に病院へ行くのです。なんて言ってくれればどうにか理解は追いついたかもしれないが、あいにく彼がネタばらしをする様子は一向にない。
彼の話を理解できなかったのは私だけではなく、むしろクラスのほとんど、もしかしたら全員が同じようなしかめっ面をしていたのかもしれない。
私たちがそうなることを、彼はあらかじめ分かっていたのだろう。その上で彼はにこやかにこう続けた。
「理解できない人もいるかもしれませんが、話を先に進めます。申し訳ありませんが、なにぶん私に与えられた時間は短いので」
「相手との合意を得られない場合どうなるか。この答えは実は先程にも言いました。それは」
「どんな手を使っても手に入れようとする」
私は無意識に彼の話を遮っていた。声に出ているとは思わなかった私は慌てて頭を下げる。彼は少し驚いていたようだが、すぐに落ち着いて話し続けた。
「その通りです。よく聞いてくれていましたね。統合者は俗に人間の完成系と言われます。確かに人よりも心のコントロールが上手くなったと、私自身感じることは少なくありません。しかし、統合者も元は皆さんと同じ探求者、心のコントロールを上手くできず、ちょっとした感情の機微で過ちを冒してしまう...」
「と言っても殺す訳ではありません。体が使い物にならなくなってしまっては本末転倒ですからね。あらゆる手を尽くし、精神を殺すのです」
そういった彼の声はどこまでも穏やかで、その顔はどこまでも笑顔だった。話の内容とのあまりの差異に私は少し身震いした。
「詳しい内容は、流石に私も気分の良いものでは無いし、あなた達に教えるのは早すぎると思うので言いません。とはいえ少し強い言い方をしました」
ここで初めて彼はその顔に着けたマスクを外した。
「私があなた達に知って欲しいことは、統合者がいかにすごいか、どんなことが出来るのかなんてことじゃない。それはあなたが実際になった時に嫌でも知ることが出来るでしょう。それよりも、もし目の前に本当の体が現れた時の心の自制方法、それを知って欲しい」
「これは、経験者しか教えることの出来ないものですからね」
彼のおとぎ話はここまでだった。
その後彼の言った通り、心の自制法を説明されたが、正直それは少し勉強すれば先生にだって話せる内容だと私は思った。正直不服だった。知りたかったことと、どこか違う。
彼はマスクをもう一度付けていたようだが、なんとなく、それは劣化してほころび、隙間から彼の苦悩がのぞくようだった。
私の気のせいかもしれないが、そんな彼は印象深かった。今日の講話の消化不良、そして最後の彼の様子が、私の好奇心をさらに強めた。まだ知りたいことがある、彼が言いきれなかったことがある。
気づいたら私は動き出していた。
「本当に欲しいものを見つけた人の行動は1つ」
案外人間は単純らしい。
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