中庭の夜空

秦野 蓮

第1話

中庭の夜空


 とある夏の夕暮れのことであった。私は亡くなった祖母の遺品整理を手伝うため実家に帰省していた。実家はどこを見渡しても田園風景で何もないところに立っているが、心が澄むぐらい居心地が良かった。なんといっても実家の中庭は格別で、晴れた日の夜はどこからともなく月と星が中庭に光を灯す。小さい頃私はよく祖夫母と綺麗に輝く夜空を眺めていた。祖父母は非常に仲睦まじく、いつも手を握りしめ合っていたのを覚えている。

 しかし7年前、祖父が末期ガンで急死して以来、祖母はほとんど誰の手も使わず一人で暮していた。私の母が一緒に住まないかと毎回電話するときに提案するも、祖母はいつも頑なに断り続けた。祖母はこの家に深い思い入れがあるのだろうと考え、私たち家族はしぶしぶ祖母の気持ちを尊重せざるをえなかった。だがしかし、不幸は続いた。祖母は祖父が居なくなって以来少々ボケはじめたのだった。それから3年も経つとアルツハイマーと診断され、気づけば祖母が祖父の古巣に一人で出かけ迷子になった時もあった。そしてそれ以来、母は祖母と暮らすようになった。そして、先週祖母は何事もなかったかのように中庭の柱にもたれながら息を引き取った。まるで最後まで空を眺めていたかのように。

 私は社会に出てから一人暮らしを始め、祖母とは話す機会も少なくなった。しかし、実家に戻って祖母がいなくなったことを再び認識すると、途端に祖母が大好きだった小さい頃の自分を思い出し胸が苦しくなった。

 そんなこんなで私は遺品整理がひと段落し中庭で物思いに耽っていると、祖父の書斎だった部屋にまだ目を通していないことに気づいた。書斎の襖を開けるとただ一箇所を除いて、物がすごく綺麗に整頓されていた。祖父が愛用していた机に大量の手紙が置かれていたのだ。私は誰が誰宛に差しだした物なのか気になり一枚の封筒をすくい上げた。封筒の背面を見てみると宛先の住所が書かれていた。祖父の実家だった。まさかとは思い封筒を開けると、それは祖母から祖父への手紙だった。それだけでなく他の100通以上もの手紙全てが祖母から祖父宛のものであった。手紙を少し読んだ私は魂が抜かれたかの如く言葉を失った。祖母が書いた手紙には彼女の“嘆き”が書かれてあったのだ。



「父さんや、何処へ行かれたのでしょうか。

もしやわたしのことが嫌いにでもなられたのですか。

あなたが余りにも戻ってこないから子供達もなかなか帰ってきません。

そして同じく、わたしも少しばかり寂しいです。

どうか早く戻ってきてください。」



「あなたが居ないと空が濁って見えます。

わたしたちにはあなたが必要です。」


と曖昧な記憶の祖母がもう居るはずのない祖父を探していたのだ。そして、なぜ祖母が祖父の古巣にいたのかが判明した。私は手紙が涙で濡れないように丁寧にたたみ直した。

 ふと、山積みにされてある手紙をみると1通だけ埃すらもかぶっていない綺麗な手紙があった。宛先には何も書かれておらず、私は祖母の遺書だと思い、手紙を開けて読んだ。



「父さんへ。あなたには随分とお世話になりました。

そしてあなたを思わなかった日はない程あなたを愛しています。

わたしはいつの間にかあなたが居なくなってしまったこと

を忘れていたみたいです。

わたしのそのような無礼どうかお許しください。

だけれど、あなたは本当に優しい人だから、

きっと黙ってわたしのことを待っているのでしょう。

大丈夫ですよ、あなた。

そんなに長いことは待たせませんから。どうかわたしが

行くまでは綺麗な夜空を眺めて待っていてください。

わたしはあなたと一緒に眺めたいのです。

あなたの元に行くまでの間、一緒に空を眺めてください。」


私はその夜、中庭でその手紙を握りしめ夜空に祖父母が再会できることを願いました。

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中庭の夜空 秦野 蓮 @Ren_Hatano

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