新たな始まり

──あの日から、7日が経過した。


 俺達はとある村にお世話になり、優しい人達の恩恵で住処から衣服まで用意してもらい穏やかな日々を送ることが出来ていた。


「くろー!ご飯だよー!」

 あの日魔族から奪った武器の点検をしていると白からご飯の知らせが届く。


 白が拗ねないうちに手早く点検を済ませて食卓に着くと、今日は何やら野菜が多く思えた。

「今日はね、マーレおばさんが若いのに頑張ってるねって野菜をいっぱいくれたの!」


 なるほど、そういうことかと思いつつ箸を進める。


 ちなみにマーレおばさんというのはここで俺たちに住処を提供してくれた人で、とても親切な人だ。


 俺はこの人の紹介で村の狩猟団に入り、狩った魔物の毛皮や肉を売っている。


「黒、今日も森に行くんだよね?」

 サラダに手を伸ばしながら白がそんなことを聞いてきた。

「もちろん、村の人にもお世話になりっぱなしだし少しでも何か取ってこないと」

 白と同じようにサラダに手を伸ばしながら返す。


 と、白は一旦手を止めこっちに視線を移し直した。

「最近森にはすごく危ない魔物も出るって言うし……黒も私と村のお手伝いすればいいのに」

 確かに白とする作業ならなんでも楽しそうだし村の仕事も興味はあったのでやってみたいなとも思っていた。

「んー、けど魔物の素材は村でも不足してて役に立つそうだし……それに魔物相手でも十分修行になるしちょうどいいよ」


 それに対して白は少し呆れ困ったような顔をする

「私は別に黒に強くなって欲しいわけじゃないのに……一緒に暮らせたらそれで……」


 俺も白と一緒に平和に暮らせるならそれだけでいいけど……

「でも、いつ前みたいなことが起きるかわからないだろ?だから今のうちから強くなってならないと」


「だからって1人で森に入るなんて……」


 この手の言い合いになるのは何も今に始まったことでは無い。

 むしろ日常茶飯事だ。


 正直白の言っていることもかなりわかる。もし仮に逆の立場だとしたら白がどれだけ強くても俺だって止めるだろう。

 でも、

「俺は白を守りたい、白が泣かなくて住むような世界にしたい。本気だからこそ、約束もした。そのためには力がいるのは仕方ないだろ?だから、俺はどうしても強くなりたいんだ」

 これだけは譲れなかった。


「まったく、ほんと仕方ないんだから……そこまで言われちゃったら行かないでなんて言えないじゃない……」


 白がそう言って白旗をあげるのと黒が食事を食べ終わるのは、ほぼ同時だった。

 それからの流れは実にスムーズだった。

 黒は手早く準備を済ませ、予め点検を済ませた武具を手に取り言い放つ。


「心配してくれてありがとな。それじゃ、行ってくるよ!」

「行ってらっしゃい!ほんとのほんとにきをつけてね!」 


 帰ってきたその言葉を背に受けながら短い森への一本道を走り抜け森の中へと入る。


 獣避け用の柵を超え森の中に入ると視界が一変し緑に覆われる。


 整地されていない足場に注意を払いながら木々や草花をかき分けさらに奥へと進んでいく。

 が、獣は人を警戒して森の奥からは出てこないため獣の気配は未だ一切ない。


 むしろ木霊するのは鳥や虫の鳴き声ばかりだ。

 そういえば白と出会った夜も、こんなふうに鳥が鳴いていたなとまだ日が浅い思い出に浸る。


 本当に、あの日から何もかもが変わったな。

 あの頃からしてみれば、自分が鎖を外して自由を許されていること自体信じられないことだろう。

 現に自分でも時々夢ではないかと思う時もあるが、頬をつねらずとも自分の意志に心を傾ければそれが偽り出ないこともわかる。

 あの時の自分であればこんな感情は夢でだって抱けるはずがないのだから。


 そんなふうに自分の人生は180度反転したのだが、白の方はどうなのだろうか、なんてことを考えながら歩いていると草木が潰れていたる所々に獣型の足跡が確認できる。


 おそらく獣の縄張りに入ったのだろう。

 先程とは違う状況に僅かな緊張を覚えながらもいつ襲われてもいいように周囲を警戒する。


 自らの発する音、木々のざわめき、敵意のない鳥などの生物の鳴き声、風の音。

 それら全ての音の中から常に異常を探し視覚と同調させながら慎重に歩く。


 武器は常に抜けるように。



 魔族の力は使わないと決めている。


 純粋な自分の常人に毛が生えた程度の身体能力と人間として宿っている微量の魔力で戦うからこそただの獣ですらいどむべき敵と成り得るから。


 だからこそ、いつ何が起きても対応できるように体に意識を通す。



 と、その瞬間

とき

足を1歩踏み出したと同時に視界の左端ギリギリあたりの位置から猪種の獣が発達した牙を掲げながら突進してくる。


 反射を利用して後ろに飛びのき、勢いを殺しながら剣を抜いて体制を整える。


 それから即座に獣を含めた周囲に意識を向ける。

 ほかの動物の影はないことから、おそらく単体で行動していたのだろう。


 湾曲しながらも確かにこちらを捉えている牙は危険だが攻撃が単純なこの獣なら今の自分でも容易に倒すことが出来る。


 が、油断はできない。

 戦闘を長引かせてほかの獣たちが現れてしまえば、むしろ危ないのはこちらの方だ。


 となればやることは一つ、攻めの一手だ。

 そう結論づけ僅かに体制を低くして重心を低くした後その力を一気に前へ向けて相手の方へ駆ける。


 が、それに反応して獣もこちらへ猪突猛進と言った様子で突っ込んでくる。

 だがそれに対しあえてあ

加速し、獣の牙が自分の体をあと数センチで穿つというその瞬間に横へ飛び退く。


 それだけでなく、急な方向の変化に対応できず無防備に前を通り過ぎてゆく獣に一撃、相手の速度も利用して横凪に相手を切り付ける。



 ……確かな手応え。

 予想外の攻撃によって傷を負った獣は自分が追い込まれていることを察知しより興奮状態になる。


 より攻撃的になった獣は先ほどと同じように、先ほどより早い速度でこちらに向かってくる。

 こうなってしまえば後は決着をつけるだけだ。


 駆けてくる獣に対し今度はさっきよりも1、2歩手前で足を引き、一瞬相手を見据えた後高く跳躍する。

「くらええぇ!」

 そして掛け声と共に飛び下りざまに全体重と勢いを乗せて剣を薙ぐ。

 たしかに獣の肉を捉えた剣は止まらず、もう一太刀、交差上に剣閃を描く。


 ザシュッという歯切れのいい音とともに黒は地に足を付け、同時に獣は地に沈む。


 数秒動いた後完全に生物としての機能を停止したのを確認し、多少の罪悪感と感謝を抱きながら狩猟団の人たちから借りた狩り用のナイフで肉と毛皮を剥ぐ。


「ふぅ……こんなもんか。今夜は鍋ができそうだな。でもまぁ、まだ少し修行し足りねえかなぁ……」

 と、数秒気を抜いた時だ。

  背後からガサガサと草の揺らされる音と共に、低い獣の唸り声。



 慌てて背後を確認すると、3匹の獣がこちらに今にも噛みつきそうな勢いでいた。


 灰色と黒色の模様が混ざった毛並みに鋭い爪と牙、発達した嗅覚。

 その特徴的な容姿から、狩猟団の人たちから以前聞いた狼種の獣だと見て取れる。


 だがその大きさは狩猟団から聞いていたものよりも2回りほど大きく、目は赤く充血していた。


 肉の匂いをかぎつけてきたのかと最初は思ったが、それにしては恐ろしく興奮的なその様子だし、そもそもここは猪種のナワバリのはずだ。

 いくら興奮していると言っても猪型の縄張りに踏み入るとは考えにくい。


 狼種がここにいる理由は全くもって謎でしかないが、今はそれどころではない。


 理性を失った狼種がいつ襲ってくるかわからない。

 速さでは狼種に分があるため逃げることもおそらく難しいだろう。


 それならやることはひとつ、迎え撃つのみだ。

 むしろ、普段の状態では手が余る相手で試したいこともあったので丁度いい。

「上等だ、やってやるよ!」

 そう叫んで気合を入れ直し、剣を構えて向かい合う。


 それからわずかコンマ数秒、こちらの敵意を感じてか前にいた2匹が先じて襲いかかって来る。


 想像していたよりも僅かに早いその動きに戸惑いつつ、飛びかかってきた1匹の爪を剣で受け止めそのまま流し、もう1匹の牙を寸での所で飛び退いて躱す。


 が、間髪入れずに後ろで構えていたもう1匹も牙を武器に飛びかかってきたのでやむなく後ろにもう一度飛び退いて躱す。

「くそっ……連携が厄介だな……」

 そう呟き、頬の汗をぬぐう。


 だがその一瞬の気の緩みから生じた隙を見逃さず、3匹の狼種たちは一斉に襲いかかってくる。

 何とか剣で弾いてやり過ごすが鋭利な攻撃による猛襲はむしろ勢いを増し、息をつく間すら与えない。


 どうするかと考えるがその余裕すらなく、躱しきれずに徐々に傷を受け、血が滲む。


 まずいな、このまま持久戦に持ち込まれればこちらが圧倒的に不利だ。


 なんとか体制を建て直し、逆転するしかない。

 となれば、やはりあ

しかないだろう。


 だがそれにも一瞬の隙が欲しい。


 1度冷静に頭を動かしながらも、相手をよく見る。

 まず1匹目、噛み付いてきた牙に僅かに剣を当てて後ろに攻撃を逸らす。

 2匹目、同じく噛み付いてきた牙に対し真横に体をずらしてギリギリのところで躱す。

 3匹目、爪による攻撃――ここだ!

 1度剣で爪を受け止め、重心の移動と剣の重みを乗せて渾身の力で後ろに吹き飛ばす。


 それによって狼種達は一度下がって体制を立て直す。



 よし、絶好のチャンスだ。

 このタイミングならあ

が出来る。


 そのチャンスを生かすべくまず黒は体に意識を集中させる。

 そのなかで泉のような――自分の中で力が留まっている感覚のする場所。


 黒の中に存在する2種類の魔力だ。

 1つは波紋ひとつなく静かに渦巻いている人間としての僅かな魔力、そして残り1つは溶岩のように熱くそれでいて光のない闇のような高密度の魔力。


 そのうちから黒は静かに渦巻いている人間の魔力により意識を向ける。

 そして大樹に水が染み渡るようなイメージで自分の体に伝わせていく。

 腹、胸、首、腕、脚と順に通りやがてはその体全体に魔力が伝う。

 そしてその魔力はやがて筋肉そのものの働きを助け、黒の体を強化する。


 以前黒が魔族との戦いで見せた身体強化の魔法だ。

 以前とは違う今度は人間の魔力を使ったため子供で扱いになれていない黒が使っても効果は大した程ではないがそれでも戦闘時では大きな助けとなる。


 ひとまず上手くいったことに喜びと達成感を抱きつつ体制を低く構える。

「決着の時間だ!狼共!」

 そう叫んで今度は自ら攻めに入る。


 走り出すと同時に1匹が迎え撃つがその牙を剣で弾き、そのまま柄で眉間を殴る。


 体が軽い、これなら行ける。

 そのままその勢いを殺さずに前に進み2匹目が牙で噛み付くより早く1歩踏み出し切り付ける。


 体勢を立て直した1匹目と3匹目が前後から襲いかかってくるが、しゃがんで同時に避け、2匹が交差する瞬間にまとめて切り付ける。


 そのまま狼種は勢いのまま倒れ、息絶える。

 そこでようやく呼吸を整え、思ったより負傷の多いことに気づき手早く毛皮と肉を剥ぎ村へと戻る。


 その後は何事もなく村への道を戻り、森を抜ける。

 思ったより傷が痛む部分もあったが、どれもかすり傷なので無視して進む。



 森への道を抜け村へ戻ると大柄さと無骨さを兼ねそろえた集団が目に付いた。



 黒が口を開くより早くそのうちの1人、一際大柄にも関わらず気前の良さそうな男に声をかけられる。

 狩猟団の団長を務めているクレイドだ。

「よぉぼうず!なんだなんだ?傷だらけじゃねえか!大丈夫か?若いうちはやんちゃも結構だが退くのも覚えろよ!」

 心配の言葉とは裏腹に背中をバシっと叩かれる。


「あはは……狼種の群れに急に襲われまして……まぁ、そのおかげで大量でしたよ」

 そう返しつつ今日取れた毛皮と肉の1部を渡す。


 それに対して不思議そうな顔をするクレイド。

「お前のとこもか?俺らのところも狼種が多かったんだが……近々嵐でも来んのか?」

 そろそろ白のところに戻りたかったので話を早めに切り上げる。

「そうならないといいですね……それじゃあ待たせてるので白のところに戻ります」


 高笑いと共に後ろから

「相変わらず仲いいねー!羨ましいよー!」

 と聞こえたが軽く流して白の元へと戻る。




  「ただいまー、白」

 家のドアを開けるなり白は驚いた顔で歩み寄ってくる。

「おかえり……って傷だらけじゃんどうしたの!」

「あはは、ちょっとだけ予想外のことが起きて…」

 大した傷ではないと確認はした上で白は厳しい視線をこちらに向ける。

「だから森は気をつけてって言ったでしょ!」

「まぁ今回は予想外だったってことで……まぁ軽い傷だし……」

「全くもう……ほら疲れたでしょ」

 

「まぁ少しだけ……っと」

 ……言った途端になれない魔力を使ったからか僅かに体がぐらつく。

「ほら、だから言ったでしょ!?今日はもう休めばいいよ!」

 そう言いながら体を僅かに支えながら連れられながらしばし怒られ、そのまま倒れ込むようにして布団に横になる。


 目の前には同じようにして横になっている白がいて、無意識に呟いてしまう。

「もっと早く……強くなれたらいいんだけどな」

 それにたいして喜びと困惑の混じりあった表情を並べる白。

「だからって無茶して死んじゃったら意味が無いでしょ?私のことを大事にしてくれるのは嬉しいけど、だったら尚更自分のことも守らなきゃ」


 それに対して寝ぼけ眼で

「うん……守るって難しいんだな……」

 とだけ発して眠る黒。


 聞こえていないであろう黒に

「ありがとね……でも私は今のこの静かな時間もすごく大事だよ」

  とだけ呟いた後黒に共用の毛布を掛け直し自身もそのまま眠りに付く。

 



 その姿はまるで仲睦まじい双生の兄妹のようだった。





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忌まわしき半魔の英雄譚 月夜白 @Kuro4024

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