第3話 今日は日本晴れです

 今日もピシピシ。


 アザミは稽古を再開した。


 昨日の一部始終を見ていた姉弟子が嫌味を言った。



「ねぇ、アザミさん? 野原に咲いていれば、あなたもそれなりに美しく映えるのだろうけれど……茶屋で逢引するなんて、まれてお終いな気もするわ……」


「………………」



 あきれたもの言いである。敵意を感じる。


 アザミは姉弟子の顔も見ずに言い放った。



「あの人はだんご屋の客引きです。甘味が欲しければ、稽古をサボってその辺ふらついてみたらどうです」



 姉弟子は醜く顔をゆがめた。だから、アザミはそちらの方を見なかった。



「あなたね、ちょっときれいだからって思い上がらないで欲しいわね。お師匠さんに言いつけてもいいんですからね」


「夕べのうちにお叱りは受けましたです。謝罪とおわびにミヨシノのおだんごをお持ちして。ですから、口出しされるようなことはないのです」



 実はそのだんごも浅葱あさぎ誠也せいやが持たせてくれたものだったけれど――一つ借りができた。



「あンのあま……!」



 後ろで姉弟子がくやしがるのが聞こえた。




「案ずることはない。おまえは花嫁修業だと思って励みなさい。それとも悩みでもあるのかい?」



 修行のしすぎだと思う。とっくにどこぞの御曹司と縁づいてもいい年ごろなのに、色気づく気配もない。


 女は黙って嫁げばいいと思われているご時世に、コネもなしにどうにかなるとでも思っているのか。


 一生懸命に芸ごとを磨いたところで、どこぞの好事家の妾にでもなるのがオチだ。



「でもなぁ、おまえ。あの男だけはやめておきなさい。顔とおつむだけは百人前あるが、病弱な家系らしいよ」



 言われてアザミは、浅葱の怜悧な目鼻立ちを思い出す。なるほど、病弱だったのか。


 お父さんとお母さんのためになりたいとだけ願っていたのに、どうしてこんなことになっているのだろう。



「大丈夫だ。心配はいらない。タンポポもいるしな。親孝行な娘だ、あれは」



 ズキッ。


 このとき、アザミの胸は痛んだ。


 自分は放蕩娘だ。




 年の暮れに向けて、アザミは流感を得た。



「大事には至らないでしょう」



 医者が言ったが、肺から呼気をしぼり出すような嫌な咳と、ズルズル続く微熱とに悩まされた。


 庭で井戸水を汲んでいたら、そこへ浅葱が来た。



「そこを歩いていたら、咳が聞こえてきて、伺ってみれば、アザミさんのお宅じゃないですか。ミヨシノの和菓子、持ってきましたよ」



 そんなことを言う。



「寝てなくて大丈夫なんですか?」


「タンポポに……聞いたのですか?」


「いや、あなたに隠し事はできないなァ。実は、そうなんです」


「まったく……」


「甘いもの食べましょ。きっとよくなる」



 縁台に腰かけると、手にしていた、菓子折りをびりびりとやぶく。


 中から、いくつものふまんじゅうが出てきた。


 久しぶりに口中につばきがわいてきた。現金なものである。



「どうです、おいしそうでしょ」


「ふわっとして、もちもちしてそうです」


「そうでしょう」



 浅葱はうれしそうに笑って、アザミを手まねいた。



「……ありがとう」






「親分、ありがとうございまス! アネゴ、見違えるように元気になったっス!」


「そうかい、よかったなタンポポ」


「はい」




「これでいいかしら」


「アネゴは何着たって、当代一の美貌っス!」


「いやだわ。同じ顔のタンポポに言われたって……」


「そんなことないっス! アネゴはキョーヨーがあってキヒンがあふれでちゃってるっス!」


「まあ、かわいいお口ね」



 アザミはちょんとタンポポの唇をつついた。



「はにゃにゃっ」



 真っ赤になっているタンポポに、胸の中で感謝しながら、アザミは浅葱の顔を思い出した。


 今日は晴天。


 日本晴れ――。






 了






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今日もハレルヤ! れなれな(水木レナ) @rena-rena

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