第28話 生き残った者たち

治療の甲斐も虚しく死んでしまった領民の遺体を順に並べていく。

結構な数の人が一酸化炭素中毒で死んでしまった。俺は右手の拳を握りしめ、悔しさに唇をかみしめていた。呆然と佇む中で悲しみがこみ上げて来ない自分に納得ができなかった。

なんと不甲斐ないことだろう。短い期間とはいえ自分の領民が無くなっているのに身動きひとつ取れずにいる自分が情けなかった。

「アラタ、大丈夫か?」

エリザベスは心配そうな眼差しでこちらを見ている

「一人で抱えることはないこれは私の罪でもある」

リタも悔しそうにそう答えた


結果的にはエリザベスたちを呼びに行ったジョスリンは助かった。

俺についてきた従者見習い達も助かった。

遺体は館の裏手に埋められることとなった。俺は遺体を埋める穴掘りに夢中になっていた。

取り憑かれていたように穴を掘る俺を止めたのはエリザベスだった。


「もう良いアラタ。それほど深く掘る必要はない」


「でも、どうしたら…」


「アラタは少し休んだらどうじゃ」

エリザベスは汗を拭いながらそう言った

「俺は全然まだまだ働けるよ」

そういって働き続ける俺を見て周りは深い溜め息をついていた

「アラタよ。そうではない。領主としてみっともないので、少し休んだ方がいいという事だ」

言われた俺は初めて周りの視線に気づいた。領主としてはもっと落ち着いた態度で挑まなければいけないのに焦っていたのだろうか。みっともないところを見せてしまった


「そうだな少し休もう」

俺は周りのちょっとこじんまりした座れるような土手に腰を掛けてふうと深いため息をつきながら遠くを眺めていた。


その横にエリザベスが腰をかけて話しかけてきた

「アラタよ、それほど気に病むではない。敵兵200は倒しているんだろう。なれば多少の損害があれども勝ち戦ではないか」


「それはそうなんだが領民がこれほど亡くなるとは思っていなかったんだ」

そう俺は住民が館に避難すれば安全だろうとタカをくくっていた。館自体が攻められるということを思考の範囲から除外してしまっていたのだ。


「まだ伝えていなかったかもしれないし、伝えるのが早いかもしれないが、館を攻めていたのは勇者殿の可能性がある」


俺はエリザベスの顔を何度も見直してびっくりしたような表情で語気を強めて言った

「勇者ってどういうことだよ。味方が火をかけたっていうことか?」

俺の質問の語気の強さに圧倒されながらも、エリザベスが答えてくれた


「まだ確信があるわけではない。私とリタが到着した時には勇者らしき人物の物陰を見たというだけの話だ」

「なんでこんな所に勇者が来てるんだ。本当に俺の領地を潰しに来たのか」

エリザベスは難しい顔をしながら少し考えた後に答え始めた


「王太子殿下の謀略ということが考えられる。出る杭は打たれるということだろう。何らかの手段をもってレスラント公国軍に攻め入らせてその背後から勇者を使ってせめる。考えてみれば王太子殿下の好きそうな手ではあるな」


エリザベスの話を聞いて味方の軍に攻められたという事実に呆然としていた。

「前方から敵に責められて、後方から味方に責められる。こんなのどうすればいいんだよ。かわしようがないじゃないか」

少し愚痴のようになってしまったがエリザベスにそう問い詰めてしまった


「落ち着けアラタ。つまり我々は軍を出す前から負けていたということだ。つまり相手に二方向作戦を取らせないように予め手を打っていなければ、いけなかったんだ」


「そうか。相手が一枚上手だったということか」

気がついてみればそういうことなのだろう。相手を褒めるしかない。一杯食わされたが次はそうはいかない。今まではバットを振ることに無心になっていたがそれだけではいけないという事を自覚した気がする。


「アラタよ。こういう辛い時は指揮官は笑わなければならない。辛い時ほど笑え。味方に情けないツラは見せるものではない」

エリザベスにそう言われてはっと気づいた俺がいた

「そうだな。まだ終わったわけではない。逆転してみせるさ」

言い終わった後、俺は作り笑いではあったが無理に笑顔を作って見せた。野球に限らずスポーツでもそうだ辛いときほど笑う。そこにメンタルティの強さがでる。


「アラタ、お前はあまりダンジョンには潜るな。あそこは下の者が行くところだ。修練にはいいかもしれないが、上のもののけじめとしてあまり潜らない方がいいだろう」

「そうか分かったよエリザベス。訓練の仕方は何か別のものを考えてみるよ」

「その事についてだが、魔法の教師を派遣するので魔法を習得してみてはどうだ」

言われてみて俺は今まで普通の魔法の習得に何一つ努力をしていない事を気づいた。

今回も水魔法や氷魔法を早く使えれば犠牲者が少なくて済んだかもしれない


「そうだな。魔法勉強してみようか」

「一度王都で勉強した方が確実だろう。アラタならバットでも倒せるし魔法でも倒せるようになるさ。強ければ強いほど領民も助かるというものだ。うまく前を向いて行くんだな」

エリザベスにそう言われて俺は初めて慰められているという事実に気づいた。

「ありがとうエリザベス」

照れくさそうに笑う彼女に俺は何かの感情が目覚めたかもしれないと思った。


「ラロもなんとか無事だったようなので、アラタはどうする? 死んだ事にして一度身を隠してもいいし、このまま領主として続けて行ってもいいぞ」

俺は少し逡巡した後でこう答えた

「死んだことにしたり、裏をかいたり、騙し合いはごめんだ。正々堂々と実力をもって排除するさ」

エリザベスとしばらく話してるうちにどうやら自信も回復してきたようだ


「エリザベスには悪いが諜報員というものを貸してもらうことはできないだろうか。今のザルのような状態ではとても皇太子殿下の悪知恵には対抗できない」

「わかった一人宮中に詳しいような、事情を知る者を探しておこう。あまり期待はするなよ」


こうして長かった戦が終わった。達成感など微塵もなく、敗北感に打ちひしがれていたがどうにか持ち直してきた。館に火をつけた勇者については許せない気持ちは強い。だがあくまでクールに冷静にだ。焦って戦を起こしても負けるだけだというのは分かりきっている。苦手ではあるが少し戦略というものを考えなければいけないとそう思った。


最後にエリザベスがニヤリと笑いながらこう喋った

「アラタよ。今回の救援費用は金貨20枚だ。忘れるなよ」

そういった彼女の笑顔にときめいている俺はSなのだろうか…

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異世界金属バット ~フラグも剣も叩き折る 野球小僧の英雄譚~ 贅沢三昧 @zeitaku2007

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