それは彼らの素晴らしくなったこと


「全く!!やってられないな!!」


 そう叫んだ青年に本に熱中していたらしい青年は顔を上げた。

 直ぐ傍でどんな騒ぎが起ころうとも変わらず木陰で本を読んでいたことで有名だったのに、この時の叫び声は随分と彼の関心を惹いたらしい。


 叫んだ青年の方は思わずベンチに叩きつけていた参考書よりも、衝撃でズレたメガネを気にしていた。


 メガネの彼は実に真面目な青年だ。

 真面目過ぎる、という欠点がなければの話だが、


 そのせいで幾度も空回りを繰り返し、そしてとうとう教員にまで言われてしまったのだ。

『また高説を解いてくれるのかい?君は随分と幾つもの教鞭を取ったらしい。是非とも、その経歴を見せて頂きたいものだ』

 要するに、『教師に無駄に口答えをするな』というのだ。

 彼は、自分の知っていることと違うことを話す教師に質問を繰り返していたつもりだったというのに。


 やってられるか!!

 何事も真剣に取り組んで何が悪い!!私の何が間違っているというのだ!!


 そうやって、己の悩みすらも真剣に考え始め、いつの間にか放置していた参考書を無視してベンチに座り込んでいた。


 その参考書がいつの間にか隣から消え去ったことも、木陰にいたはずの人間がベンチの下に潜り込んでそれを読んでいた事にも気づかずに。


「『違い?間違い?その違いは大きい、確認するべきだ。違いは個の尊重であり、間違いは人に罪を与えかねない。』真剣な話だね、これは重大だ。早く違いか間違いか確認しないと!!」


 足元で聞こえた声に驚いたメガネの青年は、思わずベンチで膝を抱えていた。


「ハロー?これは重大な問題だ。確認を急がないと、ここの記述だろう?聞いてくるよ」

 そう言って駆け出した青年は背中が泥だらけで、それがベンチの下に入り込んだことを示しているのは明らかだった。


 しかも、彼は参考書を持って走って行ってしまった。

 そのせいでメガネの彼は彼がどこの誰かも知れないが為に、ベンチで待つ事になったのだ。




「なんか、ここ、訂正される前の記述らしくて明日新たに出る参考書の話をするつもりだったって」



 何処を通ってきたのか、今度は頭に蜘蛛の巣を付けた青年にメガネの彼は思わず参考書を奪い取り、その身嗜みを整えた。

「君も紳士の端くれだろうが!!何を地面に寝転んだり、身嗜みを怠ったりするんだ!!」

 その言葉にきょとんとした顔をした青年は笑って見せる。


「僕には素敵な文章さえあればいいんだ。」


 余りにも輝かしい顔でそういって見せた。


 聞けば、彼の身分は高く、家の事情により先の人生に困ることはないが、何をすればいいかもわからない。

 そんな宙ぶらりんの状態で、放置されていた時に出会ったのが『物語』だったのだという。


 メガネの青年は己とは正反対だと思った。

 身分は悪くはないが、確実な成功を収めなければならないと、決められてそれを目指すしかない己とは。

 嬉しそうに参考書を眺める彼とは反対に、青年には決定的な何かに出会った覚えはなかった。


「羨ましい」そう、青年が零せば、彼は驚いた顔で叫ぶのだ。


「羨ましい!!?羨ましいのはこっちだよ!!???君の言葉は素晴らしいんだから!!!」


 君の声が余りにも耳を通って頭に響くから、この文字が余りにも真剣であると伝えるから、己は頑張って教師の所まで走ったのだという。


「君はきっと見事な世界を紡ぐんだ!!どんな文字でも、文章でも論文でも【物語】でも!!」



「君は誰にでも伝わる言葉を紡げる!!」



 そう言って、明日には君へのお詫びに新しい参考書が貰えるから、これは貰っていいか?と彼は言う


 読んで書き込んで、折り目もあり随分とぼろぼろになったそれでいいのか、と言えば、

 これがいいのだ!!と叫ぶ


「これは君の【世界】だ!!君の【文章】が欲しい!!貰ってもいいかい?」


 そういうものだから



「全く、私の優秀さをこんなところで使わないで頂きたいものだ!!」


 私の頭脳は君の娯楽のためのものじゃないぞ!!と叫んだのだ。


 笑った彼にその言葉は何か素晴らしい言葉に聞こえたらしい。




―――その時に、互いの将来は決まったようなものだったのだろう。




 参考書の中の書き込みを探して、読み込みながら彼は叫んだのだ


「明日はどこに行こうか!!」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

素晴らしい事 史朗十肋 平八 @heihati46106

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ