第26話 アノ王子、上洛➂

「かんぱーい。聡子さん、ふたごおめでとう(祝福)」

「ありがとうございます」


「さくらとの、あまーい夜にもかんぱーい。たくさん楽しもうね(下心)」

「それは、ありません。さっそく食べます。いただきます」

「無視かよ(怒り)」


 実際、おなかは空いていた。目の前に並べられた前菜が、きらっきらでおいしそうなことこの上ない。どうしよう、どこから食べようか迷ってしまう。


「まじで、類としか経験ないの? 噂になってるよ(疑い)」

「……そうです。類くんだけです」


「やだー、うぶーい。お兄さんは? 玲さんだっけ。いろいろあったんでしょ(疑い×2)」

「なんで知っているんですか」


 さくらが過剰反応したところ、真冬は大爆笑した。


「ほんっとに分かりやすい子だよね、さくらは。ママなのに、子どもみたい。函館で初めて見かけたときから、訳ありオーラ出まくってたよ。玲さんはさくらがだいすきそうだし、さくらもまんざらではなさそうだし? どうなの、実際のとこ(突っ込み)」

「実際もなにも。私は類くんの妻で、玲は義理の兄です」


「あーやーしぃ。どこまでしたの? ほんとは、最後までしたよね?(期待)」

「真冬さん。発言がセクハラで、おっさんです」

「いいじゃん。少しぐらい。ねえねえ?(聞きたい)」


「玲とは、昔ちょっとだけ両想いでした。でも、私が類くんを選んだので」

「わお。さくら、裏切り? 類も略奪! やるなあ。そんででき婚でしょ(鬼畜ぅ)」

「事実なので否定しませんが、言いふらさないでくださいね」

「裏切りで略奪……さくらのくせに壮絶(こういう展開好み)」


 しかし、裏切りで略奪が真冬は気に入ったようで、何度もぶつぶつと繰り返し唱えている。むかっときたので、さくらは梅酒をぐっと飲んだ。氷がたくさん入っているので、さらっとしていて飲みやすい。

 真冬はぐいぐいとビールを飲んでいる。おいしそうに。


 前菜に続き、お刺身、お椀、天ぷら、メインはお肉(近江牛)、豪華だった。

 こんなにたくさん、長い時間をかけて食べたのは久しぶり。


 真冬はさくらに容赦ないので、さくらもついむきになって本気で歯向かってしまう。さぞかし、かわいくない女だと思われているだろう。

 きっと、そんなさくらが、類の妻におさまっているのを不満に思っているのだ。だから、突っかかってくる。今日も。


 さくらは夢中で食べて、懸命にしゃべった。


 途中、電話が鳴ったことにも気がつかなかった。珍しく、酔ったのかもしれない。『甘いよ』と乗せられて、伏見の日本酒を飲んでしまった。


 話がうまかった。お酒の勧めかたも厭味がなくて自然だった。会話も、さくらの緊張をほどいてくれた。やっぱり、京都生活は緊張していたのかもしれない。


 気がつくと、さくらは真冬の腕の中に倒れていた。


「は!」


 腕を振りほどくも、抜けられない。


「無理しないで。いいこちゃんにしているの、大変だったよね。おつかれさま、さくら(いたわり)」


 頭を撫でられる。魔法の呪文のようだった。


「聡子さんや病院のスタッフさんの前で、いいこちゃん。京都店でも類の妻として、シバサキの広告塔として、いいこちゃん。シェアハウスでも、いいこちゃん。父親や娘にも心配されたくないから、いいこちゃん。類の前でも、もちろんかわいいいいこちゃん。いつでもどこでもいいこちゃんを繰り返して、くたびれたでしょ(憐み)」

「そんなことありません、通常運転です」


「俺は知ってるよ。さくらが内に秘めている、熱い官能の炎を。オトコに抱かれてめちゃくちゃになりたいっていう、切実な妄想をね」

「違います、考え過ぎです。放して、真冬さん」


「現実を忘れさせてあげる、さくら。ゴブサタでしょ。聡子さんにも、さくらをなぐさめてあげてって、お願いされたし」

「い、いりません! 放してください、大声出しますよ」

「そんなこと、言わないで。ほら」


 真冬にキスされる。大きな声なんて、出せなかった。あつい。お酒のせいもあってか、全身の体液がどくどくと、ほとばしるように流れている。

 ほしい、もっとほしい。自分が自分でなくなった。

 だれでもいいから、埋めてほしい。いいこちゃんはもう終わり。


 さくらは目を閉じ、真冬の愛撫に無言で応えていた。頭では、絶対にだめだと思っているのに、情欲に飲み込まれてしまっている。いやなのに、ほしい。

 真冬はさくらの上に馬乗りになった。スカートの中に手を差し伸べてくる。


「イイ感じ。このままイこう?」

「だめです。だめですってば」


「でも、さくらの身体は素直。もう、とろっとろだよ。あふれてる」

「ひゃああ、だめ」


「だいじょうぶ。ふたりだけの秘密。ああ、開いてる。すごくほしかったんだね。もっと感じちゃって?」

「いいえ、違います。真冬さんはいりません、だめ……や……」

「だめじゃないよ、オッケー。もっと乱れちゃって」


 だめ、は通じない。類にも言われた。なんとか抵抗して時間を稼ぎたい。


「……ここでは、こ……困ります」


 ふと、真冬の愛撫が止まった。


「へえ、冷静だね。確かに、ここではまずいね。聡子さんの名誉に傷がつくし、会社のスキャンダルにもなる。それは俺も望んでいない。部屋、移動しよっか」


 真冬が考え直してくれた。よかった。ほんの少しだけ、猶予時間ができそうだ。逃げよう。それか、お宿のスタッフに助けを求めよう。


「じゃあ、真冬さ……」


 立とうと思ったけれど、酔いが回っていて無理だった。足もとがおぼつかない。なんだ、これは。そんなに飲んでいないのに。目の前がちかちかして、ふらふらと、真冬に支えられる始末。


「あー。だめな子だねえ、さくらはほんっとに。やっぱり、我慢できないや。ここでしちゃお☆」

「え……」


 声が出なかった。だから、来たくなかったのに。


 遠くで、さくらの携帯電話が鳴っている。けれど、身体が動かない。


「もしもーし」


 代わりに、真冬が出た。


「うん。そう。さくらと一緒」


 なにかしゃべっているけれど、相手の声までは聞こえない。

 電話の向こうの声の人は……

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同じ鍵 の はずなのに fujimiya(藤宮彩貴) @fujimiya

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