第25話 アノ王子、上洛②
和食屋さんへ移動する前、さくらはトイレに行くふりをして類たち(味方)にメールを再度送った。できれば一時間後ぐらいに、さくらが無事かどうか連絡がほしい、と。
自分の身はなんとか自分で守りたい。けれど、真冬の手の内がまったく分からない。聡子も聡子だ。こんなの、息抜きなんかじゃない。息抜いたら、喰われる。
行きのタクシーの車内。真冬はごきげんだった。
「さくら、ちょっと痩せたね。さみしかった?(目で訴え)」
「いいえ。毎日忙しいので、さみしいなんて感じる時間は微塵もありません」
「全然揉まれてないから、胸ちっさいよ(失笑)」
「まじですか?」
これ以上、小さくなったら困る。類が嘆く。つい、反応してしまった。
「ぶーーっ。ウケる。すぐ、ひっかかるんだから(苦笑)」
からかわれただけのようだった。
「むくれないの。なんなら、揉んであげるし。今すぐ(両手を伸ばす)」
「いりません」
「ちぇっ。類よりおっきくしてあげられるのになー(残念)」
「胸、胸って連呼しないでください。ブラウザに、いかがわしい方面の広告が表示されて、読者さんが迷惑しますし」
「うわぉ、まじ? 俺のせい? 読者さん、ごめんね(素直に謝罪)」
到着したのは、市内中心部に建つ、有名な高級料理旅館『長峰旅館』だった。
「ちょっと待ってください。まじで、ここですか。和食屋さんって」
先ほど電話して、よく予約が取れたものだ。雑誌やテレビなどでもよく取り上げられる。お料理も、おもてなしも、建物も、しつらいも、すべてが京都屈指。江戸時代より続くお宿であり、世界の著名人に愛されている。
「和食だよ(きっぱり)」
「確かに和食だと思いますが、話が違います。こんな豪勢な……困ります」
「ごはんだよ、ご・は・ん。おなか、空いてきたでしょ。ふだん、さくらの食事はまじ質素だって、聡子さんが心配していてさー。それに、建築学科で建築士志望のさくらが垂涎の数寄屋造。実際に見てみたいでしょ(誘い)」
もちろん、興味はある。なかなか入れたものじゃない。
真冬のビジネススーツはアリだとしても、さくらは白の長袖ブラウスにフォレストグリーンのベスト、下は紺色の膝丈スカート。バッグは京都で買った、帆布の新商品だが、まったくの普段着である。
旅館に続くアプローチからして、美麗。石畳は濡れたように光っているし、庭木も完璧な形に刈られている。写真集でも眺めている気分になっている。というか、さくらが建築学科なんて、なんでそこまで知っている?
「じゃあ行こう♪」
タクシーを降りると、真冬はさくらと手をつないで歩きはじめた。旅館のスタッフに笑顔で明るく迎えられているので、乱暴に振りほどけない。
いったい、聡子はどういうつもりなのだ。自分が来たかっただけで、ほんとうにさくらを代わりに送り出しているのか。それとも、真冬とグルなのか。
一歩、二歩。ゆっくりと進む。
敷地は、京都の繁華街に建っているとは思えないほど、静か。思わず、ほう……とか、へえ……と、感嘆の声が出てしまう。
「真冬さんは来たことありますか」
「うん。聡子社長……じゃない、聡子さんに連れられて。あ、再婚前だから時効ね(含み笑い)」
さいこんまえだからじこう?
さらっと、爆弾発言! おぉ聡子よ、薄々は感づいていたけれど、やっぱり真冬とも……! 奔放すぎて理解できない。さくらは真冬を睨んでしまった。
「あ。怒った? こわい顔(引いた)」
「……理解でません。あきれたというか」
「さくらはお子さまだね。オトナのお付き合いだよ。聡子さん、いい女だし。誘われたら断る理由がないでしょ。実際、『別れさせ屋』の面接みたいなものだったし(暴露)」
「例の件の、面接?」
「うん。実技試験付きの。俺がどんな技の持ち主なのか、聡子さんは知っておく必要があるでしょ。満点越えの百二十点、もらっちゃった。聡子さんもよかったなー(回想)」
「ふぇrgちゅいお:p;ぉ87いつhygfgtyふjyくぃお;p:!」
靴を脱ぎ、スタッフに先導されて廊下を歩く。
床はつやつやに磨かれている。夕暮れてきたので、お庭には灯篭の明かりが幻想的に浮かび上がっている。
古い建物なので、天井はやや低い。類だったら、頭を低くしないと鴨居にぶつかるかもしれない。けれど、欄干も襖の絵も、留め具のひとつひとつ仔細に至るまで、意匠に凝っている。
「お席は、こちらの部屋に用意させていただきました」
『桜』という表記のある部屋だった。聡子の指定か。いちいち仕事が丁寧で恐れ入る。
いちおうは先輩なので、真冬を上座に譲る。
床の間に飾られた花瓶も、掛けられている軸も、たいそうな美術品なのだろう。
「お酒、苦手だっけ。でも、乾杯ぐらいはいいよね(笑顔)」
「うぅ……はい」
ビジネスマナー。聡子の代わり。乾杯だけ。お水もたくさんもらおう。
このさい、恥はかき捨て。息抜いたら、悪・即・喰。息抜いたら、悪・即・喰。息抜いたら(以下略)
真冬はビール。さくらは自家製梅酒のソーダ割を頼んだ。
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